それぞれが愛するモノ 8
「……なんなの?」
怪訝な顔つきで体を起こして、あの悪魔を睨みつけた。
六鬼はというと、膝立ちのまま放心して、ただ涙をこぼし続けている。
「今の六鬼の言葉は、あたしが操って言わせたの。六鬼が聞けずにいたことを、あなたから引き出すきっかけを作ってあげただけよ。双方にとっていい結果になったじゃない」
「……計な、こと……する、な」
母親は二人のやりとりを、怪訝な顔つきのまま見ている。
「こんな風に思っている人を護ることに、なんの意味があるというの?」
せせら笑う自分の本当の母親を睨む六鬼の瞳の色が、深く濃いものへと変化し始める。
「自分でお父さんに預けていったくせに、なにをしたくてこんなことをするんだ」
「ええ、そうよ。あたしがあたしの意思でこの人にあんたを預けたわ。あたしなりの理由があってのことよ」
「どんな理由があるって言うんだ。これだけの人数を巻き込んで、なにをしたいってんだよ」
「それは今にわかるわ。そう……。今日、これからハッキリすること。だからおりこうにして待っていなさいな、六鬼」
「その名を呼ぶな! お父さんがつけてくれた名前をあんたなんかに呼ばれたくない」
六鬼の中で、父親がつけてくれたその名は特別なものだった。
六番目の鬼だという簡単な名前だとしても、同じ鬼の仲間入りが出来るようなそんな名前。
あの夜、自分がこれから会う人達は、自分と同じ鬼なんだと思っただけで六鬼の心は躍った。
父親の肩からの景色は、何度見ても気分が高揚する景色で、六鬼には名前同様で特別なものだったのだ。
「本当に無垢ね。疑うことを知らず、愛されるまで愛するだけ。……つまんないったらないわ」
「お母さんに愛されていないのは知っていた。だから、そんなのは今更なんだ。ほっといてくれよ」
六鬼がそう言い返した時、母親の悪魔がクスリと笑った。
「お母さんじゃない誰かにでも愛されているとでも? それとも、愛されるのを待ってるの?」
悪魔が言っていることを、六鬼は容易に理解できた。
自分の中にいて、表に出てきたあの日、三鬼への想いをどうにもしないのかと言ってきたくらいだ。
「関係ないだろ。ほっとけったら、ほっとけよ」
焦れたように六鬼が返すと、母親の悪魔が「来たようね」と視線を動かす。
「来た?」
その視線の先を追うと、三鬼と二鬼が部屋の入口に立っていた。
「三鬼、姉」
三鬼へと視線を動かすと、視界に混ざるものがある。
三鬼の肩に乗っている、二鬼の手である。
「六鬼。あなたが知らされていない、鬼の一族に伝わるものがあるの。あなたが大事に大事に想ってきた三鬼は、いろんなことを教えてくれたんでしょ? でもそれは教えてくれていないはずよ」
「一族に伝わる? 教えてくれていない?」
三鬼へと向けている視線を、なにかが邪魔をしている感覚。
ほんのわずか、視線を動かせばその邪魔に出会う。
「二鬼兄……」
三鬼の肩に乗せられた手は、いつまでも置かれたままだ。
二人が醸し出す雰囲気に、六鬼は苛立たしさを覚えはじめる。
「おかえり、六鬼。ずいぶんと遅かったんだな、戻るのが」
二鬼が六鬼へと話しかけるなんて、そうそうなかったこと。
六鬼は一瞬目を見張り、唾を飲み込んだ。
重苦しい感じでいっぱいの息を、ふーっと長く吐き出し、「二鬼兄」と呼んだ。
「珍しいね、俺に話しかけてくれるなんて」
「まあな。事が事だけに、話しかけもする」
「……事が事?」
やわらかく微笑み、三鬼の肩に置かれたままの二鬼の手に力がこもる。
二鬼は、三鬼をさらに自分へと抱き寄せるようにし、六鬼へと微笑んだ。
「三鬼、姉?」
勝手に声が震えてしまう六鬼。
「二人とも兄妹なのに、なにをしてるのさ」
その雰囲気は、恋愛をよく知らない六鬼にも理解できるもので、恋人同士が持つものに感じられた。
「六鬼。三鬼があなたに教えていないことを、あたしが教えてあげる。……どうせ、このズルイ女は、あなたには言わないままですべてを終わらせようとしていたんだろうから」
どこか丁寧な口調に、六鬼は気持ち悪さを感じていた。
と同時に、母親の悪魔が言ったことを信じたくなく、三鬼へとまた視線を注いだ。
母親の言葉に三鬼を凝視するものの、三鬼の表情はいつもと何も変わらなく見えた。




