010 とまりぎ
「ここだよ」
大地の家から歩いて15分。青空がそう言って建物を指差した。
「あの……青空さん? 私が手伝うところって、喫茶店ですよね」
「そうだよ。ここが喫茶店」
「……」
どう見ても保育園だ。そう海が思った。
門をくぐると、車が何台か止められる舗装された運動場があり、その奥に3階建ての建物がそびえていた。
「廃園になった保育園を改装して作ったんだ」
海の疑問に答えるように、大地がそう言って伸びをした。
「保育園を改装……」
「ああ。変わってるだろ? オーナーも変わった人だぞ」
青空に続いて二人が建物に入っていく。すると奥の厨房で、慌ただしく動く男の姿が目に入った。
「浩正くーん、連れてきたよー」
青空が声を上げると、男は笑顔で手を上げ、三人に近付いてきた。
「おかえりなさい、青空さん。大地くんも、休みなのにありがとうございます」
「お疲れ様です浩正さん。今日は何名の予定ですか」
「10名様の予定です。名簿、そこに貼ってますので」
「ええっと、これか……なるほど。外は3名ですね」
そう言うと、大地は店内にあるテーブルを抱えて外に運び出した。
「大地くん、そちらは任せていいですか」
「大丈夫です。全部やっときますから」
「ありがとうございます」
そう言って浩正と呼ばれた男が帽子を脱ぎ、海に視線を向けた。
「それで青空さん、こちらの方は」
「この子は星川海ちゃん。訳あって昨日から大地のところに住んでるらしいの。折角だから連れてきちゃった」
「相変わらずですね、青空さんは」
浩正が穏やかに微笑む。
「海ちゃん、この人がここ、喫茶『とまりぎ』のオーナー、音羽浩正くん。私みたいに浩正くんって呼んでいいからね」
「は、はい……」
「はははっ、青空さん、彼女が困ってますよ。ええっと、星川さんですね。はじめまして、音羽と言います。一応この店のオーナーをしてます」
落ち着いた物腰の浩正に、海が緊張気味に頭を下げた。
「はじめまして音羽さん。星川海と申します。苗字より名前で呼ばれる方が好きですので、よければ海と呼んでください。今日はその、よろしくお願いします」
「よろしく、ですか……ということは、手伝ってくださるんですか?」
「え? は、はい、青空さんにお願いされまして」
「……なるほど。また青空さんが暴走したんですね」
「暴走だなんて、人聞きが悪いなあ。よかれと思って連れてきたのに」
「はははっ、そうですね。それと星川さん、名前の件は分かりました。海さんと呼ばせていただきますね。僕のことも浩正と呼んでいただいて構いません。みなさんそう呼ばれてますので」
「分かりました。よろしくお願いします、浩正さん」
「それで海さん、接客の経験はありますか」
「あ、いえその……あるにはあるんですが、そんなに得意じゃないって言いますか」
「そうなんですね、分かりました。ちなみに海さんは、お年寄りが苦手とかはないですか」
「お年寄りですか? いえ、特にそういうことはありません。お婆ちゃんっ子だったし、どちらかって言ったら好きな方だと思います」
「それはよかった。今日のお客様はお年寄りの方ばかりですので」
「そうなんですか」
「……青空さん。何の説明もしてないんですね」
「あはははははっ、見た方が早いと思ってね」
「じゃあ僕の方から説明しますね。ここは元々保育園だったんですが、三年ほど前に廃園になってしまいましてね、それを買い取って、一階部分を喫茶店に改装したんです」
「はい。そう大地からも聞きました。でも、どうして保育園を?」
「僕がやりたかったことに、ここは都合がよかったんです」
「やりたかったこと、ですか?」
「僕はここを地域の人、特にお年寄りの方たちが気軽に集える場所にしたかったんです。でも勿論、それだけじゃ生活出来ません。なので喫茶店という形をとってるんです」
「……」
「基本、月曜から金曜までは普通の喫茶店として営業してます。そして土日に関しては、予約が入れば今日みたいに開放してるんです」
「それで今日の予約が、お年寄りの方たちだと」
「今日こちらに来られるのは、近くの老人ホームの利用者さんたちです」
そう言って爽やかな笑顔を向けた。
「施設によって方針は様々ですが、自由に外の空気が吸えるところはあまりありません。事故も怖いし、介助が必要な方たちも大勢います。そんな方たちに少しでも憩の場所を提供出来れば、そう思ってこのサービスを始めたんです。
ここなら車を止めることも出来ますし、外での食事を望まれるお客様に応えることも出来ます。ほら、大地くんが今、準備してくれてますよね。あれは今日のお客様の中で、外で楽しみたいと希望されてる方の為のものなんです」
「なるほど……」
「平日は普通の喫茶店です。大地くんも青空さんも、僕の目指すものに理解を示してくれて、一緒に働いてくれてます」
「目指すもの、ですか」
「ええ。僕はここで、介護施設を立ち上げたいと思ってるんです」
そう語る浩正の穏やかな顔を見つめ、海は思った。
大地が言うように、確かに少し変わった人だ。
でも、なぜだろう。この人が語る理想を応援したい、自分も協力してみたい、そう思った。
不思議だな。今の自分は、死ぬ為の勇気を充電してるところなのに。
それなのに今、浩正の言葉に心が震えているのが分かる。
そんな自分は、本当に死ぬことを望んでいると言えるのだろうか。
あの時の決意は本物だったんだろうか。
もしあの時、大地と出会わなかったとして。
それでも私は本当に、電車に飛び込んでいたのだろうか。
そんな疑念が脳裏を巡り、混乱した。
本当の自分は一体、どうしたいんだろう。
「海ちゃん、着いたみたいだよ」
青空の声に門を見ると、ワゴン車が三台、連なって運動場へと入ってきた。




