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深夜のコンビニで「死にそうな美女」に豚汁を奢ったら、翌日会社で鬼上司がチラチラ見てくる件  作者: U3
第4章 公私混同の同棲生活

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第31話 フェルナンダのバーベキュー

 夏の日差しが眩しい日曜日。

 俺は、レンタカーのハンドルを握り、都心から少し離れた奥多摩のキャンプ場を目指していた。

 助手席には、サングラスをかけて涼しい顔をしている李雪。

 そして後部座席のケージの中では、愛犬の豆柴・レオが「どこに行くんだ?」と窓の外を興味深そうに眺めている。


「……それにしても、フェルナンダさんも急ですよね」


 俺が苦笑しながら言うと、李雪はサングラスを少しずらして俺を見た。


「あの『嵐』に計画性を求める方が間違ってるわ。……『Oso! BBQやるわよ! 明後日!』だもの」


 彼女は呆れたように溜息をついた。

 ことの発端は、金曜日の午後。物流パートナーである『サウス・ロジスティクス』のフェルナンダ・ディアスから、突然の招待状が届いたことだ。


 『Summer BBQ Party! 犬もOKよ! 絶対来てね!』


 断る隙も与えない勢いに、俺たちは流されるまま参加することになった。


「まあ、レオを連れて行けるのはありがたいですけど」


「そうね。ドッグラン付きの貸切サイトなんて、贅沢なこと」


 李雪は後ろを振り返り、レオに指を振って見せた。レオが嬉しそうに鼻を鳴らす。

 今日の彼女は、白のTシャツにデニムのショートパンツ、その上に薄手のチェックシャツを羽織るという、珍しくアクティブなスタイルだ。

 髪も高い位置でポニーテールにしており、うなじが眩しい。

 俺たちは「上司と部下」として参加する建前だが、車内は完全にプライベートな空気が流れている。


 現地に到着すると、そこはすでにラテンの熱気に包まれていた。


「Hola! Oso! Lee-san! Welcome!」


 フェルナンダが両手を広げて駆け寄ってきた。

 ビキニトップにパレオという、日本のキャンプ場では浮きまくりの大胆な格好だ。


「やあ、フェルナンダ。招いてくれてありがとう」


「お招きいただきありがとうございます、ディアス様」


 俺と李雪は、それぞれの立場で挨拶をした。

 会場には、物流関係のスタッフや、フェルナンダの友人らしき外国人たちが集まり、すでに肉を焼く煙と音楽で盛り上がっている。


「Oso! 待ってたわよ!」


 フェルナンダは俺の挨拶もそこそこに、ガバッと抱きついてきた。

 汗ばんだ肌と、ココナッツの甘い香り。

 豊かな胸が俺の腕に押し付けられる。


「Whoa! 相変わらずいい筋肉ね! 今日は私のために働いてくれるんでしょ?」


「……食材係として呼ばれたんだろ? 分かってるよ」


 俺が苦笑いして体を引き剥がすと、フェルナンダは「Tshy boy!(照れ屋さん!)」と笑い、今度はレオが入ったケージに目をつけた。


「Oh my god! Is this Leo? So cute!!」


 彼女はケージを開け、レオを抱き上げた。

 レオは突然のスキンシップに驚きつつも、尻尾を振って愛想を振りまいている。

 さすがは我が家の営業部長だ。


「よし、レオくんは私が預かるわ! 向こうでみんなに紹介してくる!」


 フェルナンダはレオを抱えたまま、人混みの中へと消えていった。

 残された俺と李雪。

 俺は恐る恐る隣を見た。


 李雪は、サングラスの奥で目を細めていた。

 表情は笑顔だ。完璧なビジネス・スマイル。

 だが、その口元は微かに引きつり、握りしめた拳の関節が白くなっている。


「……橋本主任補佐」


「は、はい」


「……あの『嵐』、随分と貴方に馴れ馴れしいわね。公衆の面前で抱きつくなんて」


 声の温度が低い。

 真夏の太陽の下だというのに、ここだけ局地的な寒冷前線が発生している。


「あっちの挨拶みたいなものですから……。気にしないでください」


「気にしてないわよ。……ただ、私のレオくんを連れ去った罪は重いと言ってるの」


 そう言いながら、彼女の視線はフェルナンダを追尾している。

 嫉妬の対象が俺なのかレオなのか、あるいは両方なのか。

 どちらにせよ、機嫌が急降下しているのは間違いない。


「……機嫌直してください。美味しいもの、作りますから」


 俺が小声で囁くと、彼女はフンと鼻を鳴らし、サングラスを直した。


「期待してるわ。……せいぜい、私の舌を満足させてちょうだい」


 俺は調理スペースに陣取り、準備を始めた。

 フェルナンダが用意してくれたのは、直径60センチはあろうかという巨大なパエリアパンだ。

 炭火のコンロに薪をくべ、火力を調整する。

 今日のメインディッシュは、『シーフード・パエリア』。

 俺は調理スペースに陣取り、準備を始めた。

 フェルナンダが用意してくれたのは、直径60センチはあろうかという巨大なパエリアパンだ。

 炭火のコンロに薪をくべ、火力を調整する。

 今日のメインディッシュは、『シーフード・パエリア』。

 以前作ったバレンシア風とは違う、魚介の旨味を凝縮した海の宝石箱だ。


 まずはオリーブオイルをたっぷりと熱し、刻んだニンニクと玉ねぎを炒める。

 香りが立ってきたら、イカ、海老、ホタテを投入。

 ジュワアアアッ!

 強火で表面を焼き付け、一度取り出す。魚介は火を通しすぎると硬くなるからだ。

 残った油には、魚介のエキスがたっぷりと染み出している。


「ここからが本番だ」


 俺はトマトペーストとパプリカパウダーを加え、ペースト状になるまで炒める。

 そして、米を投入。

 洗わずにそのまま入れるのが鉄則だ。米一粒一粒に、旨味のオイルをコーティングしていく。

 米が透き通ってきたら、熱々のフィッシュブイヨンを一気に注ぐ。


 ジャアアアアッ!!


 白い蒸気が立ち上り、周囲の視線を集める。

 ここに、あらかじめ水に浸しておいたサフラン水を加える。

 黄金色の魔法。

 スープが鮮やかな黄色に染まり、食欲をそそる香りが広がる。


 沸騰したら、取り出しておいた魚介と、砂抜きしたアサリ、ムール貝を美しく並べる。

 赤、白、黒。彩り豊かな具材が、黄金の海に浮かぶ。

 さらに、パプリカやインゲンで緑を添える。


「あとは、触らない」


 火加減を調整し、じっくりと炊き上げる。

 パチパチという音が聞こえてきたら、鍋底におこげができている合図だ。

 最後にアルミホイルを被せて蒸らし、火から下ろす。


「……できた」


 ホイルを剥がすと、湯気と共に圧倒的な魚介の香りが爆発した。

 歓声が上がる。

 俺は汗を拭い、カットしたレモンを散らして完成させた。


 そして、ペアリングだ。

 BBQといえばビールやワインだが、俺はクーラーボックスから別のボトルを取り出した。

 鮮やかなオレンジ色の液体。


 『キャロットジュース』だ。


 それも、コールドプレスで絞った、果肉感たっぷりの濃厚なやつだ。

 今日は俺が運転手だし、李雪も上司として来ているので酒を控えている。

 ならば、ノンアルコールで最高の組み合わせを提案するのがマエストロの務めだ。


「お待たせしました。シーフードパエリアです」


 俺は大皿に取り分け、李雪とフェルナンダ、そして他の参加者たちに振る舞った。


「Wow! Beautiful!」

「うまそー!」


 皆が群がる中、李雪は木陰のベンチで優雅に皿を受け取った。


「……いただきます」


 彼女はスプーンでパエリアを口に運ぶ。

 魚介の出汁を吸い込んだ米の旨味。サフランの香り。そして、おこげのカリッとした食感。


「……ん! 美味しい」


 彼女の目が大きく見開かれる。


「前の肉のパエリアも良かったけど、これは……海の恵みが凝縮されてるわね。濃厚なのに、後味はすっきりしてる」


「レモンを絞ると、さらに爽やかになりますよ」


 俺はキャロットジュースのカップを差し出した。


「これと一緒にどうぞ」


「……人参?」


 彼女は怪訝そうに一口飲んだ。

 その瞬間、表情が緩む。


「……甘い。砂糖入ってるの?」


「いいえ、野菜の甘みだけです。魚介の塩気と、人参の土の香りを含んだ甘み。……海と大地のマリアージュです」


「……相変わらず、理屈っぽいけど……悔しいけど合うわね」


 彼女はジュースを飲み干し、満足げに息を吐いた。

 機嫌は直ったようだ。

 俺は安堵し、自分の分を食べようとした。


 その時。


「Oso! こっち来て! ダンスタイムよ!」


 またしてもフェルナンダだ。

 彼女は俺の手を引き、広場の中央へと連れて行こうとする。

 音楽のボリュームが上がり、ラテンのリズムが鳴り響く。


「い、いや、俺は……」


「No shy! 踊ればお腹も空くわよ!」


 彼女は俺の背中に密着し、腰に手を回してくる。

 もはやセクハラぎりぎり……いや、アウトの距離感だ。

 周囲は囃し立てているが、俺の視線は一点に釘付けだった。


 木陰のベンチ。

 李雪が、無表情でパエリアのスプーンを握りしめている。

 そのスプーンが、への字に曲がりそうだ。

 サングラスが光を反射して表情は見えないが、口元が「殺す」と言っている気がする。


(……やばい)


 このままでは、帰りの車内が地獄になる。

 俺はどうにかしてフェルナンダを振りほどき、トイレに行くフリをしてその場を離脱した。


 少し離れた焚き火台の前。

 俺は人気のない場所に李雪を呼び出した。

 彼女は不機嫌そうに腕を組んで現れた。


「……何よ、橋本主任補佐。ダンスはもういいの?」


「勘弁してください。……それより、デザートです」


 俺はポケットから、アルミホイルに包んだものを取り出した。

 焚き火の残り火でじっくりと炙った、『焼きマシュマロ』だ。

 表面はこんがりと焦げ目がつき、中はトロトロに溶けている。


「……マシュマロ?」


「はい。甘いもので、機嫌を直してもらおうと思いまして」


 俺は串に刺さったマシュマロを彼女の口元に差し出した。

 彼女は周囲を警戒するように見回してから、パクッと口に入れた。

 カリッ、と表面が割れ、中から熱々のクリームが溢れ出す。


「……っ、熱い!」


「気をつけて。……でも、甘いでしょう?」


「……ん。甘い」


 彼女は口の端についたマシュマロを舐め取り、少しだけ表情を和らげた。

 俺はその隙に、一歩近づいて彼女の耳元に顔を寄せた。

 周囲の喧騒にかき消されるような、小さな声で囁く。


「……あのですね、師匠」


「……なによ」


「フェルナンダは、あくまでビジネスパートナーです。それに、彼女は誰にでもああいうノリなんです」


「……分かってるわよ、頭では」


「それに」


 俺はさらに声を潜め、彼女だけに届くように言った。


「……俺のオーナーは、貴方ですから」


 その言葉に、李雪の肩がピクリと跳ねた。

 あの日、彼女自身がフェルナンダに向けて言い放った言葉。

 それを今、俺が彼女に向けて返したのだ。


 「私は貴方のものです」という、これ以上ない服従の宣言。


 彼女は真っ赤になって顔を上げ、俺を睨んだ。

 だが、その瞳は潤んでいて、怒りの色はもう消えていた。


「……馬鹿。調子に乗らないで」


 彼女は俺の足をコツンと蹴った。

 痛くない。甘えを含んだスキンシップ。


「……でも、許してあげるわ。このマシュマロに免じて」


 彼女は二つ目のマシュマロを奪い取り、口に放り込んだ。

 その頬が、リスのように膨らむ。

 可愛い。

 会社での「氷の女帝」も魅力的だが、俺の前だけで見せるこの「素直じゃない女の子」の顔が、俺はどうしようもなく好きだ。


「Oso〜! Where are you?」


 遠くからフェルナンダの声が聞こえる。

 俺たちは顔を見合わせて、クスリと笑った。


「……見つかる前に戻りましょうか」


「そうね。……あ、その前に」


 彼女は俺の口元に手を伸ばし、親指で唇の端を拭った。


「……マシュマロ、ついてたわよ」


 彼女はその指を自分の口に含み、ペロリと舐めた。

 大胆な行動。

 俺が呆然としていると、彼女は悪戯っぽく微笑んで、先に歩き出した。


「……行きましょ、橋本くん。レオくんを救出しなきゃ」


 その背中を見送りながら、俺は確信した。

 どれだけフェルナンダが攻めてこようと、どれだけ周囲が騒がしかろうと、俺たちのこの「共犯関係」は揺るがない。

 この秘密の甘さは、何物にも代えがたいのだから。


 俺は熱くなった顔を夜風で冷まし、彼女の後を追った。

 帰り道、助手席で眠る彼女とレオを見ながら運転する時間は、きっと最高のご褒美になるだろう。

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