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青空と海と大地 ーそらとうみとだいちー  作者: 栗須帳(くりす・とばり)
第7章 閉ざされた未来の扉

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055 新たなる誓い

 


「完全に……壊れる……」


「薬物によって、(あらが)う意欲を根こそぎ排除する。それは言い方を変えれば、絶望して全てを諦めることなんです。

 すいません。煙草、構いませんか」


 海がうなずくとライターを持ち、火をつけた。


「……青空(そら)さんの煙草、まだ吸われてるんですね」


「ええ……日常的に吸っている、というのではないのですよ。ただこうしてると、不思議と心が落ち着くんです。青空(そら)さんがすぐ傍にいるようで」


「……」


 浩正(ひろまさ)の言葉に海がうつむく。

 大地のことがあって。自分の容量(キャパ)が一杯で、すっかり失念してた。

 ある意味、この人も絶望してるんだ。青空(そら)さんを失って。

 この人があまりにも強いから。そこに思いを巡らせることが出来てなかった。


「僕は別に、強くないんですよ」


 心を読まれた、そう思った。


青空(そら)さんを失って……僕自身、進むべき道が見えなくなりました。どれだけ頑張っても、夢を実現したとしても。そこに青空(そら)さんはいないんですから」


「……ごめんなさい……そんな当たり前のことも考えられなくて……」


「いえ、海さんが自然に接してくれているからこそ、僕は正気を保ててるんだと思います。それにこう言ったら悪いですが、大地くんがこうなったことで、一人自問する暇もありませんので」


 車内を煙草の煙が舞う。


「ただ僕は……青空(そら)さんに笑われたくありませんし、失望されたくないんです。その思いがあるから、今もこうして踏みとどまっているんだと思います」


「……」


 一体どれだけの経験を積めば、ここまで強くなれるんだろう。

 この人はこれまで、どれだけの涙を流してきたんだろう。そう思った。

 そして。

 そんな彼が、大地はもう手遅れだと言った。

 その言葉はどんな真実よりも重く、海の心に響いた。


「大地くんの話に戻りましょう。そういう訳で、僕は以前の大地くんに戻る可能性は低いと思っています」


「……はい」


「ですが、可能性はゼロじゃない、そうも思ってます」


「……」


 限りなくゼロに近いってこと、なんだな。海が窓の外を見つめ、小さく息を吐いた。


「でも海さん。それが重要なんです」


「え……」


「僕がこう言ったことで、海さんの中には絶望が渦巻いていると思います。大地くんが無事退院出来たとしても、それは以前の彼じゃない。隙を見つけて死のうとするか、その意欲すら削がれた廃人となっているか。

 そんな大地くんに、これからどう向き合っていけばいいのか分からない、そう思ってますよね」


「……はい」


「ですがゼロじゃない、ゼロじゃないんです」


「……」


「可能性は低いです。僕自身、淡い希望を抱いて弟を迎えましたが、それがすぐ絶望に変わりました。そんな僕が何を言っても、説得力に欠けると思います。でも海さん、もう一度言います。ゼロじゃないんです」


「……浩正(ひろまさ)さんは私に、どうするべきだと思ってるんですか」


「すいません。それは僕にも分かりません」


「そう……ですか……」


「大地くんは僕じゃありません。考え方も価値観も、何もかもが違う存在です。僕には有効な手段でも、大地くんに当てはまるとは限りません。

 でもだからこそ、他の誰に当てはまらなくても、大地くんには意味を成すことが必ずあります。そしてそれは、彼のことを誰よりも想っている海さん、あなたにしか出来ないことだと思ってます」


「私に……だけ……」


「ええ。ただそれには覚悟がいります。それもただの覚悟じゃない、命を賭けた覚悟です」


「……」


「今の海さんになら、言っても大丈夫だと思います。海さん、どんな悩みも苦しみも、自分のことなら大したことはないんです」


「どういうことですか?」


「弟の心が(むしば)まれている時、気付いたことです。自分の悩みなら、諦めるという選択肢、逃げ道があります。別の何かで代用することも出来ます。でも、自分にとって大切な人の悩みとなると、その理屈が通用しないんです。

 大切な人が苦しんでいる。どれだけ励ましても、勇気を持ってほしいと願っても、相手がそう思ってくれなければどうすることも出来ません。諦めることも出来ません」





 そう言われて。

 海は思った。

 裕司(ゆうじ)の時、確かにそうだった。

 自分がどれだけ哀しもうと、絶望しようと。何も変わらなかった。

 運命に(あらが)おうとした。世界を憎んだ。自分が変わってあげたい、そう願った。


 諦めることが出来なかった。


 しかしそれが自身の悩みになった時。自分は全てを諦めて、死という形で区切りをつけようとした。

 確かにそうだ。自分の悩みなら、自分で解決出来る。

 それが例え、命を捨てることであったとしても、その悩みからは解放される。

 今の状況も同じだ。私は大地を諦められない。どんな代償を払っても大地を助けたい、救いたいと思っている。そしてそれが出来なくて、自身の無力さを痛感している。

 そう思うと、自分が背負っていた悩みが軽く思えてきた。


「そうは思いませんか」


 信号待ち。浩正(ひろまさ)がそう言って、穏やかな笑みを向けた。


浩正(ひろまさ)さん……」


 本当にすごい人だ。

 大地のことを通じて。

 改めて今、私の中でまだ(くすぶ)ってる迷いを打ち砕いてくれた。

 自分の悩みなんて、大地のことに比べたら大したことないでしょう? そう諭されてしまった。

 悩みを一段高いところに置き換えた時。どれだけ些細なことで悩んでいたか分かるんだ、そう思った。


「今の大地くんにとって、唯一の希望は海さんです。今の彼が気付いてなくても、魂の深いところではそう思ってるはずです。

 大地くんを救えるのは僕じゃない、青空(そら)さんでもない。海さん、あなたなんです」





 海は微笑んだ。

 涙が頬を伝った。


「……そう、ですね……私しか、大地を救えないんですね……」


 そんな海を見つめ、浩正(ひろまさ)が静かにうなずいた。


「ありがとうございます、浩正(ひろまさ)さん。何が出来るか分からないけど、私、頑張ります」


「その為にも海さん自身、体力を戻しておかないと。それが気力にもつながりますから」


「あはははははっ、そうですね」


 笑うとまた、涙がこぼれた。


「僕も協力します。一緒に彼を守りましょう」


「はい!」


 そう言って大きくうなずき、海は拳を握った。





 さっきまでの重い気持ちが嘘のようだ。

 今、心が躍動している。

 誓いの躍動だ。

 そしてこの誓いは、自分との誓いなんだ。

 大地との、浩正(ひろまさ)さんとの。青空(そら)さんとの誓いなんだ。

 裕司(ゆうじ)、両親、叔父さん夫婦。

 これまで私を守ってくれた、全ての人との誓いなんだ。

 そう思い、海は涙を拭き、窓の外に視線を向けた。

 その目にはもう、迷いはなかった。

 絶望は映ってなかった。




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