正気か狂気か 6
「いいの、もう」
それだけいい、抱きしめる腕に力を込めた。
「三鬼……」
六鬼が丘の頂上にたどり着く。
そして、二鬼に告げた。
「この力は使わない。羅生門じゃダメなんだ。三鬼の願いを叶えるには」
「なんだって?」
三鬼の腕の中、二鬼が身を捩って六鬼を睨んだ。
「そんな顔、しないで。二鬼兄」
睨みつける二鬼とは対照的に、六鬼は穏やかな瞳で二鬼と二鬼を抱きしめる三鬼を見つめていた。
「ね、三鬼」
六鬼は三鬼の背中に語りかける。
「三鬼はどんな姿になってもいいんだったよね。生きてられたら。辛くなきゃ。それと、自分を愛してくれる人と一緒にいられたら。そうだよね」
一言一言、確かめるように言葉を三鬼へ送る六鬼。
長い質問に、三鬼は「うん」とだけ返した。
亜空間に二人でいて、六鬼は三鬼から彼女の中にある生への執着を知った。
死にたくない、は、生きていたい、に。
六鬼は自分が苦しくない言葉へと変換をし、三鬼の願いを叶えようと心に決めた。
家族は利用しあうものじゃなく、支えあうものでなくちゃいけない。
三鬼のささやかな願いは、三鬼が今まで生きてきた中で一度も叶ったことがないと三鬼は微笑みつつ一筋の涙をこぼした。
家族というよりも、支えあう何かのぬくもりに激しく飢えていた三鬼。
鬼の中にいたのでは、もう、それが叶うことも難しいと考えた六鬼は、三鬼に告げた。
元いた場所に帰ろう。三鬼を待っている人がいるから、と。
三鬼は一度、ノーと返した。
六鬼が願いを叶えてくれるのなら、どの場所でもいいと思っていはいたものの、二鬼の自分への想いに疑いを持っていたからだ。
しきたりに縛られた婚約者。
二鬼の中にある自分への執着は、自分への愛情ではなく、自分以外に負けるのが嫌なだけだと、三鬼なりに二鬼のことを結論づけていた。
六鬼はそんな三鬼にこう答える。
二鬼兄は、なにもかも計算しつくしているとは思えない。
三鬼への想いだけは、多分自分の計算外の力が働いていると思う、と。
六鬼と二鬼。互いに誰かを好きになっているからこそ感じる、一種の共鳴のようなものがあるのかもしれない。
想われている三鬼側から見えない、感じられないものを、六鬼は二鬼と共有している気がした。
だから、帰ろうと改めて三鬼に告げた。
愛してくれる人と一緒にいることは、きっと幸せだからと。
三鬼はしばらくどこか遠くに視線を置き、三鬼の言葉を待つ六鬼がネクタイを外す音とともに、声をかけた。
帰ろう、と。
三鬼の言葉に六鬼は微笑み、これはもう必要ないよねとネクタイを三鬼へと返した。
六鬼の気持ちを察した三鬼は、ありがとうとだけ返して、六鬼の腕を取ったのだ。
「……二鬼兄」
六鬼は二鬼へと見えるように力の球を突き出し、目の前でそれを両手で潰してしまった。
「な……っ」
球を潰したとは言っても、その力がどこかに作用することもなく、六鬼の手のひらへと吸い込まれていった。
その力を吸収しつくしたのか、六鬼の体がブルッと震えた。
「はーっ」
六鬼は大きく息を吸って、そのまま息を詰めた。
「六鬼?」
怪訝な顔つきで六鬼を見る二鬼に、三鬼が囁いた。
「このまま、二人で一緒に……」
その三鬼の囁きに、二鬼は不思議そうに三鬼を見つめた。
「三鬼?」
碧い光が六鬼の手のひらに集まる。
手のひらいっぱいに集まったそれを使い、あの母親の悪魔がしたように六鬼は光から矢を具現化させた。
取り出した矢は、二本。
矢を構える先には、二鬼と三鬼が抱き合っている。
「三鬼……、幸せに」
六鬼は泣いていた。
「うん。ありがとう、六鬼」
顔だけ振り向いた三鬼は、笑っていた。
六鬼が好きな、あの笑顔で。
放たれた矢は、二人を貫通し、その瞬間二人の姿が変化していった。
「六、鬼」
最後に六鬼が聞いた声は、二鬼の声。
頭のいい二鬼は、変化していく最中に起こることを把握したのだろう。
ただ名を呼ばれただけなのに、六鬼は切なくなった。
兄弟として呼ばれてみたかったと思いながら、二人の姿が変わっていく様を六鬼は見守っていた。
碧い光が二人を包み、光が爆ぜると二羽のカラスが現われた。
「元気でね」
六鬼がカラスに話しかけると、大きく鳴いて、二羽は羽ばたいていった
「どんな環境でもその姿なら逞しく生きていけるよ。二鬼兄のずる賢さは、カラスにそっくりだ」
二羽が空の彼方で点になって消えていくのを見送りながら、六鬼は二鬼への嫌味をひとつこぼした。




