現代再開編・第四話:神殺しの準備運動
「……で? 結局食べたのかよぉ、『恋結びソフト』」
事務所のソファで、ミキヒサさんが呆れたように言った。
彼はいつも通り、ジャージ姿でダンベルを上げ下げしている。
「食べましたよ。男二人で。ピンク色のハート型モナカが刺さったやつ」
タカシはげっそりとした顔で答えた。
「周りのカップルからの視線が痛かったです……。ギンボさんが『知覚過敏に染みるぜー!』とかでっかい声で言いながら食べてるから、恥ずかしかったですよ」
「うるせぇな。糖分補給は大事だろ」
ギンボはデスクに足を投げ出し、亜勢神宮でもらってきた『交通安全』のステッカーを、自分のガラケーに貼ろうとしていた。
「それよりミキヒサ。話は分かったか? 俺の人生はクレーンゲームの景品で、ヨモツ様ってのがオーナーで、俺たちはそのゲーセンを破壊しに行くって話だ」
あまりに荒唐無稽な説明。
普通の人間なら「病院行け」と返すところだ。
だが、ミキヒサさんはダンベルを床に置くと、ゆっくり座りながら
「ふぅ~ん、なるほどね~。アイちゃんがいつも貧乏くじ引く理由がわかったわぁ~。神様のせいか」
「だろ? 俺の日頃の行いが悪いわけじゃなかったのよ」
「いや、日頃の行いは悪いぜぇ」
「お前、そのダンベル今日持って帰れよ」
ミキヒサは立ち上がり、ギンボを両手で指さす
「で、どうすんだアイちゃん? 神様相手に、除霊グッズで殴り込みかぁ?」
「まさか。今のままじゃダメだから……ちょっと休業して各々訓練だな」
ギンボが不敵に笑った。
「いや、ギンボさん、休業しても大丈夫。みたいな、そんな蓄えはないです」
「んじゃ……、ちょっと……、働くか」
半年後
夜の霊能力道場。 がらんとした遊戯室に、三人の男が対峙していた。
「オオヒル様の鏡で封印を締め直してもらったおかげでな、今の俺は、蛇口のひねり具合を調整できる」
ギンボが右手を掲げる。
以前のような、制御不能な放電ではない。
バチッ……バチバチッ。 黒い火花が指先に収束し、まるで生き物のように蠢いている。
「名付けて『タケハヤ・モード1』。出力30%ってとこだ」
「フゥ~!……器用になったもんだ」
ミキヒサが感心したように言うと、彼もまた、構えを取った。
「ミキヒサも、遊んでたわけじゃねぇんだぜぇ~」
ミキヒサの体から、湯気のような白い霊力が立ち上る。
それは両掌に集まり球体の「塊」になっていく。
「今までのは、霊力を『弾丸』にしてぶつけて、霊体を力づくで霧散させていた。
だが、これは霊体の中に入る。
そして内側から浸食し霊体を拡散させる……『拡散』だ。
霊体の存在にとっては恐怖だぜぇ」
「なにが『ディフュージョンだ』だよ。きめちゃって恥ずかしい!」
ギンボさんがニヤけながら言う。
「だって、アイちゃんが『タケハヤ・モード1(ワン)』 なんて言うからぁ!そんな空気だと思ったんだよ!」
「俺のはお前のほど恥ずかしくない!」
たぶん、どっちも少し恥ずかしい。僕はそういうのやめておこう。
「おいおい、俺たちだけで盛り上がっていいのか?」
ギンボが視線を逸らした。 その先には、部屋の隅で体育座りをしているタカシがいた。
「タカシ。お前はどうなんだ?」
「えっ、僕ですか!? 無理ですよ、お二人の次元が違いすぎて……」
「あ? ヒロユミノート、読みこんでただろ? 何も収穫なしか?」
ギンボの挑発的な視線。
タカシは、ポケットの中の『修行帳』を握りしめた。 (……やるしか、ないか) タカシはおずおずと立ち上がり、懐から一枚の紙を取り出した。
それは、彼が夜なべして切り抜いた、歪な形の紙人形だった。
「……ふっ、なんだそのブサイクな犬は」ミキヒサが鼻で笑う。
「犬じゃないです! 狼です!」
タカシは深く息を吸い込んだ。
脳裏に浮かべるのは、ヒロユミのノートにあった複雑な計算式と、彼女の『失敗』の記録。
同じ失敗はしない。
僕は、僕なりのやり方で。
「――起動!」
タカシが霊力を込めると、紙人形がポンッと音を立てて膨らみ、子犬サイズのマスコットのような姿になって走り出した。
「きゃんっ!」
「……可愛い狼じゃねぇか」
ギンボが呆れた瞬間、タカシの目が鋭く光った。
彼の瞳の奥で、世界が数秒先に「飛んだ」。
(……来る!)
「右です、ギンボさん!」
タカシの叫びと同時に、ミキヒサの球体の霊力が、ギンボの右側面を襲った。 ギンボは間一髪で反応し、黒い雷でそれを弾く。
「おっ? タカスィ!今の、見えてたのか?」
ミキヒサが驚きの声を上げる。
「五秒先までなら……確定した未来が見えます!」
「へぇ……! アイちゃんを試そうと思ってたんだけど…… やるなぁ!便利なナビがついたな、アイちゃん」
「まぁ、タカシに言われなくても大丈夫だったけどな!」
「それだけじゃないですよ! 行け、ポチ!」
「名前ポチなのかよ!」
タカシの式神が、ミキヒサの足元にまとわりつく。
攻撃力は皆無だが、その動きはちょこまかと鬱陶しい。
ミキヒサが気を取られた一瞬の隙。
「もらったぁ!」
ギンボが踏み込む。 黒い雷が右手に集約され、ミキヒサの寸前でピタリと止まった。
バチチチッ……! 焦げ臭い匂いと共に、ミキヒサの前髪が数本、チリチリに燃えて落ちる。
静寂。 そして、三人は同時に息を吐いた。
「……危ねぇな~。本気で当てに来ただろぉ」
ミキヒサが冷や汗を拭う。
「当てねぇよ。……コントロールできるようになったって言ったろ?」
ギンボがニカっと笑い、掌の雷を握りつぶして消した。
「……はぁ、はぁ……」
タカシはその場にへたり込んだ。
式神のポチも、プシュゥ……と音を立ててただの紙切れに戻る。
だが、確かな手応えがあった。 (戦える。……僕も、二人の背中についていける)
ギンボがタカシを見下ろし、満足げに頷いた。
「タカシ、お前は俺たちの『目』になれ。ミキヒサと俺が『トドメ』を刺す」
これなら、神様相手でも喧嘩ができるかもしれない。
「で? そのヨモツ様とやらはどこにいるんだ?」
ミキヒサがタオルで汗を拭きながら尋ねる。
ギンボは窓の外、夜空に浮かぶ月を見上げた。
オオヒル様は言ってたんだ。
『この世ではない場所』と。
「……あそこだ」 ギンボが指差したのは、神棚……ではなく、道場の壁に貼られた一枚の古いポスターだった。
それは保育園時代の、お遊戯会のポスター。
タイトルは『よみじへのトンネル』。
「は?」
「え?」
僕もミキヒサさんもまったく理解できない。
「思い出したんだよ。お母さんが昔、俺に言ってたお伽話を」
ギンボの顔から笑みが消える。
「『もし迷子になったら、合わせ鏡の間を通りなさい。そこはあの世とこの世を結ぶ神様の通り道だから』……ってな」
タカシとミキヒサは顔を見合わせた。
「合わせ鏡……」
「道場にデカい姿見、二つあるよな?」
ギンボがニヤリと笑う。
「カチコミの時間だ。地獄への扉をこじ開けるぞ」
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