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青空と海と大地 ーそらとうみとだいちー  作者: 栗須帳(くりす・とばり)
第6章 未来への選択

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040 戸惑い

 


「疲れたー」


 12月24日、クリスマスイブ。

 帰宅した海が、そう言ってベッドにダイブした。


「今日はお客さん、ほんと多かったよね」


「まあ、嘘でもイブだからな。外でお茶したい人も多かったんだろ」


「明日も忙しいんだよね」


「老人ホームの利用者さんを招待してるからな、それなりに忙しくなると思うぞ」


「中山さんも来てくれるかな」


「ははっ。海、中山さんのこと気にいったみたいだな」


「だって中山さん、胃ろうで何も食べられないのにニコニコしてて。こんな私にも優しくしてくれるんだから」


「確かにな。俺にはあんな顔、見せてくれたことはなかったよ」


「なになに大地、嫉妬?」


「90歳越えの人相手に、嫉妬も糞もねえだろ」


「ふふっ、そうなんだ」


「ちなみに海、忙しいのは明日で終わりじゃないからな。明後日からは正月準備があるし、年が明けたら青空姉(そらねえ)の結婚式もある」


「22日だったよね。青空(そら)さんの誕生日の3日後」


「その後だって、新婚旅行で3日店を任されてるんだ。しばらくゆっくり出来ないぞ」


「分かってる、分かってるって。でもとにかく、今日は疲れたー」


 両手を伸ばし、思いきり伸びをする。


「大地はどう? 疲れてない?」


「いつものことだからな」


「そうなんだ。やっぱ大地、男の子なんだね」


 そう言って微笑むと、大地は照れくさそうに顔を背けた。





 海に告白されてから、数日が過ぎていた。

 あれ以来、海はその話をしてこない。ただ、明らかに態度が変わっていた。

 笑顔が多くなった。それも自然な笑顔だ。

 青空(そら)はそのことを、裕司(ゆうじ)の呪縛から解放されたからだと言った。


「呪縛って……青空姉(そらねえ)裕司(ゆうじ)を悪霊みたいに言ってやるなよ」


「実際そうなんじゃない? 彼のおかげで海ちゃんは、この世界で幸せになることを放棄した。そして一日も早く、彼の元に行きたいと願っていた。それってある意味、呪いと同じじゃない?」


「そうかもしれないけど、それにしても例えが悪すぎる。海が聞いたら怒るぞ」


「これ、海ちゃんから聞いたんだよ?」


「……マジか」


「うん、マジ。笑いながら、涙を浮かべながらね。こんなことを考えてしまう私は、本当に酷い女なんだと思う。でもそう思わないと私、次の一歩を踏み出せないんですって言ってた」


「……そうか」





 全てを捧げた男を呪いと言い放つのに、どれだけの葛藤があっただろう。勇気がいったことだろう、そう思った。

 しかしそれは、裕司(ゆうじ)と過ごした日々を過去として清算した証とも言えた。

 海は今、間違いなく未来を見ている。


 問題なのは、未来で彼女の隣にいるのが自分だということだ。

 初めての告白。異性から、初めて向けられた好意。

 その事実に動揺した。狼狽(うろた)えた。

 そんな大地に対し、海は着実に仕掛けてきていた。

 スキンシップが多くなった。

 露骨にすり寄ってくる、そんなことはない。自然に、まるで何十年も連れ添ったパートナーのように寄り添ってきた。

 それが大地を混乱させた。

 こういうのには全く免疫がない。いっそのこと、下心満載で仕掛けられる方が対処出来る、そう思った。


「ねえ大地。そんなところに突っ立ってないで、あんたもこっちにおいでよ」


 ベッドに寝そべったまま、隣を叩く。


「いやいや寝ないから。と言うか風呂が先だろ。俺、お湯はってくるから」


「ボタン押すぐらいで大袈裟に言わないの。押したらこっち、来てよね」


 そう言って意地悪そうに微笑まれ、また動揺する。

 完全に弄ばれている、そう思った。

 そして、そのことに動揺してるものの、不快に感じてない自分にも困惑していた。

 俺は海に対し、特別な感情を持っていない。だが、彼女との生活を心地よく感じているのも事実だった。それが不思議だった。


 海は変わった。死んで裕司(ゆうじ)と再会することを捨て、生きることを選択した。

 その選択にどれだけの勇気と覚悟がいったか、想像しなくても分かる。

 その彼女の覚悟が、自分にも伝染してると言うのか?

 青空(そら)の言葉を思い出す。


「大地。あんたは確実に変わってきている。海ちゃんとの出会いは、あんたにとっての希望だ。だってあんた、海ちゃんのことを信じ始めてるじゃない。昔のあんたならそんなこと、死んでも思わなかったはずだよ」


 本当にそうなんだろうか。

 青空姉(そらねえ)以外の人間を、俺が信じてる?

 俺のようなサイコパスに、そんな資格があるのか?

 俺はこの世界のノイズ。さっさと退場するべきだ、ずっとそう思っていた。

 しかし青空姉(そらねえ)が言う様に、海と出会ってからの俺は確かに、肩の力を抜いて生きているように思う。

 誰に何を思われようがどうでもいい、そう思って生きてきた。

 ただ、海に対しては違った。常に彼女を観察し、彼女が今何を感じてるか、何を望んでいるか。そんなことを考えている自分がここにいる。

 そういう人間じゃなかったはずなのに。

 こいつと出会ってから本当、調子が狂いっぱなしだ。

 そう考える中、ひとつの疑問にぶつかった。




 ――そう言えば俺、最後に死にたいって思ったのはいつだ?




 海のおかげで実行出来ず、面倒をみてやることにして。こいつが死ぬまでは生きてやると約束した。

 でも最初の頃は、いつも早く死にたいと思っていた。

 こいつ、さっさと死ねばいいのに。そうすれば、何の憂いもなく死ねるのに。そう思うことすらあった。

 それが、彼女と同じ時間を重ねていくにつれ。いつの間にか死を考えないようになっていた。

 これが変化なのか?

 そしてそれは、海と出会ったからなのか?

 俺は、俺は。

 生きることを望んでるとでもいうのか?

 そして海のことを受け入れ、意識してると言うのか?


「いいから大地、早くこっちに来なさいってば。じゃないと、私の方から行っちゃうよ」


「……あまり駄々をこねないでくれ。そういうのが苦手だってこと、分かってるだろ」


「そういうこと言うんだー。じゃあもっと言ってあげる。大地、こっちにおいでってばー」


「勘弁してくれ……」


 微笑む海を直視できず、大地は慌てて風呂場に向かった。


 おかしいだろ、俺。

 こんなの俺じゃないだろ。


 そう思い、何度も首を振った。




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