夢のつづき
「お母さん、お母さん。ご飯なんで出来てないの?」
四鬼の声が、リビングに響く。
「ちょっと、体の調子が悪いのよ。ごめんなさいね」
母親が四鬼にそう返すと、四鬼が母親の手にある卵を奪った。
「四鬼?」
不思議そうに四鬼を呼ぶ母親に、耳を赤らめながら「座ってたら?」とキッチンに立つ四鬼の姿があった。
「……ありがとう」
感謝を呟く母親に、四鬼はバツが悪そうに視線をそらした。
「五鬼! あんたも手伝ってよ」
「やだよ。男なのにそんなとこ立つはずないだろ」
「あんたね」
四鬼が卵を焼きつつ、五鬼を怒鳴っていると、大きな影がテーブルのところへと動いた。
「あなた……」
「皿を用意しておけばいいか? 四鬼」
父親が、大きな体で、小さな皿をつまむように並べ始めた。
その姿には雄々しさはないものの、優しさがにじみ出ていた。
「ありがとう」
どこか照れくさそうに微笑みかける母親に、父親もかすかに微笑み返す。
親二人のその姿に、四鬼が苦笑いをし、五鬼は黙って四鬼のそばに向かった。
一鬼は今日も朝早くから出かけていた。
六鬼が世界を夢で包み込んだ日から、一週間が経過していた。
あの魔法には、実は落とし穴があった。
限りなく純粋な心には作用しないという、落とし穴が。
一鬼はあの時の三人のやりとりと、事の顛末を見守っていた。
丘のずっと下で、大樹の陰から。
二鬼と三鬼が羽ばたいていくのを、一鬼も六鬼と共に見送っていたのである。
六鬼がどんな魔法を放つのか、一鬼にはわからなかった。
だが、それを受け入れようと思っていた一鬼。
母親に操られた六鬼に初めてのキスを捧げ、しばらく六鬼と過ごした一鬼。
母親に操られていた六鬼ではあったが、時々それは変わっていた。
操られた六鬼に惹かれたのは事実ではあるが、愛したいと思ったのは真実の姿の六鬼。
傷つき今にも消えてしまいそうなほどに小さな子供を、六鬼の中に感じていた。
一鬼に芽生えた母性という愛情を教えてくれたのは、まぎれもなく本物の六鬼なのだ。
それを意識した時、一族のしきたりなど飛び越えて六鬼を愛したいと思い、同時に六鬼が護ろうとしている三鬼を妬んだ。
あの日のことを思い出しながら、一鬼はまたあの丘にいた。
空に近い場所にいたら、六鬼に近づける気がした。
好きだという感情を、一度も告げることなく六鬼は消えた。
永遠の片想いをしなければいけないのかと、一鬼は切なくなる。
胸に手をあて、息を詰める。
ドクンドクンと心臓が強く脈打つ。
その音は、一鬼にとっては恋の音。六鬼を想うと、強く激しくなるのだから。
「六鬼……」
悪魔と闘うことも、鬼のしきたりに振り回されることもない平和な日常。
一鬼以外の誰も知らないけれど、忌み嫌われていたはずの六鬼からの最大の贈り物だと一鬼は思った。
六鬼が六鬼なりに大事にしていた家族への愛情なんじゃないか、と。
遠くでカラスの鳴き声がする。
「二人も元気に過ごしているのかな」
二鬼と三鬼を思い、鳴き声のする方向へと視線を送った一鬼は目を見張った。
丘を一気に駆け下りて、勢いがつきすぎ転んでしまう一鬼。
すりむいた膝からは、血がにじんでいる。
「お願い……!」
カラスが鳴いた方角には、広い森が続いている。
その中ほどで、強い光を見つけた一鬼。
どこからみても目視できるほどの光の強さに、一鬼は願いをこめた。
生い茂る無数の枝が、一鬼の邪魔をする。
顔に腕に、傷がついていく。
「お願い、六鬼。あたしにも夢を見させて」
叫びながらその場所へとたどり着いた一鬼は、大粒の涙をこぼして、傷だらけの膝をついた。
「……誰にお礼を言えばいいの? 神様? それとも、悪魔に?」
涙はいつまでも止まることを知らないように、こぼれ続けていく。
大きな樹の洞に、白い布に包まれた子どもが眠っている。
よろけながら一鬼は近づき、確信した。
「おかえり、六鬼」
出会った頃の幼く、あどけない顔。
首からは、いつもつけていた大鎌へと変化するネックレス。
その鎌はいつもの輝きはなく、錆ついている。
「角が……」
一鬼はその子供を優しく抱き上げる。
くせっけも変わらないのに、六鬼のあの緋色の角だけがなくなっていた。
代わりにあるのは、自分と同じ鬼の角。
あの角があるだけで、自分たちと距離があるようで嫌だったんじゃないかと一鬼は感じた。
「六鬼……おそろいだね」
角を指先でそっと撫でると、それに反応したように子供の目が開いた。
「ここ、どこ?」
地面に下ろし、目線を同じにする一鬼。
甘えた六鬼の声に、一鬼の胸はいっぱいになっていく。
「ぼく、だれ?」
自分を訪ねる六鬼の言葉に、一鬼は一瞬ためらってから、こう返した。
「君の名前は、“六起”何度転んでも、何度でも起き上がれる強い子にだけ与えられる名前だよ」
「ぼく、つよいの?」
目を輝かせる六起へと、一鬼は微笑んで呟いた。
「世界で一番強いんじゃないかな」
一鬼のその言葉を聞き、六起は嬉しそうに笑った。
ひとまずこれで終わりとなります。
もしかしたら、番外編かなにかを書くかもしれません。
が、ひとまずはこれにて。
ここまでお付き合い、ありがとうございました。




