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【02】7年前のできごと

 ジョエルに出会ったのは、7年前の冬。

 王都で開催された雪まつりの日だった。


 雪で作られたさまざまな作品が並ぶ、この国の盛大なお祭りの1つだ。

 

 その日は、道がぎゅうぎゅう詰めになるほどの人出ひとでで、小さかった私は運悪く人混みに飲まれてしまった。

 家族と幼馴染、そして護衛達からはぐれてしまったのだ。


 気がつくと、祭りの賑わいも聞こえず、周囲にはボロボロの家々が立ち並んでいた――貧民街だった。


 そんな場所を身なりの良い小さな少女が1人でうろつくなど、さらってくれと言ってるようなものだった。


「(ここは……どこ?)」


 涙を浮かべキョロキョロしながら歩いていると、そこの住人たちにジロジロ見られているのがわかった。


 その視線が怖くて、自分から道を尋ねることができず、当てもなくトボトボ歩いていたら、しばらくして声をかけてくる人がいた。


「おやあ、これはまあ、まあ。お嬢ちゃん、可愛いね。どこから来たのかな?」


 トレンチ帽を被った酒臭く、どこか異様な雰囲気の中年男性だった。

 私はその姿に一瞬、寒気がしたが、心細さが勝って、思わず答えてしまった。


「あのね、お姉様たちとはぐれてしまって……」


「そうかいそうかい。オジサンが迷子の案内所につれてってやろう」


 そう言いながら、男性はニタリと笑い、汚れで黒ずんだ手を差し出してきた。


 その時、私の全身に再び寒気が走った。

 胸の中に、ゾワゾワとした恐怖が広がっていく。


 この人は――駄目だ。


 本能が警告を発した。

 

「――」


 私は無意識のうちに後ずさりしていた。

 

「どうしたんだい? さあ……」


 男性は一歩踏み出して、手を伸ばしてくる。その目はギラギラしていた。


 ――恐ろしい。


 私は首を横に何度も振り、涙目になった。


 その人のお酒くさい息が気持ち悪くて。

 黄色くにごり、血走っている目が怖くて。


「えと、えと……」


 背中に、壁がぶつかった。

 

 男性の口の端がいやらしく吊り上がった。


「さあ、おいで」


「や、やだ!」

  

 彼が、私の脇に手を差し入れ、抱き上げようとしたその時。

 

「馬鹿が!」

 

 幼い少年が影から飛び出してきて男性を突き飛ばした。


「うがっ」


 男性は吹っ飛んで、近くにあったごみ置き場に突っ込んだ。

 

 そして少年は、素早く私の手を取り――


「こっちだ、こい!」

「ふぇ、ああ!?」


 強引に私を引っ張り、脱兎のごとく走りだした。


「おい、こら!! クソガキ!!」


 私よりすこし背が高いその少年の深い紫の髪色が印象に残った。


 そして私を、その寂しい場所から再び祭り会場近くへと、連れて行ってくれたのだった。


 この少年こそ、ジョエルだった。


 ◆



「はぁ、はあ。もう走れない……」


「ちっ。貧弱だな。……まあいい。目的地には着いた。ほら、迷子案内所だ」


「あ……ありがとう……」


 息を切らしながら、初めて彼の顔をまともに見た。

 まっすぐ彼の瞳を見て、その瞳が赤い、と思ったら、すぐに彼の頬も赤くなった。


「あんま、こっち見んな。まったく、おまえみたいなのが、貧民街うろつくんじゃねえよ。馬鹿」


 彼はすぐに目を逸らした。


「ごめんなさい。迷子になって……」


「それじゃ、オレは行くからな……って。おい、こら。手放せよ」

「あ……はいです」


「……」

「……」


 しかし、私は彼の手を放すことが、すぐにはできなかった。

 先ほどの怖い出来事から助けてくれたその手を、まだ怯えていた私は握っていたかったのだ。

 

「……おい?」

「あ、ごめんなさい……すぐに……」


 私の手が震えているのがわかったのか、彼も強引に手を引きはがすことはしなかった。


 そうこうしているうちに、


「「ミルティア!!」」


 姉のテレジアと、幼馴染のレイブンお兄様の声が響いた。


 走ってきたテレジアお姉様が、私に抱きつくと同時に、両親や護衛たちも、バタバタとやってきた。


 身近な人達と再会し、安堵あんどして思い切り泣きたくなったが、その前にテレジアお姉様のほうが大泣きしてしまい、私は涙をためたままに、彼女の背中を片手でさすった。


 レイブンお兄様が、私達2人の涙をハンカチで拭ってくれた。


「心配かけてごめんなさい。テレジアお姉様。レイブンお兄様……」

 

「良かった、ミルティア」


 そして次に、父に頭を撫でられた。


「とても怖いところにいたの。お酒の匂いがする男の人に抱き上げられそうになったの。でも彼が助けてくれたわ、お父さま」


 私はまだ手をつないでいる紫の髪の少年のことを、お父さまに伝えた。


「ああ、ミルティア。怖い思いをしたね……! 君、ありがとう! ぜひお礼をさせてくれたまえ!」


 父は、少年に笑顔でお礼を言った。


 けれど、少年は、


「怪しいもんじゃない……。お礼なんて別にいい。それじゃ、オレはこれで……、っていい加減、手を放してくれないか!?」


「怪しいものだなんて! あ、そうですね。ありがとうございまし――」


 彼がいなくなる……と思った瞬間。


 さっきのオジサンの顔を思い出して身震いした。

 

「――やだ!」

「……はい?!」

 

 少年のその顔を見るとふと心が安堵した。


 ――あ。彼が、必要。


 直感のようにそう思った。

 

「ミルティア? どうしたんだい?」

 

 父が心配そうに声をかけるのと同時に、私はこう言った。


「お、お父さま! 私、彼を護衛として雇いたいです!!」

 

「はあ!?」


「あなたが必要なの! お願い! うちに来て!」


「な……!?」


 私の言い出した突拍子もない発言に、彼は呆れた悲鳴を上げた。






お読み頂きありがとうございます。

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