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青空と海と大地 ーそらとうみとだいちー  作者: 栗須帳(くりす・とばり)
第5章 過去と未来の天秤

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036 暴かれた黒歴史

 


「おかえり、寒かっただろ。早く入ってあったまれよ」


 そう言って海の方を向き、大地が固まった。


「どう……したんだ、海……」


 ふわふわで長かった髪がばっさり切られ、ストレートになっていた。

 そして色が、明るい茶褐色から黒に変わっていた。


「何か……あったのか……」


「何かって、何が?」


「い……いやいや、聞いてるのは俺だ。大丈夫なのか」


 こんなに狼狽(うろた)えてる大地を見るのは初めてだ。また新しい大地を知れた、そう思い微笑む。


「まあ、ね……気分転換って言うか」


「それにしては思いきりが良すぎるだろ。よく分からんが、あそこまで伸ばすのは大変だっただろ? 毎日手入れしてたし、あのふわふわな髪は女子の憧れじゃないのか」


「確かに惜しいと思ったよ。でもほら、仕事中、髪が結構邪魔だなって思ってたし」


 そう言われ、確かに海は仕事中、いつも髪を束ねていたなと思った。


「あと、その……自分に対するけじめって言うか」


 頬を赤らめうつむく。そんな海に動揺し、大地が慌てて視線を外した。


「とにかくその……なんだ、早く中に入れよ。そんなところに突っ立ってたら風邪ひくぞ」


「うん……そうだね」


 海にとってこの行動は、今言った通り、自身に対するけじめでもあった。

 裕司(ゆうじ)はいつも、自分の髪を褒めてくれた。

 綺麗ですね、そう言って撫でられるのが嬉しかった。

 その髪を切ることで、裕司(ゆうじ)と過ごした日々を、自身の想いを。

 過去の思い出へと変える。


 髪を切られる時、感情が溢れて止まらなかった。

 涙ぐみ、肩が震えた。

 そんな彼女を気遣い、美容師が手を止めたほどだった。

 そして生まれ変わった自分を見つめた時、心に何か新しい風が吹いたような気がした。





「大地の好み?」


 先日、青空(そら)と交わした会話。


「はい、その……深い意味はないんですけど、大地にも異性の好みとかあるのかなって思って」


「あははははっ、分かりにくいもんね、あいつ」


「そうなんですよ。異性だけじゃなくて、食べ物とか趣味とか、あいつからは好きなものが何も見えてこないんです」


「なるほどね。でも海ちゃん、それを聞いてどうするの?」


「別に……ただの好奇心、好奇心です」


「海ちゃん。目、泳いでるよ」


「……冷静に突っ込まないでください。分かってるくせに」


「あははははっ、ごめんごめん。でもいいことだと思うよ。それだけで、海ちゃんが未来を向いてることが分かる」


「……そんな大層なことじゃないんですけど」


「いやいやほんと、素晴らしいと思うよ。今の海ちゃんからは、早く死んで彼氏の元へ行きたいって気持ちが感じられない」


「私は何も……変わってないです」


「そんな海ちゃんに、お姉さんがとっておきを教えてあげよう」


「何か知ってるんですか」


「モチのロン。これでも私、大地のお姉ちゃんだから」


 そう言って海の肩を抱き、耳元で(ささや)いた。


「……確かにあいつ、どんな時でも表情ひとつ変えないでしょ」


「はい」


「何に対しても興味がないように見えるよね」


「……はい」


「でもね、ああ見えてあいつ、女の好みはうるさいよ」


「……ちなみに青空(そら)さん、どうして知ってるんですか」


「だってほら、あいつと何年か一緒に暮らしてた訳じゃない? 思春期男子が家族に内緒で隠し持ってるもの、あるでしょ」


青空(そら)さんまさか……」


「ご名答。エロ本でーす」


青空(そら)さん……大地が聞いたら泣きますよ」


「あはははははっ。でもまあ、弟の性癖を知っておくのも姉の責務じゃない? だから私も興味津々……じゃなかった、背徳感を持ちながら探してた訳よ」


「大地……同情するよ……」


「あいつ、女に興味がないような顔してるけど、それって格好つけてるだけなんだよね。それを暴いた後、知らない顔してあいつと接するのは、そりゃあもう楽しかったよ」


青空(そら)さん……鬼畜って言葉、知ってますか」


「あはははははっ、まあまあ、若気の至りってことで許してよ。それより大地の趣味、知りたくない?」


「……情報源がエッチな本ってのは微妙なんですけど……お願いします」


「あいつが持ってたエロ本の女はね、みんな胸が小さかった」


「そういう本って、色んな女性が出てるんじゃないんですか?」


「それがね、あいつ……ぷっ、あはははははっ」


 膝を叩き青空(そら)が笑う。


「そのエロ本の中からね、好みの女を切り取ってファイリングしてやがったの」


「……」


 姉に隠れてエッチな本を見て。そしてお気に入りの女性をファイリングしてる大地。

 その姿を想像すると、何だか笑えてきた。

 そして同時に、その行動が筒抜けになっていた思春期の彼に同情した。


「小さい方が好きってことですか」


「まあ、直接聞いた訳じゃないけどね。少なくとも、お気に入りファイルの女はみんなそうだった」


「そう……なんだ……」


 自分にとってもコンプレックスだった胸に手をやり、海が安堵の表情を浮かべた。


「手に納まるぐらいの胸。それがあいつのストライクゾーンだ」


 なんでそこでドヤ顔なんですか。そう突っ込みたい気持ちを海は抑えた。


「それとあいつ、黒髪フェチだね」


「黒髪……ですか」


「うん。ファイルには染めてる女も何人かいたけど、それは多分胸が気に入ってたからだ。あいつの好みは黒髪、それもショートだね」


「黒髪の……ショート……」


 長い髪を手に取り、海がそう(つぶや)く。


「まあでも、これはあくまであいつの性癖だから。こういうのって、実際異性を好きになったら、好みと真逆でも満足するもんだから。そんなに気にしなくてもいいと思うよ」


 青空(そら)さんそれ、何のフォローですか。

 そう思いながらも、海は胸に関してはクリアなんだと拳を握った。





 明らかに大地の様子がおかしい。

 テーブルに料理を運ぶ時も、いつもの落ち着きが感じられない。

 海を見ることも出来ず、目を伏せ狼狽(うろた)えている。

 そんな大地を見てる内に、海まで恥ずかしくなってきた。

 作戦は成功のようだけど……でもこれ、あからさま過ぎたかな。

 そう思い、シチューに口をつける。


「温かい……ありがとね、大地」


「……あ、ああ……」


 ここまで効果てきめんだとは思わなかった。

 でも大地、いくらなんでも動揺しすぎじゃない?

 こんなんじゃ私、話が出来ないじゃない。

 そんなことを考えながら、無言の夕食時間が過ぎていった。




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