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003 しぼんだ覚悟

 


「それで? 俺はいつまでお前に付き合えばいいんだ?」


「海」


「はい?」


「う・み。折角自己紹介したんだから、ちゃんと名前で呼んでよね」


 アイスティーを飲み干し、海がにっこりと笑った。


「分かったよ。それでその……海。俺はいつまでここにいればいいんだ」


「別に。好きにしていいよ」


「そうかよ」


 大地はため息を吐くとレシートを取った。


「おごってくれるの?」


「じゃあ払うか?」


「いいえ。こういう時は男を立てるって決めてるから」


「理解ある女を演じてるんじゃねえよ」


「あ、でもその前にひとつ、聞いていい?」


「まだ何かあるのかよ」


「大地はどうして死のうと思ったの?」


 世間話をするような口ぶりで海が聞く。


「どうだっていいだろ。くだらない話だ」


「そのくだらない話、聞いてみたいんだけどな。あ、店員さん」


 そう言ってウエイトレスに手を上げ、海がサンドイッチとアイスティーのお代わりを頼んだ。


「大地は何にする?」


「あのなぁ……この状況でよく食えるな」


「だってお腹が空いてたんだもん。今日はずっと緊張してて、朝から何も食べてなかったし」


「……俺もサンドイッチ、お願いします。あとホットと」


 注文を済ませると、大地は居心地悪そうに座り直し、またため息をついた。


「さっきから気になってたんだけど、大地、ため息多くない?」


「余計なお世話だ、ため息ぐらい好きに吐かせろ。と言うか、誰のせいだと思ってるんだよ」


「言いたいことは分かるけど、でもそれ、やめた方がいいよ。幸せが逃げてくし」


「だから死のうとしてるんだよ」


「違いない、あはははっ」


 屈託のない海の笑顔に、大地が再びため息をつく。


「ほらまたー。こっちまで気が滅入るから控えてよね。あ、サンドイッチサンドイッチ。いただきまーす」


 塩を少し振りかけ、サンドイッチを頬張る。


「これおいしい! ほら、大地も食べてみなさいよ」


「いやいや、自分で作った訳でもないのに、何だよそのドヤ顔は」


「いいから食べてみなさいって。あーほんと、この一口の為に生きてるわー」


「死のうとしてたやつのセリフじゃないな」


 そう言いつつ、大地もサンドイッチに手をつけた。


「それでさっきの話に戻るけど、大地はどうして死のうとしてるの?」


「まだ生きてたのかよ、その話。どうだっていいだろ」


「まあそうなんだけどね。でもほら、折角こうして一緒にご飯食べてる訳だし。話題作りよ」


「話題って、飯食いながらする話じゃないだろ」


「でも私たちにとって、ある意味一番大切な話でしょ?」


 そう言って微笑む。

 どうも俺、こいつの笑顔に弱いな。そう思い、大地が両手を上げた。


「別に大した理由じゃない。何となく、生きてくのが面倒くさくなっただけだ」


「それだけの理由で電車に飛び込もうとしたの? やるわね」


「ほっとけ。で、海はどうなんだよ。さぞかし立派な理由があるんだろうな」


「あるある勿論、あははははははっ」


「なんでそこで笑うんだよ。それで? 何が理由だ?」


 大地の言葉に、海が小さく咳払いをした。


「ついこの前、恋人に死なれたの」


「……」


「好きで好きで仕方なかった人。すっごく優しかった人。結婚しようって約束してたんだけど、一年前に病気で入院して」


「分かった、もういい」


「そう? 大地が聞きたいなら私、別に構わないよ」


「大体分かったから」


「そっか。優しいんだね」


「優しいとか、そういうのじゃないから。他人が深入りしていい話じゃないって思っただけだ。分かったようなこと言われても、腹立つだけだしな」


「やっぱ優しい、ふふっ」


「要するに海は、好きな男に先立たれて、その辛さが耐えられなくて死のうとしたと」


「うん、そう。裕司(ゆうじ)って言うんだけどね、先週49日が終わって区切りがついたから、後を追おうって思ったの」


「そうか」


「中々の理由でしょ?」


 そう言って微笑む。

 その笑みを浮かべるまでに、こいつがどれだけ涙を流したのかは想像がつく。

 だから思った。

 笑ってんじゃねえよ、強がってんじゃねえよ、と。


「いつ死のうか、ずっと考えてたの。この世界に(とど)まっても、もうあの人はいない。裕司(ゆうじ)は私にとって全てだった。だから、ね、分かるでしょ」


「ああ」


「でも私、臆病だから。手首を切ろうとしても出来なかった。どれぐらい痛いのかな、そう思ったら手が動かなかった。他にも色々試してみたんだけど、痛いな、怖いなって気持ちが強くて実行出来なかったの」


「にしては飛び込みだなんて、中々にヘビーな決断したんだな」


「怖いのは本当だよ? でもほら、ニュースでよく出てるじゃない。これだけたくさんの人が飛び込んでるんだから、きっとそんなに痛くないし、確実に死ねる方法なんだろうなって思ったの」


「いやいや、その結論おかしいから。大体飛び込んだら楽に死ねるだなんて、どうして分かるんだ。死んだやつから聞いてみたのかよ」


「確かに……でもほら、成功率は高いんじゃない?」


「知らねえよ」


「そっか……でもね、電車に飛び込むって決めてから、やっと実行に移す心構えが出来たの。後はどの駅で飛び込むか。最近ホームにドアが設置されてる駅が多いじゃない? あれだと乗り越えるのも一苦労だし、うまくいくかどうかも分からない。それであの駅を見つけたの。あの駅、ドアの設置は来年って言ってたから、今しかないと思って」


「まあ確かに、ドアがないからあそこを選んだのは、俺も同じだからな」


「でしょ? それでようやく決心がついて、仲のいい友達とも最後に会って、思い出も作って。これでもう思い残すことはない、そう思って今日あの駅に行ったの」


「で、飛び込もうと思ったら、俺が先に動いたって訳か」


「そう! そうなのよ!」


 口を(とが)らせ腕を組む。


「おかげで失敗……はあ、本当なら今頃、向こうで裕司(ゆうじ)に会えてたはずなのに……どうしてくれるのよ!」


「俺だって同じだよ。お前のおかげで予定が滅茶苦茶だ」


「私だって……もうあの駅では飛び込めない。多分駅員さんに覚えられたし、しばらく行くことは出来なくなった」


「だな。何か別の方法を考えないとな」


「方法もだけど、覚悟の方が重要なんだって」


「覚悟? どういうことだ」


「どういうって……そりゃそうでしょ。電車に飛び込んで死ぬなんて決心、そうそう出来るものじゃないでしょ。これからしばらく、飛び込む瞬間を思い出して眠れない日が続く、そう思うと憂鬱だよ」


「そんなもんかね」


「大地はどうなのよ。折角の覚悟が失敗に終わって、またすぐ死ぬことは出来るの?」


「俺は別に、覚悟なんてしてなかったからな。何となく今日、死のうって思っただけだから」


「何よそれ。でもそれなら尚更、腹が立ってきたわ」


「逆恨みも(はなは)だしいな」


「黙りなさい。いい? 私の覚悟を邪魔したのは大地なんだからね、責任取りなさい」


「責任って。何してほしいんだよ」


「とりあえず私が死ぬまで、大地の家に住ませてちょうだい」




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