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深夜のコンビニで「死にそうな美女」に豚汁を奢ったら、翌日会社で鬼上司がチラチラ見てくる件  作者: U3
第1章:深夜の密会と餌付け

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第11話 太陽のタパスと正体解禁

 週明けの月曜日の朝。

 俺は、誰よりも早く出社していた。

 誰もいない営業二課のフロア。

 俺は持参したタッパーを、李雪課長のデスクの上にそっと置いた。

 中身は、金曜の夜に作りすぎた『ファヒータ』。

 メモにはこう書き添えておく。


 『試作品です。スパイスが効いているので、週初めの気付けにどうぞ。橋本』


 数時間後。

 出社してきた李課長は、デスクの上のタッパーを見て一瞬眉をひそめたが、俺の方をチラリと見て、小さく頷いた。

 そして昼休み。彼女が給湯室でそれを温め、一口食べた瞬間、その鉄仮面がふわりと緩んだのを、俺は遠くから見逃さなかった。


 よし。

 金曜の夜の侘しい一人飯が、少しだけ報われた気がした。


 だが、そんな穏やかな空気は、午後の会議で一変することになる。


「Hola! Genki?」


 会議室の扉を開け放ち、太陽のような明るさで入ってきたのは、スペイン発のアパレルブランド『SOL』の担当者だった。

 カルメン・ベガ。25歳。

 豊かなブルネットのロングヘアに、健康的な小麦色の肌。

 笑うと目がなくなるほどの屈託のない笑顔と、ラテン特有の情熱的なオーラを纏った女性だ。


「えー、本日の議題は来季のテナント展開についてですが……」


 李課長が淡々と進行しようとするのを遮り、カルメンは身を乗り出した。


「ちょっとちょっと、Lee-san! 顔色が悪いわよ? シエスタ足りてる? もっとパッションを燃やさないと、いい服は売れないわよ!」


「……カルメンさん。今は数字の話をしています」


「数字なんて後からついてくるわ! 大事なのはコラソンよ! ……あ、Oso!」


 彼女は突然、末席に控えていた俺を指差した。

 オソとは、スペイン語で『熊』の意味だ。彼女なりの愛称らしい。


「Oso! 貴方、またいい体になったんじゃない? その胸板、スペインの闘牛士みたいでセクシーだわ!」


 カルメンは席を立ち、俺の二の腕を無遠慮に触ってきた。

 甘い柑橘系の香水の匂いが漂う。


「あはは……どうも」


 俺が苦笑いしていると、会議室の気温が急速に下がるのを感じた。

 視線を向けると、李課長がボールペンをへし折れんばかりの勢いで握りしめ、氷点下の眼差しでこちらを見ていた。


「……ベガ様。セクハラです。会議を続けてもよろしいでしょうか」


 声が低い。

 カルメンは「Oh, Scary!」と肩をすくめたが、全く懲りた様子はなく俺にウインクを投げた。


 ……胃が痛い。


 今夜のコンビニは、荒れそうだ。


 その日の深夜24時15分。

 いつものコンビニ。

 予想通り、李雪は荒れていた。


 えんじ色の芋ジャージに、ボサボサのお団子ヘア。

 今日のTシャツの文字は、筆文字で『断捨離』。


 ……俺を断捨離するつもりだろうか。


「こんばんは、師匠」


 彼女の声には棘があった。


「お疲れ様です。……今日は大変でしたね」


「ええ。太陽が眩しすぎて、網膜が焼けそうだったわ」


 彼女は缶詰コーナーの前で腕を組んでいる。

 その視線は鋭く、俺を射抜くようだ。


「で? あのラテン女とは仲が良いのね。『オソ』なんて呼ばれて」


「クライアントですから。向こうがフレンドリーなだけですよ」


「ふーん。……まあいいわ。今日の私は、あの太陽に対抗できるだけの『熱』と『刺激』が欲しいの。提案なさい」


 嫉妬混じりの理不尽なオーダー。

 だが、俺には秘策があった。


「分かりました。では、今日は東南アジアの風を吹かせましょう」


 俺は彼女を連れて、カップ麺コーナーへ。

 手に取ったのは『ベトナム風フォー』だ。


「フォー? ……あっさりしすぎじゃない?」


「これをベースに、プロ顔負けの本格仕様に改造します。……あのスペインの太陽にも負けない、エスニックな熱気を作りますよ」


 俺たちは必要な材料を買い込み、店の外に出た。

 今日は月曜日。週の初めから夜更かしは推奨されないが、今日の彼女にはクールダウンが必要だ。

 俺たちは近くの公園のベンチに陣取った。ここには水道もあるし、少しの調理なら可能だ。


 俺は買ってきた袋を広げた。

 カップのフォー。

 そして、『サラダチキン』、『カット野菜』、『ライム』、『ナンプラー』、『チリソース』。


「まずは、フォーにお湯を注ぎます。3分待つ間に、具材の準備です」


 俺はサラダチキンを手で細かく裂き、フォーの上に山盛りに乗せた。

 さらに、パクチー入りのカット野菜をこれでもかと追加する。


「そして、魔法の調味料です」


 ナンプラーを数滴垂らし、チリソースを回しかける。

 最後に、半分に切ったライムをギュッと絞る。

 爽やかな柑橘の香りと、ナンプラーの独特な香りが立ち上り、一気に異国の屋台のような空気が漂った。


「……すごい。本格的ね」


 李雪が目を輝かせる。

 だが、まだ終わりではない。

 このスパイシーな麺料理には、甘い相棒が必要だ。


「ペアリングはこれです。『チョコレートミルクセーキ』」


 俺はカップの『バニラアイス』を少し溶かし、そこに『牛乳』と『チョコレートシロップ』を加えて、スプーンで激しく撹拌した。

 とろりとした、濃厚な甘い飲み物。


「辛いフォーの後に、この甘さが舌を癒やしてくれます。……どうぞ」


 俺が差し出すと、彼女は嬉しそうにフォーを受け取った。

 ズルズルッ。

 彼女が麺をすする。


「……ん! 美味しい! ライムの酸味と辛さが、イライラを吹き飛ばしてくれるみたい!」


 彼女は夢中で食べ進める。

 その無防備な横顔を見ながら、俺も自分の分のフォーをすすった。

 美味い。

 やはり、食事は誰かと食べるに限る。金曜の夜の孤独な食卓とは大違いだ。


 その時だった。


「Hola! 何してるのー?」


 底抜けに明るい声が、夜の公園に響き渡った。

 俺と李雪はビクッとして顔を上げた。

 街灯の下、派手なワンピース姿の女性が立っていた。

 カルメンだ。

 手にはコンビニの袋を提げている。


「……カルメンさん?」


 俺が呆然と呟くと、彼女は目を丸くして近づいてきた。


「Osoじゃない! こんなところで何してるの? ……って、隣にいるのは……」


 カルメンの視線が、李雪に向く。

 芋ジャージ。ボサボサ頭。瓶底メガネ。そして手にはカップ麺。

 昼間のスーツ姿とは似ても似つかない姿だ。

 李雪は凍りつき、箸を持ったまま固まっている。


 バレるか?

 いや、この姿なら誤魔化せるか?


 カルメンは李雪の顔をジロジロと見て、それから俺の顔を見た。

 そして、ニカッと笑った。


「Ah! Lee-sanでしょ! そのメガネ、CUTEね!」


 一発だった。

 このラテン娘の目は誤魔化せないらしい。


「……人違いです」


 李雪が低い声で否定しようとするが、カルメンはお構いなしだ。


「隠さなくていいわよ! 昼間の会議の時の『氷の視線』と、今の『リラックスした顔』。……貴方たち、同じ匂いがするわ!」


 彼女は俺と李雪を交互に指差し、楽しそうに笑った。


「会社でも一緒。夜も一緒。……やっぱり、付き合ってるんでしょ?」


 核心を突く一言。

 無邪気ゆえの暴力的なまでの鋭さ。

 俺と李雪は言葉を失った。


「ま、いいけどね! 愛に国境も役職もないわ! ……じゃ、私はこれからFiestaだから! Adios!」


 カルメンは嵐のように喋り倒し、風のように去っていった。

 残されたのは、食べかけのフォーと、気まずい沈黙。


 公園に静寂が戻る。

 李雪は俯いたまま、箸を握りしめている。

 俺も、何を言えばいいのか分からない。


 「バレましたね」と笑うべきか。「誤魔化せましたかね」としらばっくれるべきか。


 だが、もう限界だった。

 会社では「上司と部下」。

 ここでは「師匠と弟子」。

 その二つの顔を使い分けることの限界を、今、突きつけられた気がした。


 俺は深呼吸をして、口を開いた。


「……課長」


 その呼び名に、李雪の肩がピクリと跳ねた。

 コンビニモードの「貴方」や「お姉さん」ではない、会社での呼び名。

 俺が、俺として、彼女を呼んだ瞬間だった。


 それは、決定的な一言だった。

 会社での橋本と、コンビニでの俺が、同一人物であることを自ら認める言葉。

 そして、「貴方も気づいていたんでしょう?」という確認。


 長い沈黙。

 やがて、李雪は深いため息をつき、メガネを外した。

 そこにあるのは、いつもの強気な瞳ではなく、少し潤んだ、観念したような瞳だった。


「……あーあ。演技終了ね」


「最初からバレてましたよ。……お互いに」


「そうね。……貴方のその体格、スーツの上からでも目立ってたもの」


「貴方のそのジャージ姿も、一度見たら忘れられませんよ」


 秘密のベールが剥がれ落ちる。

 でも、そこにあったのは幻滅ではなく、安堵と、より深い親密さだった。


 李雪は残りのフォーをすすり、ミルクセーキを一口飲んだ。


「……甘い。でも、悪くないわね」


「でしょう?」


 彼女は夜空を見上げ、独り言のように呟いた。


「……もう、変な遠慮は捨てるわ」


「え?」


「持ってるでしょ、私の番号。……これからは、業務時間外でも……その、トラブルがなくても、連絡していいから」


 彼女は頬を赤らめながら、早口で言った。

 それは、業務用の連絡先を「プライベート」に昇格させるという宣言だった。


「……分かりました。謹んで」


 俺は深く頷いた。

 今まで指をかけることすら躊躇われたあの番号が、今は熱を持って輝いて見える。


「……登録名、『課長』はやめてよね」


「じゃあ、何に?」


「……『迷い猫』とでもしておけば?」


 彼女は照れ隠しのように顔を背けた。

 俺は苦笑しつつ、心の中で登録名を上書きする。

 『李課長』から、『迷い猫』へ。


「じゃあ、俺のことは?」


「もちろん、『師匠』よ。……ふふ、ずっとそう呼びたかったの」


 彼女は悪戯っぽく笑った。

 その笑顔は、今まで見たどの表情よりも魅力的だった。


 俺たちは並んでフォーを食べ終え、甘いミルクセーキで乾杯した。

 月明かりの下、二人の影が重なる。

 もう、嘘をつく必要はない。

 会社では上司と部下。

 そしてここでは、秘密を共有するパートナー。


 俺たちの関係は、この夜、新しいステージへと進んだのだ。

 甘くて、スパイシーで、少しだけ危険な香りのする、大人の夜食のような関係へ。

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