二、エターナルホーリースプレーで悪霊退治するらしいけど、どう見ても殺虫剤です
インチキ霊媒師のお話です。インチキ除霊道具をつかってインチキ除霊をする様を楽しんでもらえると嬉しいです。
あれから五年。
僕はなぜか、ずっとギンボさんの事務所で働いている。
相変わらず、事務所は湿布と蚊取り線香と怪しい線香が三つ巴で取っ組み合っている匂いだ。
窓の外の商店街は、昼なのに薄暗く、郵便ポストの赤だけがやけに鮮やかだ。
さて――ギンボアイコウの霊媒術は、はっきり言って全部インチキ。
・除霊道具はドラッグストアで“夏の害虫対策”をまとめ買い
・結界の煙は蚊取り線香の二個焚き
・呪文はそれっぽい中二病語録
普通なら誰も信じない。
そんなとき、事務所の電話が空気を刺すような大音量で鳴った。
「もしもし、ギンボアイコウの館でございます……ふむふむ。
ここ数日、お部屋に“異様な気配”が……」
ギンボの声が、やけに芝居がかって低い。
依頼の電話だ。
「完全に悪霊ですね。すぐに伺いましょう!」
自信満々に言ったが、僕はすでに察している。
あの口ぶりは、別の何かを悪霊と決めてかかるときのテンションだ。
今回の依頼者は、大企業の娘さん。
一人暮らしを始めてから夜中に“異様な気配”を感じ、眠れないらしい。
タワマンのエレベーターを上がりながら、僕は外を見て感嘆した。
「うわ〜。いい眺め。空って上から見ると広いなぁ」
「……お金持ちの親がいるっていいよな」
「ギンボさんの親って何してる人なんですか?」
「……ついたぞ」
明らかに聞いてほしくなさそうなので、これ以上触れないことにした。
玄関を開けると、高級ブランドの靴が見事に散乱していた。
「すみません、どうしても片付けられなくて……」
依頼主の大学生くらいのお嬢さんが申し訳なさそうに言う。
ギンボは広すぎるリビングを見渡し、すぐに台所へ直行した。
洗い物が山になったシンクを前に、キャリーバッグをごそごそ漁り始める。
「……このあたり、気配が濃いな。今日のために“聖水”を持ってきた」
──取り出したのは、昨日買ったゴキブリスプレー。
その上にお札風の紙を乱貼りしただけの代物。
依頼主が恐る恐る聞く。
「せ、聖水って、こんな銀色の缶に入ってるんですか……?」
「最近の悪霊は金属アレルギーを持ってるからな」
「へぇぇ……!」
いや、へぇぇじゃない。
ギンボは缶を構え、
「離れて!“エターナルホーリースプレー”を散布する!」
「エターナルホーリースプレー !?」
「おまえは黙ってろ。吸い込むなよ!」
シューッ!!
台所の隙間に霊水(と書いて殺虫剤)が噴射される。
依頼主がびくっと肩を震わせた。
「な、なにか……出たんですか?」
「尻尾だけ……見えた。かなり強い個体だ。タカシ、こいつは危険だぞ」
見えたのは完全にゴキブリ。
僕は未来視でわかっていた。
いや、未来視がなくてもわかる。
この家にいる“気配”は、ただのゴキブリだ。
ギンボは続いて、あのアイテムを取り出す。
「悪霊吸い取りの“社”も設置する」
手に持っているのは、昨日自分で鳥居の絵を描いて赤く塗ったゴキブリホイホイだ。
依頼主が恐る恐る聞く。
「そ、それって……入っちゃうんですか?」
「悪霊はな、美しいものに吸い寄せられる。つまり俺のセンスが光ってるってことだ」
「すごい……!」
いや、すごい……! じゃないのよ。よくバレないよな。
美しいどころかベタ塗りの赤だ。
ギンボは神妙な顔で付け加える。
「夏は悪霊が繁殖しやすい。台所はまめに掃除してくれ。
この悪霊は……一匹見かけたら百匹いると思いなさい」
悪霊のそれではなく、もう完全にゴキブリの説明。
「では、明日この“社”を回収しに来ます。
それまで、決して覗かないように!」
「わかりました!ほんとに怖いから、触りません!」
今日の仕事も、完全にインチキだ。
だけど、いつも僕の未来視に映るのは
――誰かが救われる瞬間。
インチキ道具しか持っていないのに、
結果だけは、まるで本物みたいなのだ。
事務所に戻る途中、ギンボは西日がまぶしいのか目を細めながら言った。
「タカシ、明日の依頼者は“亡くなった犬の声が聞きたいおばあさん”だ。泣かせる準備しとけ」
「泣かせる準備ってなんですか」
「霊媒師ってのはな、人を救うためなら演技力も必要だ」
いやそれもう、役者の仕事だ。
そう心でツッコミながら思う。
――でもあの人、本当に“何か”を視ているようにも見えるんだよな。
それを確かめたくて、僕はまだここにいる。
そんなことを考えていた瞬間、僕の未来視に“ゆっくり開く事務所の扉”が映った。ギンボさんは、まだ気づいていない。
最後まで読んでいただいてありがとうございます。初めて書いた小説なので、みなさまのレビュー、意見をもらえると、技術の向上のきっかけになるのですごく嬉しいです。




