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ミレーヌ・ロクスター嬢のデビュタント

久々にリハビリ兼ねて短編を書きました。

読んでいただけると嬉しいです。

 ミレーヌ・ロクスター。

 ほとんど表に出たことがないにもかかわらず、その名を持つ彼女はあまりに美しい令嬢としてデビュー前から噂になっていた。


 父子爵に連れられて、ミレーヌが王城の華やかなホールに降り立った時、会場は一瞬音が消えたように静まり返った。デビュタントを祝う可愛らしい令嬢が多く集まるこの舞踏会の中においても、彼女が現れただけで空気がガラッと変わったのだ。

 彼女が歩くごとに眩い金髪が煌めき、その肌はミルクのように白く、輝くばかりに美しい。その上、高揚のためかほんのりと頬を染めた様は途方もなく愛らしく、うっかり間近で目撃した令息が顔を真っ赤にしてしまうほどだ。

 瞳を輝かせて両親に何事かを伝えながら、純白のドレスの裾をひらめかせて進むミレーヌの軽やかな足取りは、天使か妖精かと見紛うばかり。人々は会話を止め、驚きとともにしばし彼女を目で追っていた。


 そんなひときわ美しい令嬢のミレーヌだったが、彼女はまだ婚約者が決まっていなかった。

 デビュタントを終えてから決める家も多いため、それ自体は珍しいことではないが、類を見ないほどの美少女として注目を集めていた彼女ならば、たとい下位貴族だとしても早々に決まっていて不思議はない。


 なので、すでに内々で高位貴族家に縁付くことが決まっているとも、あまりにも申し込みが殺到していて、彼女の父のロクスター子爵が厳選しているとも囁かれていた。


「お父様、お母様、王城って本当に素敵なところなのね。すべてが光り輝いて夢の国みたいだわ! 連れて来てくださってありがとうございます」

「可愛いミレーヌ、今日の佳き日にお前が無事にデビュタントを迎えられたことを嬉しく思うよ」

「そうよ。あんなに小さかったあなたがデビュタントだなんて感慨深いことだわ」

「わたくし、今日はお城のスイーツを食べるのを楽しみにしていたの。コルセットはきついけれど、少しくらい食べてもいいかしら?」

「全くこの子ときたら! 両陛下のダンスの後にするのですよ」


 年頃の娘らしく両親に可愛らしいおねだりをするその姿は、その小声が聞こえた周囲の者の頬を緩ませた。お人形のようなのは見た目だけで、品の良い程度に表情が変わる彼女を見た者は、ますますミレーヌの魅力に惹きつけられていく。


 と、その時、人々のざわめきで賑やかだったホールに、「国王陛下、並びに王妃殿下、王太子殿下、第二王子殿下のお成りです!」との声が響いた。

 頭を下げる貴族達の前を、豪奢な装いの王族方がお出ましになり、着席される。

 ミレーヌも周りに倣って綺麗な礼の姿勢をとっていたが、国王陛下の「楽にしてくれ」のお声で面を上げた。

 

 華やかな開催の音楽が鳴り、デビュタントを迎える令嬢達は一列に並ぶように指示される。これから社交界に足を踏み入れる令嬢は、この儀式を終えてようやく成人として受け入れられるのだ。

 高位貴族の令嬢から順に名前を呼ばれ、最後の方に呼ばれた子爵令嬢のミレーヌも一歩前に出てカーテシーをとる。国王陛下からお言葉を賜ったら、デビュタントの令嬢達は後ろに下がり、両陛下のダンスに移る。


 自分達を見守る人々から拍手をもらって、デビュタントの令嬢達は両親の元に戻る。両陛下の落ち着いた美麗なダンスが終わると、いよいよ舞踏会の始まりだ。


 無事に終わって良かった。ミレーヌが緊張から解き放たれたところで事件が起きた。


 このような催しに不慣れなミレーヌを守るようにそばにいた両親だったが、高位貴族に呼ばれてしまい、突如一人で少し待つように言われたのだ。


 楽しみにしていたスイーツも一人では取りに行きにくい。お母様が戻られたら一緒に連れて行ってもらおう。そう考えていた彼女のところに、「お一ついかがですか?」とウェイターより果実水を差し出された。


「ご親切にありがとうございます。これはお酒ではないですよね?」

「はい、さようです」


 こういう時は色の薄いドリンクを受け取ること。ハンカチを添えてグラスを手に取ること。ドレスに零さないよう気をつけること。······そうね、葡萄やベリーのものは駄目だけれど、これは桃かしら? なら平気そうだわ。


 家を出る前に受けたレクチャーを思い出しつつ、薄いピンクの飲み物を受け取ったミレーヌ。グラスからはおいしそうな甘い香りがする。


 チラチラと彼女に話しかけようとする令息達の視線にも気づかない少女のミレーヌは、その液体をこくりと飲んだ。


 ――ドクン。


 ミレーヌの様子が一変する。


 心臓がどくどくと音を立て始め、頬に熱がたまり、目頭も同様に熱くなる。すぐに体全体が発熱しているような状態になり、彼女の体は急激な変化に戸惑い、くらりと揺れてよろめいた。


 デビューでお酒を飲みすぎたのね、と周囲は好意と呆れをないまぜにした表情を浮かべる。ただでさえ神々しいほどの美少女のミレーヌだ。令息達はミレーヌの潤んだ瞳を見て、少女の中に色香を感じてドギマギし、余計に声をかけにくくなってしまう。

 お酒だとしてもミレーヌが口にしたのはほんの一口だというのに、人々はよくある風物詩として捉えた。


 メイドが音もなく近寄ってきて、休憩室に誘導しますと声をかける。


「いえ、結構です。両親をここで待ってからにしますわ」

「ご両親様にはこちらからお知らせしますよ。ほらこんなにふらついていらっしゃる」


 ミレーヌが断っているのに、メイドは危ないですからと腕を取って移動させようとする。


 そうこうしてる間にミレーヌの体はどんどん熱くなり、頭がぼんやりとしてくる。


 おかしいわ。お酒じゃないと確認をしたのに、これはお酒の効果なのかしら。お父様にお願いして解熱剤をもらわないと。


 なのに両親はまだミレーヌの元に戻ってこない。


「さあ、こちらですよ。お医者様もお呼びしますからね」


 嫌なのにメイドの手を振りほどけない。思うように体を動かせないミレーヌが、熱い吐息混じりに小さな声を漏らした。


「トッティ······助けて」


 小さな薔薇色の口がそう呟いた途端、彼女は文字通り発光した。

 目を開けていられないほどの強く白い光がミレーヌを覆い、国王陛下を護衛する騎士達も俄に臨戦態勢に入る。人々は呆気に取られつつも、遠巻きに眺めることしか出来ない。


 しばらく後。強い光が収まってみると、ミレーヌの横には先ほどまでいなかったはずの少年が立っていた。


 優しい表情でミレーヌの肩を支える少年に、ミレーヌは弱々しい笑みを見せる。彼女の胸元で白く輝くオパールのようなネックレスは、いまだ乱反射するように複雑な光を放っている。少年は彼女よりも年下だろうか。しかしその姿はミレーヌに引けを取らない、息を呑むほどの美形だ。


「ミレーヌ、大丈夫?」


 少年が軽く手を振るとミレーヌはコホリと咳をし、キラキラとした何かの結晶が吐き出されて少年の手に集まっていく。


「これは?」

「君が飲み込んだ、体で悪さしたものだよ。どう、すっきりした?」

「ええ、突然高熱が出たように思ったのだけど、元に戻ったわ」


 それは良かった、と少年は言って、ぐるりと周囲を見渡した。と、そこへミレーヌの両親が慌てて戻って来る。


「これは冷え性の人が注文した、体を温めるドリンクだったみたい。ミレーヌには不要なものだからその人に返しちゃうね」

「あら、わたくしったらうっかり他の方のを飲んでしまったのね。申し訳ないわ」


 ミレーヌが頬に手をあてて恐縮している内に、少年が再び手を振った。

 するとその結晶は消えてしまう。


 すっかり体調の良くなったミレーヌは少年と両親にふんわりと微笑む。

 彼女の胸元のオパールネックレスもいつの間にか光を収めていた。


 あまりにあっさりと終わった不思議な光景に、護衛騎士はミレーヌに話を聞きに行こうとするが、国王は首を振り引き留める。


「踊ろうか? 僕ミレーヌと踊りたい」


 少年に手を引かれてダンスホールへ進むミレーヌは、にっこりしながらそれを受け入れる。美しい二人が踊り始めると、会場はまた華やかな音楽に包まれて他の者達も追随していく。


 誰かが「あの少年はサンセット魔術師長のところの養子だったか弟子だったかじゃないか?」「たしか国境近くのスターツ男爵家の息子で、魔術の力にめっぽう優れていると噂の?」「あんなに美貌だったのか」などと少年の素性をひとしきり噂し、満足した人々はまた別の話題を楽しげに話し出した。


「ねえ、トッティはまだデビュー出来ない歳なのに、このままいてもいいの?」

「大丈夫さ、父様も来たみたいだもの」

「えっ、本当に?」


 どこにいらしているのかしら、とミレーヌが周りを気にすると、ダンスホールを煌びやかに彩る巨大なシャンデリアからキラキラとした光の粉が舞い降りて、デビュタントの令嬢達を可憐に輝かせていく。


「あ! これはトッティのお父様が?」

「そうだね、ミレーヌと他の娘さん達への祝福かな。綺麗だね」

「なんて素敵なのかしら。いい思い出をありがとう! トッティとは今回一緒に出られないと思っていたのに踊れて嬉しいわ。······でもやっぱりルールだから良くないわよね」


 目を伏せたミレーヌに、少年――トッティが慌てて声をかける。


「でも」

「人目を引く前に帰りましょう」

「いいの? お菓子は?」

「いいのよ、あなたともう踊れたんだから」


 その横で、先程のウェイターとメイドと、それから第二王子の婚約者である美しき侯爵令嬢がそろって顔を紅潮させて、ふらふらと倒れた。




     ◇     ◇     ◇




 ミレーヌ達が帰ってからしばらく後。

 王城のホールに音もなく現れた男性に、国王が慌てて駆け寄った。


「せ、精霊王様! 本日は事前にお越しの一報はございませんでしたが、いかがされましたか?」

「なに、未来の義娘のデビュタントだから、餞をしてやろうかと思い立ってな」

「なるほど! それであのような素晴らしい祝福を! 誠に感謝いたします。······ロクスター子爵家のミレーヌ嬢でしたな」

「さよう。また息子が参加年齢に満たないというのに、急遽参加したようで相すまなかった」

「そんな、恐れ多いことでございます!」


 精霊王と呼ばれた男性は、王族に対しても鷹揚に構え、人ならざる神秘と威厳を漂わせていた。

 ホワイトオパールを織り込んだような複雑な輝きを放つ白い衣服を身に纏い、白銀の長髪は瞳と同じく時折青く光って見える。整いすぎた相貌は生を感じさせないものだというのに、たしかにそこに存在するのが不思議であった。


 それもそのはず、精霊はその生まれからして生身の人間とは全く違うものだ。

 彼らは精霊界にある『息吹の源』と呼ばれる巨木状の泉から生まれる。精霊王も、彼の息子もそうだった。

 彼らは泉の中で育ち、やがて花を咲かせ実として膨らみ、熟して生まれ落ちると、心が求めるままに飛んでいってしまう。

 そうしてひときわ大きな花を咲かせた精霊王の息子も、あっという間にミレーヌの元へ向かったのだ。


「戻ってきたのか、息子よ」

「ええ。ミレーヌに汚いものを見せたくなかったものでね」


 精霊王が振り向くと、そこには先程とは打って変わって大人びた雰囲気を漂わせるトッティがいた。表情を消したその顔は冷たく整い、精霊王によく似ている。


「彼らはどうなった?」


 トッティが国王に顔を向ける。それは子供が向ける視線とは思えないほどの迫力がある。冷や汗をかいた国王がそれを受けて話し出す。


「······会場で倒れた侯爵令嬢他2名と、休憩室で待機していた令息3名はそれぞれ原液に近い媚薬を摂取したため、解毒も効かずに、その、そのまま」

「そんなものを成人を迎えたばかりの令嬢に断りもなく投与しようとするとは。人間は恐ろしいな」


 精霊王は呆れたように零す。


「『美しい彼女を目にしたら婚約者(第二王子)を盗られるかもしれないから』。そんな不確かな未来の防止に金を積んだらしい、です······」

「それはもはや妄想だ。美しさを驕ったわけでもない無垢な令嬢が、こんな日に辱めと暴力を受ける理由にもならない」


 たとい清浄の気であっても度を越したものは人にとっては凶器になり得る。それを強く漂わせた精霊王の静かな怒気に、国王は頭を上げられない。


「元々媚薬なんて言うものは家畜の繁殖用興奮剤なのでしょう。いい軍馬の掛け合わせのためだとか、食肉用の牛を効率よく増やすためにね。それを人間の繁殖のために改良したのがいわゆる媚薬。

 人間用には『愛への一歩』なんていう、御大層な名前がつけられているけど、まあ家畜用のと目的は同じものだっていうのにねえ」

「そんなものを我が義娘に盛ろうとする人間がいるとは。危なっかしい世界になったものよ」


 不快だと言わんばかりの精霊王の横で、淡々と話しながらもさらに怒りを滲ませるトッティ。あの潤んだミレーヌの瞳を多くの者が見たのだとしたら許せない。


「開発の始まりは王家繁栄っていうお題目のもとだ。······馬と同じもの使うわけにもいかないから、もっと違うエッセンスを入れたのかもなあ」


 国王の横の王妃も、王子達も、宰相も、トッティの溜息を身震いしながら聞いている。周りの列席者達は、この人外の美貌の親子が精霊王なのだと初めて知り、驚くことしか出来ない。


 トッティはそんな彼らにも牙を剥く。


「今でこそ市場にも廉価品が出回っていて、なかなか後継に恵まれない貴族家とかが、ありがたがって使っていたのでしょう? それ自体は悪くないさ。でも管理は厳重にしないといけなかったのじゃないかな? 本来の使用法から離れて、こんな風に下劣な理由で悪用しているのも、誰もが黙認してきたんでしょう? ······気持ちが悪いね」

「すまなかった、トッティ様。私の会場警備が甘かったために」


 黒のローブを身に纏った魔術師師団の制服の男性がつかつかとやって来て、肩を竦めるトッティに頭を下げた。


「師匠――サンセット伯爵はロクスター子爵夫妻の方に注視していたのですから仕方ないですよ。魔術師長として、おかしな術の気配がしたら、そちらを警戒するのは当然です。······あの侯爵令嬢の父親は、可愛い娘のおねだりをなんでも聞くような親なのでしょう?」


 そう言いながら酷薄な笑みを浮かべて、トッティがちらりと父侯爵を見やれば、彼は声にならない悲鳴を上げて床に座り込んでしまった。


「精霊王様、ご子息様。この度はミレーヌ・ロクスター嬢を危険に晒してしまい、誠に申し訳ありませんでした」

「私の婚約者がこのような事態を引き起こし、面目次第もございません」


 国王と第二王子が慌てて頭を下げ、他の者達も震えながらそれに倣う。だが、精霊王は威圧をかけたような重苦しい空気をものともせずに、何とも答えない。


「さて息子よ、どうする?」

「あの子はご両親や領地が好きだからねえ。だから婚姻までは人間界で楽しく暮らしてもらおうと思っていたけれど。連れて行くしかないか」

「お待ち下さい! どうか、どうかもう少しミレーヌ・ロクスター嬢を地上にお残しいただいて······」


 何とか縋ろうとする国王に、精霊王は冷酷な目を向ける。


「黙れ。ミレーヌがここで幸せに暮らしていると思えばこそ、息子との婚姻後もこの地に加護を与えようと考えておったのだ。しかしこの国の者は『精霊の光輪』が見えないのか? あんなに光り輝く人間は神や精霊に愛されている者だと誰でも気づくだろう? 決して穢してはならない存在だと」


 人々は唐突に気づいた。この国がなぜ常に豊作で、大きな荒天もなく、美しい国でいられるのかを。厳しい自然の脅威は、ここ16年ほど起きていないということに。


「まあミレーヌは決して誰にも穢せないんだけどね」




     ◇     ◇     ◇




 その夜、ロクスター家はひっそりとこの国の歴史から消えた。領地が隣接しているサンセット伯爵家が旧ロクスター領を吸収して運営を担うこととなったので、現サンセット伯爵である魔術師長は非常に大変そうである。

 ロクスター子爵の弟スターツ男爵は、赤ちゃんの頃から可愛がっていたトッティが実の父の元へ帰ってしまい、寂しそうにしているらしい。なんでも精霊様からのお預かり児だと分かっていたが、本当の息子のように接してきたのだという。

 そして急に消えた兄家族はトッティと共に幸せに暮らしているのだ、と断言した。


 サンセット魔術師長もスターツ男爵もはっきりとしたことは言わないが、ロクスター家は一家ごと精霊界に行き、トッティと一緒に時々戻って来ることもあるらしい。ただ王国民ではなくなったので、子爵ではなく異国民として、ということなのだそうだ。


「トッティ!」


 ミレーヌは自身を迎えに来たトッティに駆け寄ると、ワンピースの裾をひらめかせながらくるりと一回転してみせた。


「この刺繍、すごく可愛いね」

「そうでしょう? お母様に習って裾全部にお花を入れてみたのよ!」

「すごいな、ミレーヌは」

「ねえ、今日はピクニックでしょう? わたくしサンドウィッチとダークチェリーのプディングをこしらえたのよ」

「楽しみだな! 敷物とバスケットは僕が持つから早く行こう」


 喜びが全身から溢れているミレーヌと、それを見てさらに嬉しくなるトッティ。

 二人は彼女の両親に挨拶をして、光草の丘へと歩いて行った。彼女達の進んだ後には蝶の妖精が舞い、光を浴びたとりどりの花が揺れた。


「気をつけて行ってらっしゃいね!」

「はーい! お母様にもお弁当作ってありますから、食べてくださいね」

「分かったわ」


 母に手を振るミレーヌを見て、トッティは笑みを深くする。

 あの侯爵家がその後どうしたかとか、ロクスター家がいなくなった王国がどのように変わっていくのかなど、ミレーヌは何も知らないのだから当然気にもしていないだろう。ミレーヌの家族と、スターツ男爵家とサンセット伯爵家。これらの狭い交友関係で育まれていたミレーヌの世界。もしあの国に何かあればミレーヌが愛している者達にだけ加護を強めればいいのだから。


 ――ようやくこちらに引き込めた。

 そう笑っているトッティの暗い心はミレーヌには決して見せない。彼女は自身の意思でこちらに来たのだ。彼女の両親も。


 ああ、可愛いミレーヌ。

 結局14年も人間界にいたけれど、あちらの世界の理など何も理解できなかった。だけど、ミレーヌを穢そうとする者はすべて敵である、という簡単なルールだけはどの世界に生きていても共通だ。

 生まれた時からミレーヌを欲していたのだから、当然彼女は手に入れる。そしてそれを阻害するものは容赦しない。それだけだ。


 今だって自分との昼食のために、白いシーツを敷く場所をあれこれ考えているミレーヌはとても愛らしい。


「ねえ、ここでいいかしら? どう思う?」

「ミレーヌのお気に召すままに」

「もう! トッティのことでもあるのよ?

ピクニックなんだから、良いところに座った方がご飯もおいしいでしょう?」

「ここがいいな。ねえ、食べ終わったら膝枕してくれない?」

「もうお昼寝のことなの? お散歩は?」

「お腹いっぱいになったらお休みしないと。ほら、いつも動けなくなるのはミレーヌでしょう?」

「今はもうそんなに沢山食べないわ!」


 小さい時の失敗をからかうと、すぐ顔を赤らめるミレーヌも可愛い。


「天気がいいから日向ぼっこもしたいんだよ。ミレーヌの膝枕でね」

「······いいわよ」


 照れていてもしっかり返事をくれるミレーヌも魅力的だ。トッティは思わずミレーヌの色づく頬にキスをした。


「トッティ!!」

「さあ! ここに敷いて、ランチにしよう」


 威勢よく広げたシーツが明るい日差しを受けてたなびいた。


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