現代再開編・第六話:封印を解除したら、神よりもヤバいものが出てきた
「ふざけ……んじゃねぇぞ!!」
ギンボの咆哮が、灰色の静寂を暴力的に引き裂いた。
師匠、キイムラコマオウの体を「器」として使い捨て、あざ笑うかのように立ちふさがる神、ツクユミ。その存在が自分と重なり、 彼の中で沸騰点を超えたのだ。
「師匠の顔で、そんな冷たい目をしてんじゃねぇ!」
ギンボは胸に手を当てる。
「出力全開!!」
バチチチチッ!! ギンボの全身から、これまでの黒い雷とは違う、禍々しいほどに鮮やかな『赤い雷』が噴き出した。
「ぐっ、あぁぁぁ!! 身体が…… 吹っ飛びそうだ」
赤雷をまとった彼は身体能力を飛躍的に上昇させる。
瞬きする間もなく、雷のごとくツクユミの懐に飛び込み、その顔面へ渾身の右拳を叩き込――
スカッ。
「え?」 殴った感触がなかった。
いや、拳は確実に顔を捉えていたはずだ。
だが、次の瞬間、ギンボはツクユミから十メートル離れた場所に「戻って」いた。
「……なんだ、今の」 ギンボが自分の拳を見る。
殴りかかった姿勢のままだ。
「何が起こったんだ……?」
「無駄だ」
ツクユミが静かに告げる。
その足は一歩も動いていない。
「我は夜の静寂を統べ、刻を管理する者。貴様の『速さ』がいかに神速であろうと、我にとってそれは『起きていない過去』に過ぎぬ。我の意思一つで、貴様の行動は白紙に戻る 」
「なら、何かする隙も与えねぇくらい、ぶち込むまでだ!」
ギンボの目に絶望の色はない。
再び赤雷を昂ぶらせる。
ミキヒサも援護に回る。
「アイちゃん、一人で行かせねぇぜぇ! 」
ミキヒサが横に並び、 凄まじい密度の白い霊力を立ち昇らせ両手に集める。
「ぶっ飛べ!拡散!」
全方位、逃げ場のない霊力の津波がツクユミを飲み込もうとした。
だが、ツクユミが指をスっと一本立てる。
カチリ。
世界に時計の針が戻る音が響いた。
放たれた霊力は放たれる前に戻り、ギンボの拳は空を切る。
「ハァ……ハァ……クソッ、当たり判定が消えてやがる……!」
「バケモンかよぉ……。全部『なかったこと』にされちまうぜぇ…… 」
数分の攻防で、ギンボとミキヒサだけが一方的に消耗していた。
神と人。
次元が違いすぎる。
今までの研鑽が一瞬で無に帰す。
これが「絶望」か。
ギンボは膝をつき、血の混じった唾を吐き捨てた。
そして、ギラついた目でタカシを見た。
「タカシ。……アレをやるぞ」
「アレって……まさか、完全開放ですか!?」
タカシが怒声を上げる。
「ダメです! さっきの制御された雷とは比にならない! ギンボさんの意識が飛びます! 最悪、魂の形が保てなくなって……! 」
「構わねぇ。それに……」
ギンボはニヤリと笑った。
「俺の意識が飛んだら、あとはお前がなんとかしろ……相棒だろ? 」
「……っ、そんな無茶苦茶な……!」
「やれッ!!」
ギンボの怒号に、タカシは唇を噛み締め、震える手で印を結んだ。
ヒロユミのノートにあった、禁断の術式。
「……封印術式・解錠!!」
パキンっ!!
ギンボの胸の奥で、運命を縛っていた見えない鎖が砕け散る。
その瞬間。 音という音が消えた。
ドッ、ゴォォォォォォォォォォ……!!
赤い雷など比較にならない。
漆黒の、底なしの闇がギンボを中心に爆発した。
いや、爆発ではない。「吸引」だ。
ギンボの肉体が、宇宙の特異点と化したかのように、周囲の瓦礫、空気、光、そしてツクユミの放つ神気までもを、抗えぬ引力で貪り始めたのだ。
「ガァァァァァァァァッ!!」ギンボの喉から、人のものではない獣の咆哮が漏れる。
白目は消失し、その瞳は光を一切反射しない深淵の黒に染まった。 そこに「ギンボアイコウ」という意識は存在しない。ただ吸収し、破壊し続ける災害の化身――「タケハヤ」そのものが、現世に這い出したのだ。
「……!?」 さすがのツクユミも表情を変えた。
「時間を食らっている……? バカな、これほどの質量とは……!」
ツクユミの体から、神威の象徴である青白い霊力が剥がれ落ち、タケハヤへと吸い込まれていく。
時間は操作できても、そのエネルギーごと食われてしまえば意味がない。神術は成立しない。
拮抗。
暴走するタケハヤと、必死に抗う神の力。 二つの巨大な力の衝突は、ヨモツヒラサカという不安定な空間を物理的にきしませた。
地面が割れ、空には無数の亀裂が走る。
「うわぁぁぁ! 吸い込まれる! 離れるなよタカスィ!」
タカシとミキヒサは、 割れた地面にしがみつくのが精一杯だった。
その、視界さえも歪む嵐の中心で、タカシは何かを見つけた。
「……え?あ、あれは……! 」
漆黒の嵐の中、青白い稲妻の明滅に照らし出されたのは、一人の裸の女性だった。 長く美しい黒髪。陶器のように透き通った白い肌。 彼女は、ギンボの封印を形作っていた最後の一片。「印の部品」として、息子の中に溶け込んでいた母・ヒロユミの肉体が、解錠と共に再構築されたのだ。
彼女は糸が切れた人形のように、ゆっくりと、無慈悲な重力に従って落下していく。
「あ……あ、あああ……っ!! 」
ミキヒサが目を見開く。
その姿を忘れるはずがない。
「ヒロユミ先生!?」
ミキヒサが暴風の渦へと飛び込む。 叩きつけられる瓦礫を霊力玉で弾き飛ばし、
地面に落ちる寸前、滑り込んでその体を受け止める。
「先生! 先生、生きて……!」
だが、腕の中の女性はピクリとも動かない。 体温はある。呼吸もしている。だが、そこには決定的に「中身」がなかった。 虚ろに開かれた瞳は、何も映していない。 「……魂が、ないんだ」
遅ればせながらミキヒサの横についたタカシが呆然とつぶやく。
「肉体は再構成されたけど、彼女の魂は……もう…… 」
「グルルルルゥゥゥ……!!」
上空では、タケハヤがツクユミを飲み込まんとさらに狂暴化し、世界そのものが終わりを迎えようとしていた。
制御不能の破壊神と、力を削がれた時の神。 このままでは全員、虚無へと消える。
その時だった。
ミキヒサの腕から、ヒロユミの体がふわりと離れ、宙へと浮き上がる。
「せ、先生……?え?」
彼女の漆黒だった髪が、根元から見る見るうちに純白へと染まっていく。
身体の輪郭は揺らめき、まるで陽炎のように神聖な輝きを放ち始めた。
そして、虚ろだった瞳に、強烈な金色の神光が宿った。
荒れ狂う暴風が、彼女を中心にしてピタリと止む。
タケハヤの荒れ狂っていた漆黒の引力も、ツクユミの時間操作も、彼女の前では無力化されたかのように静まった。
空中に浮く白髪の女性は、ゆっくりと自分の手を見つめ、握りしめた。
そして、あの鏡越しに聞いていたノイズ混じりの声ではなく―― 重層的な鈴の音のように透き通った、美しい肉声でつぶやいた。
「……賭けだったが、うまくいったようだ。やはり、よく馴染む」
彼女は地上に降り立つと、呆然とするタカシとミキヒサ、そして意識を失い力なく倒れたギンボを見つめ、優雅に微笑んだ。
その慈愛に満ちた笑顔は、間違いなくかつてのヒロユミのものであった。
「よく耐え抜いたな」
太陽の女神、オオヒル。ヒロユミの身体を核にし、今ここに完全顕現した。
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