032 意識
朝目覚めて。
目の前に大地の背中があり、安堵した。
微笑み顔を埋める。
そして思った。思い返した。
昨日大地に言ったことを。
「私はそんな大地のこと、好きだよ」
「大丈夫、今のは友達としての好きだから」
「今はまだ、ね……」
自分の言葉に赤面し、動揺した。
なんで私、あんなこと言っちゃったの?
大地と出会って1か月。色んなことがあった。
知らなかった世界に触れた。
そして。大地や青空さんの過去を聞いて。
いかに自分が恵まれていたか、幸せだったのかを知った。
甘えていたのかを知った。
両親との別れは辛かった。
裕司との別れに絶望した。
でも。それでも。
あの人たちとの思い出に、私の心は温かくなった。
しかし。大地はどうだろう。
過去を思い出すたび、身が引き裂かれるような思いをしてるに違いない。
それでも彼は笑顔を絶やさず、人々の為になろうと生きている。
そんな強さに憧れた。
だけど。
今自分の中にある感情は、ただの憧れとは思えなかった。
そして、その感情に覚えがあることに気付いた。
その感情。それは。
裕司に向けたものと似ていた。
「……」
そんなことある?
私にとって、愛する人は裕司だけだ。
彼に会いたい、その一心で命を断つ決意もした。
その私が、裕司以外の男に心を寄せている?
そんな馬鹿なこと、ある訳がない。
それは裏切りだ、不義だ。許されるものじゃない。そう思い、打ち消そうとした。
しかしその時、大地の言葉が脳裏を巡った。
「生きるにしろ死ぬにしろ、それは海が決めることだ。俺はただ、その選択を尊重するだけだ」
「死ぬまでここにいればいいよ」
大地らしい、デリカシーの欠片もない言葉。でも温かいと思った。
投げやりとも無責任とも思える言葉。しかしそこには確かに、自分という人間を尊重する優しさがあった。
そして思った。
死ぬまでここにいていい。と言うことは。
これから先、ずっといていいってこと?
その考えが浮かぶと同時に赤面し、狼狽した。
抱きしめる手に力が入る。
「すまん、海……加減してくれると助かる」
目覚めた大地が、苦笑交じりにそう言った。
海は慌てて手を離し、「ご、ごめん……」そう言ってうつむいた。
「抱き付くのは構わない。お前が寂しいってのは分かってるからな。ただ、寝起きは少し加減してほしいってだけだ」
振り返って微笑み、頭を撫でる。
「おはよう、海」
「……おはよう」
間近に大地の吐息を感じ、海は益々赤面した。
「どうした? 熱でもあるのか?」
「……なんでもない。のぼせただけ」
「いやいや、それを熱って言うんだけど」
「大丈夫だから。それよりほら、そろそろ起きよ? 遅刻しちゃうよ」
「あ、ああ。そうだな……」
起き上がり風呂場に向かう大地。
シャワーの音を聞きながら、海はクッションを抱きしめた。
「嘘だよこんな……私が大地のこと、意識してるだなんて……」
「海ちゃん、最近元気ないね。なになに、思春期到来?」
それから数日。海の頭は大地のことでいっぱいになっていた。
大地の仕草、ひとつひとつが気になり困惑した。
仕事中も上の空の状態が続き、客の呼びかけに気付かないこともあった。
そんな海に苦笑し、青空が声をかけてきた。
「思春期ってなんですか。そんな歳じゃないですよ」
「そうなの? でもそんな顔してるよ?」
そう言って意味ありげに笑う。その笑顔に動揺した。
「悩みごとでもあるのかな」
「……そう言うのじゃないんですけど……最近ちょっと、自分のことが分からなくなってて……」
「そりゃそうでしょ」
「え……」
「みんなそうだって言ってるの。私だって、自分のことを分かってないし。何なら大地の方が分かってると思うよ」
「そういうものなんですか」
「まあ、人それぞれなのかもしれないけどね。でも私はそう思ってる。そして今、海ちゃんに言えることはひとつ」
「……何でしょう」
「海ちゃんは真面目すぎるってこと。どんなことにも真摯に向き合い、誠実に答えを出そうとしている。駄目だよそういうの。もっと気楽に生きないと」
「……」
「そういう真面目な人から順に、心が壊れていくんだから。肩肘張らず、適当に生きてくことも覚えなきゃ」
「言いたいことは分かるんですけど……そういうのを抜きにしても、今考えてることはそれじゃ駄目な気がしてて」
「大地のことだよね」
「……」
全部見透かされてる、そう思った。
「あはははっ、海ちゃんって本当、分かりやすいんだから」
「からかわないでくださいよ」
「いやいや、からかってなんかいないから。遅かれ早かれ、そういう時が来るって思ってたし」
「そうなんですか?」
「まあ、これは姉としての贔屓目でもあるんだけどね。あいつぶっきら棒で愛想もないんだけど、誠実なやつだから。海ちゃんがそういう風になること、ある程度分かってたよ」
「そう、ですね……大地は本当、誰にでも優しいですから」
「あ、それ気になっちゃう? 大丈夫だよ海ちゃん。その中でも海ちゃんのこと、特に気にしてるから」
また心を読まれた。そう思いうつむく。
「と言うか、今のあいつを見てて思うんだ。随分人間っぽくなったなって」
「どういうことですか?」
「何て言ったらいいのかな。あいつ、確かに優しいんだけど、どこか嘘くさいところがあったんだよね。どんなことでも、自分が我慢すればいいって言うか」
「ああ、それ分かります」
「でしょ? でもそれって、言ってみれば心を開いてないってことじゃない。だから思ってたんだ、嘘くさいって。
だけど海ちゃんといるあいつからは、そういうのをあまり感じない。勿論、最初に出会った頃はそうでもなかった。でもね、今のあいつを見てたら……ふふっ、面白いぐらい表情がコロコロ変わるし、感情が動いてるのが分かる」
「そう言われると……なんか嬉しいです」
「海ちゃんとの出会いが、あいつの中の何かを動かした。そしてそれは、海ちゃんにしても同じだと思った」
「……」
言うしかない。今しかない。そう思い、青空を見つめる。
「青空さん、相談したいことがあります」
そんな海を愛おしそうに見つめ、青空がうなずいた。
「聞くよ、海ちゃん」




