現代再開編・第一話:給料12万円の霊媒事務所で僕の才能は開花する
嵐が去ったあとの事務所は、まるで廃墟のようだった。
倒れた本棚。裂けた段ボール。床一面に広がる書類。
ひびの入った窓ガラスの隙間から、夜の空気が忍び込み、散らばった紙をカサカサと揺らしている。
タカシは無言でしゃがみ込み、床に転がった御札を一枚ずつ拾っていた。
指先に残る、微かな焦げたような霊力の痕。
(……どうして)
頭の奥で、同じ疑問がぐるぐる回る。
(どうして、ミキヒサさんは……)
あの瞬間。
ギンボに向けられた、迷いのない視線。
霊力玉を放ったときの、あの目。
(仲間、だっただろ……)
少なくとも、タカシはそう思っていた。
だからこそ、胸の奥に残る違和感が、砂のようにざらついて取れない。
そのときだった。
「あれ……?」
足元に落ちていた分厚いファイルを持ち上げた瞬間、
中から、黄ばんだ封筒がすべり落ちた。
床に落ちた封筒は、年季の入った紙の音を立てる。
裏返すと、掠れた文字で書かれた宛名。
『アイちゃんへ』
その字を見た瞬間
「おいおい、サボってんじゃねーぞ~」
気の抜けた声。
振り返ると、ギンボがソファに腰を下ろし、瓦礫の中を眺めていた。
「ギンボさん、これ……」
タカシは封筒を差し出す。
「ずいぶん大事に取ってあったみたいですけど。手紙、ですよね?」
「あー……それな」
ギンボは一瞬だけ目を泳がせた。
「忘れてたわ」
(嘘だ)
角が丸くなった封筒。
何度も開いて、何度も閉じられた痕。
「これ、なんの手紙なんですか?」
「……説明すんの面倒だからさ」
ギンボはあっさり言った。
「読みたきゃ、読んでいいよ」
「え……いいんですか?」
「いい、いい」
タカシは一拍迷ってから、そっと封をひらいた
『黙って出ていってごめん。
アイちゃんは薄々気が付いていたと思いますが、相談したら絶対に反対するだろうから、置手紙にします。
お師匠の封印も、そろそろ限界が近い気がする。
かつてお師匠がオオヒル様と契約したように、俺も神様と契約して、アイちゃんの暴走を止める力を手に入れてくる。
俺の能力と相性の良さそうな『ツクユミ様』という神様を見つけたんだ。
ちょっと留守にするけど、冷蔵庫のプリンは食べていいぞ。
――キイムラコマオウ』
「……“ちょっと留守にする”、って」
声が乾いていた。
顔を上げると、ギンボは床の御札を拾いながら、淡々と答える。
「それっきりだよ。十五年くらい前かな」
「……少し、のレベルじゃないですね」
「まあな」
間を置いて、まるで天気の話みたいに言った。
「たぶん、死んだ」
「えっ!?」
タカシの声が裏返る。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「神様と契約って……!?」
「オオヒル様とかツクユミ様って、神話の神様じゃないですか!」
「おとぎ話の存在だと思ってましたよ!」
息継ぎも忘れて続ける。
「そもそも、そんな神様と契約できる“お師匠”って、何者なんですか!?」
「……お母さん」
「え?」
「お母さん」
「……誰の!?」
「俺の」
思考が、完全に停止した。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
タカシは両手を振り回す。
「キイムラコマオウさんの話とか、暴走とか、ギンボさん自身のこととか……聞きたいことが多すぎます!」
「あーもう……」
ギンボは頭をかいた。
「なんか色々、答えるのも面倒くせぇな」
「気になりますよ! 普通は!!」
「……はぁ」
ギンボは立ち上がり、珍しく真面目な顔でタカシを見た。
「じゃあ、これだけ教えてやる」
その空気に、タカシは思わず背筋を伸ばす。
「ショック受けると思うけど、落ち着いて聞けよ」
「……はい。冷静に、聞きます」
ギンボは、重々しく口を開いた。
「いいか、今月の君の給料は、十二万だ」
「…………はい?」
「事務所の修理費かかるからなぁ」
「それだけ!?
いや、それはどうでもいいんです!いや!どうでもいいことはないけど、
今は手紙の話です!!」
「はい、話おわり~」
ギンボはひらひらと手を振り、ソファに倒れ込んだ。
「ミキヒサのやつ、あとで来るだろ。
もう寝る。片付けよろしく~」
「ちょ、ギンボさん!?」
返事はなかった。
二時間後。
タカシは、事務所に顔を出したミキヒサを捕まえ、逃がさなかった。
頭の中でグルグル回っていたことを質問した。
缶コーヒーを開ける音が、やけに大きく響く。
「……そうか」
ミキヒサは息を吐いた。
「アイちゃん、タカスィには話してなかったか」
そこから語られたのは、
かつて起きた“事件”。
ギンボの中に眠る存在――タケハヤ。
それを封じた母、天才霊媒師ギンボヒロユミ。
全てを聞き終えたとき、タカシはギンボを見つめていた。
「……全部、繋がりました」
「ずっと感じてた違和感……やっと、です」
ギンボは寝たふりをしたまま、何も言わない。
タカシは拳を握り、ミキヒサに向き直る。
「ミキヒサさん。
僕に、出来ることはないんですか」
声が震えた。
「ただ見てるだけなんて……もう嫌なんです」
ミキヒサは一瞬黙り、そして笑った。
「あるぜ。
タカスィ、自覚してるだろ。霊能力」
「……はい」
「鍛えれば、使える」
ミキヒサは親指で外を指した。
「俺たちが育った保育園。
今は“霊能力道場”だ。
死ぬ気があるなら、案内してやる」
タカシは、即答だった。
「行きます」
割れた窓の向こうで、月が静かに光っていた。
不穏で、それでもどこか、優しい光だった。
最後まで読んでいただいてありがとうございます。初めて書いた小説です。皆様の反応がすごく執筆のパワーになります。よろしくお願いいたします!




