現代再開編・第五話:あるいは最悪の神対応
「……で、十五分経過したわけですが」
深夜二時の霊能力道場。
向かい合わせに置かれた二つの大きな姿見。
その間に挟まれた男三人は、無言で自分たちの無限に続く横顔を見つめていた。
「おかしいな」
ギンボが腕組みをして首をひねる。
「お伽話じゃ、深夜二時に合わせ鏡の間を通ると、別の世界に行けるはずなんだが」
「それ、都市伝説レベルの話ですよね?」
タカシがため息交じりに言った。
「物理的にただ鏡が反射してるだけですよ。ほら。」
「夢がねぇなぁ、タカスィは」
ミキヒサがあくびを噛み殺す。
「もう寝ようぜぇ。明日も筋肉の超回復のために早起きしなきゃなんねぇんだ」
「待て待て! 諦めんのが早ぇよ!」
『……よいか。二つの姿見の…… ちょうど中間に…… 我を置くのだ』
「なんだぁ?誰だ!」
ミキヒサはキョロキョロしている
「この声…… 」
ギンボは足元に置いてあった風呂敷包みを持ち上げた。
「やっぱり、ただの鏡じゃ繋がらねぇみたいだな。だから、こいつを借りてきた」
ギンボが風呂敷を解くと、中から年代物の桐箱が現れた。
蓋を開けた瞬間、道場の空気がピリリと張り詰める。
中に入っていたのは、青白い光沢を放つ、古い銅鏡――。
「えっ……それ、まさか!?」
タカシが目を剥いた。
「亜勢神宮の、御神体じゃないですか!?」
「おう。一応、分かんないことあったらオオヒル様に聞こうと思ってさ」
「わかんないことあったら聞くって、そんな……学校の先生じゃないんだから」
タカシが言いかけたその時、鏡がブゥンと低い音を立てて震えた。
そして、あのラジオのノイズのような声が、再び響いた。
『……心構えは……できたか……』
「うわぁっ!? しゃべった!!」
ミキヒサが飛び上がる。
「すげぇ! マジでホットライン繋がってんじゃん!」
ギンボは得意げに鼻を鳴らした。
「だろ? 持ってくって言ったら大宮司のじいさんは『バチ当たりな!』って顔真っ赤にして大反対してたんだけどよ。オオヒル様が直々に『構わぬ』って声かけたら、じいさん『お、おお……神からお言葉を……!』って号泣して喜んじまってさ。結局、全然大丈夫だったわ」
「大丈夫の基準がおかしいですよ! 大宮司さんの情緒が心配です!」
タカシの横で、ミキヒサは「へぇ~、神様公認かよ」と感心して鏡を覗き込んでいる。
『……無駄話は……そこまでじゃ……』
オオヒル様の声が、少しだけ真剣なトーンに変わる。
『……ここから先、ヨモツヒラサカへ入れば……我の声は届かぬ……。心して行け……』
「ああ。分かってる」ギンボが頷く。
『……それと……一つ忠告じゃ……』
鏡の表面が不穏に揺らめく。
『……聖域への道には……門番がおる……。』
「門番? ケルベロスみたいなのがいるんですか?」
タカシが尋ねるが、フッと気配が遠のいた。
「……切れちまったか。まあいい、忠告通り気をつけて進むぞ」
ギンボはその御神体を、二つの姿見のちょうど中間、床の上に恭しく置いた。
「行くぞ。ビビってションベンちびるなよ」
ご神体の鏡から、強烈な光の柱が立ち上がった。
その光は左右の姿見に乱反射し、無限に続く鏡の世界が、黒インクを垂らした水面のように濁り、ぐるぐると渦を巻き始めた。
「うわっ! 本当になった!?」
タカシが後ずさる。
鏡の表面が波打ち、そこから、あの時と同じ、湿った冷たい空気が漏れ出してきた。
亜勢神宮の奥の院で感じた、あの重苦しい気配だ。
「よっしゃ!ヨモツをぶっ飛ばしに行くぞ」
ギンボが満足げに笑う。
「ちょっと待って!プロテイン飲んでくるわぁ」
「置いてくぞミキヒサ!」
三人は意を決し、波打つ黒い鏡の中へと足を踏み入れた。
視界が晴れると、そこは奇妙な世界だった。
「……なんだ、ここ」
足元には、灰色の砂が一面に広がっている。
空には太陽も月もなく、ただ薄ぼんやりとした鼠色の雲が垂れ込めていた。
風はなく、音もない。
完全な静寂の世界。
だが、もっとも異様なのは、そこに点在する「物」だった。
「これ……保育園の、ジャングルジム?」
タカシが触れようとすると、錆びついた鉄の遊具は、灰のようにサラサラと崩れ落ちた。
遠くには、見覚えのある亜勢市のビル群が見える。だが、どれも墓石のように傾き、色を失っている。
「陰気くせぇ場所だなぁ」
「『ヨモツヒラサカ』……。現世の記憶の残骸、ってところか」
ギンボが周囲を警戒しながら歩き出す。
その時。
灰色の砂丘の向こうから、一人の男がゆっくりと歩いてくるのが見えた。
ボロボロの作務衣。
足元はすり減った下駄。
その風貌は、あまりにも見覚えがありすぎた。
「……え?」
ギンボの足が止まる。
ミキヒサが、目を見開いて硬直する。
男は、三人の前で立ち止まり、懐かしそうに目を細めた。
「よう。ずいぶん遅かったじゃねぇか、悪ガキども」
聞き覚えのある、しわがれた声。
だらしなく伸びた無精髭。
そして、優しさと厳しさが同居した、あの目。
「コ……コマさん!?」
ミキヒサが叫んだ。
「生きてたのか!? なんだよ、死んだって聞いてたから……!」
ギンボの手が震えている。
呆然と男を見つめた。
「……師匠? マジで、師匠なのか?」
かつて忽然と姿を消した、育ての親であり、師匠。
キイムラコマオウ。
彼が、そこに立っていた。
「へへっ、心配かけたな。神様との契約ってのが、思ったより手間取っちまってよ」
コマオウは、昔と同じようにニカっと笑い、二人に手招きをした。
「ほら、こっち来いよ。積もる話もあるだろ?」
「師匠……!」
「コマさん!」
ギンボとミキヒサが、安堵の表情で駆け出そうとする。
「――行っちゃダメだ!!」
タカシの絶叫が響いた。
彼の目には見えていた。
五秒後の未来が。
駆け寄った二人の首が、目に見えない刃で『切断』される未来が。
「タカシ!?」
ギンボが振り返る。
タカシはガタガタと震えながら、式神の狼『ポチ』を展開し、二人の前に立ちはだかった。
「あれは……コマオウさんじゃありません!」
「あ? 何言ってんだ、どう見ても……」
「違います! 気配が……『人間』じゃない!」
タカシの言葉に、コマオウと呼ばれた男の笑顔が、ピタリと止まった。
表情筋が凍りついたように動かなくなる。
「……ほう」
男が口を開いた。
先ほどまでの、親しみのあるしわがれ声ではない。
氷のように冷徹で、鈴を転がすような、美しい声。
「『未来視』の童か。……」
男がゆっくりと瞬きをし瞼を開く。
そこにあったのは、コマオウの茶色い瞳ではない。
白目がなく、ただ青白い光だけが満ちている、神の眼。
身体の輪郭はユラユラ揺らめいている
「貴様らの師、キイムラコマオウの魂は、とうに砕け散った」
男の背後に、巨大な満月の幻影が浮かび上がる。
圧倒的な神気に、タカシの膝が折れそうになる。
ギンボとミキヒサは、理解が追いつかず、ただ立ち尽くしていた。
「この先へは進めない」
男――いや、神は、無機質に見下ろして告げた。
「……ヨモツへの道は、このツクユミが通さぬ」
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