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深夜のコンビニで「死にそうな美女」に豚汁を奢ったら、翌日会社で鬼上司がチラチラ見てくる件  作者: U3
第2章:正体バレと秘密の共有

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第13話 ブラックサンダーの開け方

 その日の午後、営業二課のフロアは比較的穏やかだった。

 上海とのトラブルも収束し、来季の予算編成も一段落したタイミング。

 15時。いわゆる「おやつタイム」だ。


 俺は、コーヒーを入れようと給湯室に向かう途中、ふと課長席の方を見た。

 李雪が、小休憩を取っている。

 彼女の手には、コンビニでおなじみの『ブラックサンダー』が握られていた。

 糖分補給。彼女のガソリンだ。


 何気なく見ていると、彼女はパッケージを開ける前に、奇妙な手つきをした。

 袋のギザギザした端の部分を、指先で丁寧に折りたたみ、ピンと張らせてから、一気に引き裂く。

 そして、袋の開け口をくるりと裏返し、中身を押し出して、手を汚さずに食べる。


 ――あれ?


 俺は足を止めた。

 その一連の動作。几帳面というか、独特のこだわりを感じるその開け方。

 それは、俺がいつもやっている手順と全く同じだった。

 誰に教わったわけでもない、俺の手癖だ。


 彼女はサクサクとチョコを齧り、満足げに目を細めている。

 俺の視線に気づいたのか、彼女が顔を上げた。

 目が合う。

 彼女は慌てて真顔に戻り、咳払いをしてPC画面に向き直った。

 その耳が、ほんのりと赤い。


(……まさかな)


 俺はニヤリとする口元を隠して、給湯室へと入った。

 今夜の「答え合わせ」が楽しみになった。


 その夜、23時。

 俺は自宅のキッチンで、揚げ油の温度を見守っていた。

 愛犬レオは、ご飯を食べて満足し、ケージの中でへそ天で爆睡している。

 さて、今のうちに大人の夜食の準備だ。


 今夜のメニューは、『フィッシュアンドチップス』。

 イギリスの定番ファストフードだが、俺が作るのはパブで出てくるような本格派だ。


 まずは衣を作る。

 ボウルに小麦粉とベーキングパウダー、塩、そして隠し味に少量のカレー粉を入れる。

 そこに注ぐのは、水ではない。

 キンキンに冷やした『ビール』だ。

 炭酸ガスが衣の中に気泡を作り、揚げた時にサクサクの食感を生み出す。アルコールは飛ぶので問題ない。


「……よし、いいトロみだ」


 魚は、スーパーで買ってきた真鱈の切り身。

 塩コショウで下味をつけ、薄力粉をまぶす。

 これをビールの衣にくぐらせ、180度の油へ静かに投入する。


 ジュワアアアッ……!


 勢いよく泡が立ち上り、香ばしい匂いが広がる。

 衣が黄金色に色づくまで、じっくりと揚げる。

 その横で、拍子木切りにしたジャガイモも揚げる。こちらは二度揚げだ。一度低温で火を通し、最後に高温でカリッと仕上げる。


 揚げている間に、ソースの準備。

 マヨネーズに、刻んだピクルス、ゆで卵、玉ねぎ、そしてレモン汁を混ぜた特製タルタルソース。

 さらに、本場流に『モルトビネガー』も小瓶に用意する。


 5分後。

 キッチンペーパーの上に、見事な黄金色のフライが積み上がった。

 衣はエアリーで軽く、中はふっくら。

 熱いうちに塩を振る。


 これをワックスペーパーを敷いたランチボックスに詰め込み、保温バッグに入れる。

 そして、今夜のペアリングとなるドリンクを冷蔵庫から取り出した。

 オレンジ色の鮮やかな液体。


 『キャロットジュース』だ。


 それも、市販のものではなく、甘みの強い雪下人参をジューサーで絞り、少量のリンゴ果汁とオリーブオイルを加えた自家製だ。


「……完璧だ」


 俺は準備を整え、夜の街へと飛び出した。


 深夜24時10分。

 いつもの公園のベンチ。

 俺たちは並んで座り、揚げたてのフィッシュアンドチップスを広げていた。


「……すごい。まだ温かいわ」


 李雪は目を輝かせている。

 今日の彼女は、グレーのスウェット上下というラフなスタイルだ。

 Tシャツの文字は『有言実行』。

 髪は下ろしており、夜風にさらさらと靡いている。


「さあ、まずは熱いうちに」


 俺は彼女に割り箸を渡した。

 彼女は大きなタラのフライを持ち上げ、口に運ぶ。


 サクッ。


 軽快な音が響く。

 ビール衣ならではの、クリスピーな食感。

 その中から、ホワッと湯気と共に淡白な白身魚の旨味が溢れ出す。


「……んっ! サクサク! なにこれ、全然油っこくない!」


「衣にビールを使ってあえて軽くしてるんだ。気泡を含んでるからな」


「タルタルも美味しい……ピクルスの酸味が絶妙ね」


 彼女は次々とポテトや魚を口に放り込む。

 俺はタイミングを見計らって、モルトビネガーの小瓶を差し出した。


「味変に、これをかけてみてくれ」


「お酢?」


「ああ。揚げ物に酢をかけると、さっぱりして無限に食べられるぞ」


 彼女は半信半疑でビネガーを振りかけ、パクリと食べた。

 その瞬間、目が大きく見開かれる。


「……! 化けたわ。酸味が脂を中和して、旨味だけが残る感じ」


「だろ?」


 俺は満足げに頷き、ボトルに入ったキャロットジュースを注いだカップを渡した。


「喉が渇いたら、これだ」


「……オレンジジュース? いえ、人参?」


「キャロットジュースだ。揚げ物の油とビネガーの酸味。その後に来るこの自然な甘みが、口の中をリセットしてくれる。人参のβカロテンは油と一緒に摂ると吸収率が上がるしな」


 彼女は一口飲み、ほう、と息を吐いた。


「……優しい甘さ。土の香りがして、落ち着くわ」


 揚げ物と野菜ジュース。

 ジャンクとヘルシーの綱引き。

 それが今の俺たちの関係――背徳と日常のバランス――に似ている気がした。


 しばらく無言で食事を楽しんだ後、ボックスが空になった頃を見計らって、俺は切り出した。


「……そういえば」


「ん?」


「今日の昼間、オフィスで見たぞ」


「何を?」


 彼女はストローをくわえたまま、キョトンとしている。


「ブラックサンダーだ。……あの開け方、俺の真似だろ?」


 俺がニヤリと笑って指摘すると、彼女は「ぶっ」とジュースを吹き出しそうになった。

 激しく咳き込み、顔を真っ赤にして俺を睨む。


「……は、はぁ!? 何言ってるのよ、自意識過剰じゃない?」


「いやいや。袋の端を折ってから切る手順、あれは俺のオリジナルだ。普通はあんな面倒なことしない」


 俺は畳み掛ける。

 この間の契約通り、ここでは対等な関係だ。遠慮はいらない。


「いつから見てたんだ? 俺の手元」


「……」


 彼女は口をパクパクさせ、視線を泳がせた。

 そして、観念したように肩を落とし、ボソリと呟いた。


「……見てたの? 趣味が悪いわね」


 その顔は、夕焼けのように赤い。

 デレた。

 会社での「氷の女帝」が嘘のような、恥じらいに満ちた表情。


「……貴方が、いつも綺麗に開けてるから。……真似してみたら、手が汚れなくて良かっただけよ。別に、深い意味なんてないわ」


 彼女は早口で言い訳を並べ立てる。

 その必死さが、たまらなく愛おしい。

 俺の手癖を無意識にコピーしてしまうほど、彼女は俺のことを見ていたのだ。


「そうか。……まあ、光栄だな」


「……うるさい。忘れて」


 彼女は拗ねたようにそっぽを向き、残りのジュースを一気に飲み干した。

 

「……でも、悪くなかったわよ。その開け方」


 蚊の鳴くような声で、彼女が付け加える。

 俺は満足感で胸がいっぱいになった。


「じゃあ、明日からは堂々と真似してくれ。著作権フリーだからな」


「……ふふ。そうさせてもらうわ」


 彼女は小さく笑い、俺の方に向き直った。

 月明かりの下、二人の影が重なる。

 秘密の共犯関係。

 互いの癖すらも共有し始めた俺たちの距離は、確実にゼロに近づいている。


「……ごちそうさま、師匠。最高のフィッシュアンドチップスだった」


「お粗末さま」


 俺たちはゴミを片付け、立ち上がった。

 帰り道、彼女の手が、俺の袖を軽く掴んだ気がした。

 だが、俺は気づかないフリをして、そのまま歩き続けた。

 焦ることはない。

 この甘くてじれったい時間を、もう少しだけ楽しんでいたかったからだ。

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