11話 お風呂
(夕食後、食器を片付けるリリサ。ティナはソファでだらんと伸びている)
リリサ「ティナ……あなた、こっちの世界に来てからお風呂に入ってないでしょ。」
ティナ「……バレたか……」
リリサ「当たり前じゃない。初日はしょうがないとしても、昨日は自分の部屋から出てこなかったでしょ?
今日はちゃんと入りなさい。」
ティナ「昨日のはリリサのせいでしょ!? “お姉ちゃん”なんて言わせるから!!」
リリサ「はいはい、じゃあ私が後に入るから。ティナは先に入って。」
ティナ「……入らないとダメ……?」
リリサ「ダメ。」
ティナ「……どうしても?」
リリサ「いいから早く入れ。」
(ティナ、肩を落として脱衣場へ)
---
(脱衣場)
ティナ(心の声)「(いくら“自分の体”って言われても……なんか罪悪感あるんだよな……)」
(鏡の前に立ち、溜め息)
ティナ「……まぁ、しゃぁない!」
(服を脱ぎながら、チラッと自分の体を見下ろす)
ティナ「……やっぱり……ないんだよな……。いや、何回かトイレ行ってたしわかってたけど……こうして見ると、悲しい……」
(胸を見て)
ティナ(心の声)「(逆にこっちはちょっとある……どうせなら、もう少し……)」
ティナ「……まぁいいや。さっさと洗って早く出よ。」
---
(浴室)
ティナ「おぉ……大樽風呂。温泉のつぼ湯みたいだな。」
(湯に浸かると、肩の力が抜ける)
ティナ「……ふぅ……不思議な世界だよな……
人間以外にもホビットのおばあちゃんいるし、自分はエルフだし……
街は中世っぽいのに、変に近代的な道具もあるし……
でもみんな笑ってて、穏やかで……幸せそうなんだよな。」
(静かな湯気の中、ぽつりと呟く)
ティナ「……俺も、こっちに来て……不思議と居心地がいいな……」
(そのとき、扉の向こうから声)
リリサ(外から)「ティナー。着替えとタオル置いとくからねー。」
ティナ「はーい、ありがとーリリサー!」
リリサ「あんまり長湯すると、のぼせるからねー!」
ティナ「わかってるって! もうすぐ出るー!」
---
(湯上がり。リビングの暖炉がぽつぽつと灯る)
リリサ「はい、おかえり。こっち来て。」
ティナ「?」
リリサ「髪の毛、乾かしてあげるから。」
ティナ「それって……ドライヤー?」
リリサ「そう。魔力で動くのよ。」
(ティナ、リリサの前にちょこんと座る)
(リリサがそっと風を当てながら髪を乾かす)
リリサ「はい、こんなもんでしょ。」
ティナ「ん。ありがと。」
リリサ「ちゃんと乾かさないと痛むし、次の日、髪型が爆発して大変なことになるからね。」
ティナ「爆発!? 朝アフロになってたら笑えるな!」
リリサ「直すの大変だから、やめてね? じゃ、私も入ってくるから。」
(リリサ、タオルを持って浴室へ)
---
(浴室内。静かな湯気の中)
リリサ(心の声)「(あの子……湯船に髪の毛入れてるわね……。まとめること教えてあげないと……)」
(微笑む)
リリサ(心の声)「(まさか中年男性の魂が転生してくるとは思わなかったけど……これはこれで、ちょっと楽しいかも。)」
(湯に沈みながら、天井を見上げる)
リリサ(心の声)「(一人の時は、静かだったわ……静かすぎて、不安になるくらい……。
あの子はちょっと騒がしいけど……でも――やっぱり、“家族”っていいわね。)」
(湯気が立ちこめ、穏やかな夜が更けていく)
――こうして、フローレンス家の夜は静かに過ぎていった。