それぞれが愛するモノ 4
「確かにいつもの父さんだろうね、あれは」
肯定と取れる返事をしているのに、どうにも会話が噛み合っていない気になってくる母親。
「三鬼は? 三鬼はどう思ったの」
「え、あたし?」
急に話を振られ、三鬼は横目で二鬼を見た。
何も言わないが、二鬼の目は落ち着いているように見え、三鬼はホッとしつつ口を開いた。
「匂いが違うのと、嫌なものが聞こえてきたの。あたしには」
「匂いと音っていうこと? よくわからないわ」
母親はさらに焦れて、声が大きくなっていく。
「母さん、声が大きいよ。もうすこし落ち着けないかい? 仮にも当主の妻なんだろ」
たしなめるような二鬼の言葉に、母親は不機嫌さを露わにした。
母親の自分が子どもから注意を受けなければならないのか、と思ったのだ。
「偉そうね、ずいぶんと」
気持ちがそのまま口をつく。
「母さんが余裕なさすぎなんだろ。そんなんじゃ、対策も打てないよ」
「なんですって」
母親の顔が、みるみる赤くなっていく。
「威張りたいなら、相応のことしてくれないかな。子どもとしてだけじゃなく、一族のものとしても付いていけないよ。そんな母さんには」
呆れた顔つきで言われた内容に、母親はさらに頭に血がのぼっていく。
「どうしたいの? 母さんは。自分の旦那だけが無事ならどうでもいいの? 一族にこだわってきたんじゃなかったの?」
あえて”自分の旦那”などという、他人行儀な言い方をしてきた二鬼。
母親は反射的に、二鬼の頬を平手打ちしていた。
乾いた音が廊下に響く。廊下の奥の方では、鬼たちのにぎやかな声が聞こえている。
「この家の温度差ったらないね。言っちゃ悪いけど、母さんが護りたいものが不確かすぎないか」
「温度差ってなんなの? じゃあ二鬼は何を護りたいの」
早口でまくしたてる母親に、二鬼はたった一言。
「三鬼」
それだけを返し、みんながいるだろう奥の部屋へと視線を向けた。
「それだけ? 三鬼だけを護られればいいというの?」
人には一族云々というくせに、と母親は思った。
「僕にはなにもないからね。父さんのような圧倒的な力も、一鬼姉さんのような闘いのセンスも、六鬼のような唯一の能力も。……それでもね、母さん」
廊下の奥から視線を三鬼へと移し、二鬼はどこか寂しそうに告げた。
「一番大事な人と一緒にいるための世界を作りたいんだ。だから僕は、何もないなりの闘い方をしてきたんだ。みんなの後ろに回ってね」
一番大事な人と言われた三鬼は、二鬼を見つめながらなぜか二鬼同様寂しそうな表情を見せた。
「あたしとそんなに変わらないじゃないの。偉そうな口きくから、どんな理由が出るかと思ったら」
「そうかもね。でも僕と母さんは立場が違う。背負っているものは一緒じゃないだろ」
「何を当たり前のことを言ってるの? 二鬼、あなたおかしいんじゃない?」
二鬼の心の奥を知らない母親は、ただイラついたまま奥の部屋へと歩んでいった。
「二鬼」
三鬼が俯いたまま、二鬼を呼ぶ。
その三鬼の両肩に、二鬼がそっと手を置いた。
「いいの? 本当にすべてが終わってしまっても」
苦しげに吐き出された呟きに、「いいんだよ」と二鬼は返す。
「それよりも顔を上げてくれないかな。……キスが出来ないよ」
ゆっくりと顔を上げる三鬼。その瞳は、すこし潤んでいた。
「泣かないで、僕の大事な三鬼。僕が護るから。三鬼が欲しいもの、手に入れてあげるから」
二鬼がそっと三鬼の唇に口づける。
そのキスを受け止めている三鬼の目は閉じることもなく、どこか遠くを見ている。
三鬼の心は、この場所ではないどこかへ向いている。
それを二鬼は知っているのか、二鬼の目尻から涙が一つこぼれていった。




