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霊が見えない霊媒師と、未来の見える僕  作者: かわい灯


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キイムラコマオウ編(過去編)4:五歳の僕が世界を滅ぼす神に成る瞬間、最強の母は神と契約し、自らの命を封印に変えた。

空は、もはやこの世のことわりを超えた色に変貌していた。

ただの曇天ではない。アイコウを中心に、大気が巨大な漏斗じょうごのように渦を巻き、ちぎれた雲が意思を持つ生き物のように狂ったように蠢いている。

地面を走る稲妻はもはや毒々しい紫を超え、不気味なほどに透き通った、極北の海のような「青」へと変色していた。


「アイちゃん……! アイちゃん!!」

俺の声は、鼓膜を震わせる暴風にかき消される。

アイちゃんの体は、そこにあるはずなのに、輪郭が揺らめいて定まらない。青白く発光しながら、まるで陽炎のように現実から透け始めていた。

「コマオウ! 依頼人を連れて奥へ! 決して戻るな!!」

お師匠が、裂帛れっぱくの気合と共に叫んだ。

彼女の周囲には、すでに通常の御札ではない、見たこともないような神聖な紋様が光の鎖となって浮かび上がっている。

俺は腰を抜かして、目をひん剥いている依頼人の老紳士を無理やり担ぎ上げると、屋敷の太い大黒柱の影に飛び込んだ。

「お師匠、どうする気なんですか!? アイちゃんが、消えそうだ!!」

「……この子を救うには、もうこれしかないのよ」

お師匠は静かに天を見上げた。

その横顔には、憑き物が落ちたような穏やかさと、絶対的な死を見つめる冷徹さが同居していた。


「――八百万やおよろずの果て。天照らす光の影。オオヒル様、契約に基づき、我が命を供物くもつとして捧げます。……どうか、その御力を、私に!」


その瞬間、鉛色の雲を割って、天から巨大な青白い光の柱が降り注いだ。

お師匠の体がふわりと宙に浮き、漆黒だった髪は一瞬にして真っ白に輝き、瞳からは金色の神光が溢れ出す。


「……あぁ、久しいな。人の身とは、なんと重く、脆いものか」

お師匠の口から、お師匠ではない、重層的な鈴の鳴るような、透き通った声が響いた。

「お、お師匠!? なんだ……今の声……」

「案ずるな、道化よ。ヒロユミの意識はまだここにある。……我ら、今しばらく、この内側で言葉を交わしている最中よ」

「ええ!?ちょ、なに?ええ!?」

驚愕に震える俺を他所に、お師匠の体を借りた「オオヒル」は、嵐の中心で霊体化しかけているアイコウを見つめた。

「ヒロユミよ、よく聞け。この稚児ちごは……『タケハヤ』の器よ」

「タケハヤ……? あの、文献にあった……」

お師匠の声が、神の声に重なって聞こえる。

「左様。本来、数千年をかけて万象の霊威を蓄え、緩やかに神へと至ることわり。だがこのタケハヤは、一瞬で神に成ることを選んだ。凄まじき引力、凄まじき飢え。……器が完全に霊体と化せば、タケハヤは完成する。そして吹き荒れる大災害は、増えすぎた人の業を刈り取り、世界を『無』として鎮めるであろう」

「そんな……アイコウが、世界を滅ぼす神様だって言うの……?」

「左様。……タケハヤが完成すれば、その力は我とツクユミに並ぶ。だが、まだ早い。この世に満ちた怨嗟は、まだこの稚児が背負うには毒が過ぎる」


オオヒルはお師匠の腕を、優しくアイコウへと向けさせた。

「ヒロユミよ。提案がある。……我が霊力を汝の封印術に使い、この『タケハヤ』の力を器の深淵に封じ込めよ。そうすれば、この稚児は再び人として歩める。しかし、我が霊力は人が扱うにはあまりに難儀。失敗すれば汝の命を無駄にするだけでなく、行き場を失った霊力はこの世に残り、やがて巨大な悪霊と化すだろう。どうする」

「……そんなの、迷うはずがないわ」

お師匠の、母としての覚悟に満ちた声がはっきりと響いた。


彼女は、紫の稲妻を庭先の草を分けるように素手でかき分け、消えゆくアイコウの頬を両手で包み込んだ。

「……おやすみなさい、アイコウ。いい夢を見て。朝には全部、忘れなさい」

その瞬間、お師匠の体から爆発的な青い光が放たれた。

オオヒル様の膨大な霊力を燃料にし、お師匠が自ら構築した封印術が、アイコウの体の奥底へと「神の力」を押し込めていく。


「あ、……っ」

俺は目を見開いた。アイちゃんの身体が、透けた青白から毒々しい紫へ。と思えば、再び消え入りそうな青白に揺らめく。

紫から、赤黒に。このまま元に戻るのか――そう思った瞬間、また一気に青白く、神の領域まで跳ね戻る。

色が激しく明滅し、安定しない。

お師匠は何やらぶつぶつと、呪詛じゅそのような、あるいは計算式のようなものを呟いている。

「……そこか。……いや、こっちね……。……波長を、合わせなさい……っ!」

やりながら、学習している。神の霊力という、本来人間には扱えない「劇薬」を、この極限状態の中で調整し、最適化している。

とんでもない人だ……この人は、命の瀬戸際でまだ進化してる!


「――閉じなさい!!」

お師匠が叫んだ。

アイちゃんが纏っていた霊力の色が、一気に深い『黒』へと沈んだ。するとその黒が一点に収束し、小さな「印」となって胸元で弾け、消えた。

嵐が、嘘のように止んだ。

稲妻が消え、雲が散り、屋敷の庭に重苦しい静寂が戻る。


あんなに強大だったアイコウの霊力は、霧が晴れるように消滅し、感知することさえできない「ゼロ」の状態へと堕ちていった。


お師匠が、ゆっくりとアイコウを抱いたまま、地面に降り立つ。

その髪は白雪のように白く、支えようとした俺の手には、彼女の体が羽毛のように軽く感じられた。

「……コマ、オウ……」

「お師匠!!」

俺は駆け寄り、崩れ落ちる彼女の体を抱きとめた。

彼女の手は、芯まで冷え切っていた。けれどアイコウを抱く腕だけは、確かな「母」としての力を残していた。

「……アイコウを、……お願い。……この子は、もう……何も、持たない……ただの、子供よ。……あの子を、……『一人』に、……しないで……」

「わかってます、わかってますから! お師匠、目を開けてくださいよ!!」

ヒロユミは、最後に満足げな微笑みを浮かべた。

「……あんたのネタ……結構、好きだったわよ……」

「……っ、そんな……そんな……!最後に…… そんなの…… 」

俺の鼻水混じりの声は届いたのか。

最強の霊媒師、ギンボヒロユミ。彼女はそのまま、穏やかに魂を手放した。

そして彼女の肉体は霞のように散り、俺の手には彼女の服だけが残った。


これが、すべての始まり。

最後まで読んでいただいてありがとうございます!初めて書いた小説です。みなさまの感想をお待ちしています。

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