表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
深夜のコンビニで「死にそうな美女」に豚汁を奢ったら、翌日会社で鬼上司がチラチラ見てくる件  作者: U3
第3章:社内抗争とヒロイン包囲網

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

24/31

第24話 確信へのカウントダウン

 日曜日。

 梅雨の中休みとなったこの日は、朝から抜けるような青空が広がっていた。

 絶好の「デート」日和だ。


 俺は、自宅の鏡の前で入念に服装をチェックしていた。

 白のTシャツに、リネン素材の薄手のシャツを羽織り、動きやすいチノパン。

 いつもの深夜のコンビニへ行くジャージ姿とは違う、爽やかさを意識したスタイルだ。

 眼鏡はもちろん外している。


「……よし。行くか、レオ」


 俺が声をかけると、玄関で待機していた豆柴のレオが「ワンッ!」と元気よく応えた。

 新しいハーネスとリードを装着され、彼もまたお出かけモードだ。

 黒い毛並みが陽の光を受けて艶やかに輝いている。


 今日は、以前約束した「昼間の公園デート」の日だ。

 夜のコンビニではなく、太陽の下で会う。

 それだけで、俺たちの関係がまた一つ、新しいステージに進むような予感がしていた。


 午前11時。

 待ち合わせ場所の公園には、家族連れやカップルが溢れていた。

 レオは初めて見る人の多さに少し緊張しているのか、俺の足元にピタリとくっついて歩いている。

 内弁慶なところも飼い主に似たのかもしれない。


 噴水の前。

 そこに見慣れない、けれど見覚えのある女性の姿があった。


 膝丈のフレアスカートに、シンプルな白いブラウス。

 足元はヒールのないサンダル。

 髪はいつものお団子ではなく、ハーフアップにまとめられ、揺れるピアスが光っている。

 黒縁メガネはかけていない。


 李雪だ。

 会社での戦闘服でも、深夜の迷彩服でもない。

 等身大の、年相応の女性としての姿。

 そのあまりの美しさに、俺は一瞬、足を止めて見惚れてしまった。


「……お待たせしました」


 俺が声をかけると、彼女はスマホから顔を上げ、パァッと表情を輝かせた。


「師匠! ……じゃなくて、橋本くん!」


 彼女は小走りで駆け寄ってきた。

 そして、俺ではなく、足元のレオの前にしゃがみ込んだ。


「……初めまして。貴方がレオくんね?」


 李雪がそっと手を差し出す。

 レオは警戒するように鼻をひくつかせ、クンクンと匂いを嗅いだ。

 そして。


 ペロリ。


 レオが彼女の手の甲を舐めた。

 尻尾がプロペラのように回転し始める。


「きゃっ! ……ふふ、くすぐったい」


 彼女は嬉しそうに笑い、レオの頭を撫でた。

 レオも目を細めて、彼女の掌に頭を擦り付けている。

 完全に懐いている。

 飼い主の俺でさえ、初対面の時はもう少し警戒されたというのに。

 やはり、彼女には動物を惹きつける何かがあるのかもしれない。あるいは、俺と同じ匂いがするから安心したのか。


「すごいですね。一瞬で陥落しましたよ」


「ふふん。私は猫派だけど、犬にもモテるのよ」


 彼女は得意げに立ち上がり、俺を見た。


「……おはよう、橋本くん。今日の服、似合ってるわよ」


「おはようございます、李さん。……貴方も、とても素敵です」


 俺たちは照れくさそうに笑い合った。

 昼間の光の下でこうして向かい合うのは、なんだかこそばゆい。

 だが、悪い気分ではなかった。


「さ、行きましょう。ドッグランが楽しみだわ」


 彼女は自然に俺の隣に並び、歩き出した。

 その距離は、深夜のコンビニからの帰り道と同じ。

 肩が触れ合うか触れ合わないかの、絶妙な距離感。


 公園内のドッグランは、大小様々な犬たちで賑わっていた。

 俺たちは登録を済ませ、小型犬エリアに入った。

 リードを外されたレオは、一瞬だけ俺の方を振り返り、「行っていいのか?」と確認してきた。

 俺が頷くと、彼は弾丸のように芝生の上を駆け出した。


「速っ!」


 李雪が目を丸くする。

 レオは他の犬に挨拶をしに行き、軽く匂いを嗅ぎ合っては、また次の場所へと走っていく。

 社交的だ。誰に似たんだ。


「……可愛い。ずっと見ていられるわね」


 ベンチに座った李雪は、目を細めてレオの姿を追っている。

 その穏やかな横顔。

 会社で見せる「氷の女帝」の面影は微塵もない。


「……金曜の夜のこと、気にしてますか?」


 俺は不意に切り出した。

 一昨日の夜、コンビニで石井ミチルに目撃された件だ。

 あの時は上手く誤魔化せたが、週明けの会社でどうなるかは未知数だ。


「……少しはね。でも、不思議と怖くはないわ」


 彼女は視線をレオに向けたまま、静かに言った。


「以前なら、部下に弱みを見せるなんて絶対嫌だった。完璧な上司でいなきゃって、鎧を着込んでたから」


 彼女の手が、ベンチの上で俺の手に触れた。


「でも今は……もしバレても、貴方がいるから。そう思えるの」


 共犯者。

 その言葉の重みが、今は温かい安心感となって彼女を支えている。

 俺は彼女の手を、そっと握り返した。


「……俺もです。もし噂になっても、全力でシラを切りますよ。『他人の空似だ』って」


「ふふ。頼もしいわね、師匠」


 その時、遊び疲れたレオが戻ってきた。

 ハァハァと舌を出して笑っている。

 彼は俺たちの足元でクルクルと回り、そして李雪の膝の上に前足をかけた。


「あら、どうしたの?」


「抱っこしてほしいみたいですね」


 李雪が恐る恐るレオを抱き上げると、レオは彼女の胸元に顔を埋め、満足そうに目を閉じた。

 黒い毛玉と、白いブラウス。

 そのコントラストが美しい。


「……温かい。心臓の音が聞こえるわ」


 彼女は愛おしそうにレオを撫でた。

 その姿は、まるで聖母のようだ。

 俺はスマホを取り出し、こっそりとその光景を写真に収めた。

 後で「消して!」と言われるかもしれないが、こればかりは永久保存版だ。


 ドッグランを堪能した後は、公園内のオープンテラスがあるカフェでランチにすることにした。

 テラス席なら、ペット同伴でも食事ができる。

 パラソルの下、風が心地よく吹き抜ける。


 俺たちが注文したのは、『自家製ローストビーフのサンドイッチ』と『季節の野菜キッシュ』。

 飲み物は、昼間から贅沢に『クラフトビール』だ。

 レオには、持参した犬用のおやつと水を。


「乾杯」


 グラスを合わせる。

 柑橘系のホップの香りが鼻をくすぐる。


「……んっ! 昼からビール、最高ね」


 李雪は一口飲み、幸せそうに息を吐いた。

 休日の昼下がり。隣には愛犬と、心を許せるパートナー。

 これ以上の贅沢があるだろうか。


 サンドイッチにかぶりつく。

 しっとりとしたローストビーフの旨味と、ホースラディッシュの辛味が絶妙だ。


「そういえば、来週の上海出張、誰が行くことになったんですか?」


 俺が何気なく仕事の話を振ると、彼女はサンドイッチを置いた。


「……私が行くわ。今回のトラブルの件もあるし、顔を出しておかないと示しがつかないから」


「そうですか。……寂しくなりますね」


 俺が言うと、彼女は少し驚いた顔をして、それから頬を赤らめた。


「……何よ、急に。たかだか二泊三日よ?」


「二日も『夜の契約』が履行できないってことですからね。俺の腕が鈍りそうだ」


「……馬鹿ね。帰ってきたら、その分たっぷり働いてもらうから覚悟しなさい」


 彼女は強がって見せたが、その目は笑っていた。

 こんな軽口を叩き合えるようになったことが、何よりも嬉しい。


 その時。

 カフェの前の通りを、見覚えのある人影が通り過ぎた。


 茶髪のボブヘアに、ダボッとしたパーカー。

 石井ミチルだ。

 彼女はスマホを片手に、キョロキョロと周囲を見回しながら歩いている。


「……ッ!」


 俺と李雪は同時に固まった。

 テラス席は通りから丸見えだ。

 もし今、彼女がこちらを向いたら――。


 俺はとっさに身を乗り出し、李雪の顔を隠すようにして、彼女の頬についたパン屑を取るフリをした。

 カップルがいちゃついているように見せかけるカモフラージュだ。


「……じっとしてて」


「え、ちょ、師匠……?」


 李雪が動揺して声を上げる。

 俺の顔が至近距離にある。彼女の瞳が揺れているのが分かる。


 ミチルはそのまま、俺たちの横を通り過ぎていった。


 「あー、ここにレアモンスターいねぇかなぁ……」という独り言を残して。


「……ふぅ。行きました」


 俺は体を離し、安堵の息を吐いた。

 心臓がバクバク言っている。


「……びっくりした。心臓止まるかと思ったわ」


 李雪も胸を押さえて深呼吸をしている。

 だが、その顔は赤いままだ。


「……でも、ナイス判断だったわよ、師匠。おかげで助かったわ」


「とっさのことでしたから。……失礼しました」


「……ううん。別に、嫌じゃなかったし」


 彼女はボソリと言い、残りのビールを一気に飲み干した。

 その耳が、西日を受けたように赤く染まっている。


 足元では、レオが「何してんだこいつら」という顔で欠伸をしていた。

 平和だ。

 スリルと隣り合わせの、甘くて穏やかな日曜日。


 夕暮れ時。

 俺たちは駅まで並んで歩いた。

 別れ際、彼女は名残惜しそうにレオの頭を撫で、そして俺を見上げた。


「……ありがとう。楽しかった」


「こちらこそ。レオも喜んでました」


「また、遊んであげてね。……もちろん、私のことも」


 彼女は悪戯っぽく微笑み、改札へと消えていった。


 俺はその背中を見送りながら、確信していた。

 ミチルの包囲網は狭まっている。山下やフェルナンダの勘も侮れない。

 いつか必ず、この関係が白日の下に晒される時が来るだろう。


 だが、今の俺たちなら、それすらも乗り越えられる気がする。

 いや、むしろ「バレてからが本番」なのかもしれない。

 俺はリードを引き寄せ、夕焼けに染まる街を、レオと共に軽やかに歩き出した。

 次の金曜日が、待ち遠しかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ