エピローグ2
9/16はがうがう様にて最新話更新日です!よろしくお願いします!
「ん?」
「あなたは、これからどうしたい?」
「……そうだな、あんたと一緒にいたいってことは確実かな? 神様」
あたしは語る。
「六十年くらい、普通の男女のふりをして生きようよ、神様」
「わかった」
水面に映る、あたしと神様の姿。
人間の夫婦のようでありながら、あたしたちは人とは違う。
かといって土地神と番のあり方としても珍しいものなのだと、あたしは父の話を聞いて感じた。
「人間として生きていくのも、まあ難儀だろうけどね」
「難儀……」
「だってそうだろう? 人間じゃないのに、人間のふりをするってなかなか大変だぜ」
「俺たちだけではない。人間の夫婦にとっても、それは難儀なことだ……俺は、人々を見ていてそう思った」
神様は珍しく、訥々と言葉を紡ぐ。
真っ青な空と湖に挟まれた世界で、神様はこの世の裂け目のように真っ黒だった。
泣き黒子の目立つ目元が、遠くを見て細くなった。
「一人一人人生も違えば時代も違う。時は流れていくし、状況も変わっていく。大多数の人の群れの営みに準じながら生きていくのは、きっと誰にとっても容易くはない」
「神様……」
「だから、神を人は求める。俺はマケイドの日々と、この一件で知った。神がそこにいなければ、神に替わる何かを見上げて生きていく。……ルルミヤに縋る者たちも、シャーレーンを崇拝する者たちも、それは生きるためのよすがとするためだ」
「……そうだね。あたしたちだけが、特別と言うわけでもないね」
「シャーレーンは何を心配することもない」
神様が、不意に優しく微笑んだ。
見たこともない、人間らしい自然な微笑だった。
「……笑い方、うまくなったな」
「シャーレーンの笑顔を見て覚えた。愛しいと思う感情をどう顔に出せばいいのかを」
そう言って、神様は続ける。
「シャーレーンには俺がいる。俺があなたの夫であり、神だ。シャーレーンが人間らしく生きる道に迷った時も俺が側にいる。俺を愛していれば、何も怖くない」
それは、普通の人間ではとても言えない愛の告白だった。
己という神がいるのだから何も怖くない、と。
神様という存在らしい傲慢で、超然として、そして絶対的な愛情だった。
「そうだな。神様もあたしが守るよ」
あたしの言葉に神様は首を傾げる。
「神様のこと、ずっと信じ続けるから。だから、神様を消させやしない」
「シャーレーン」
「あんたを一人にはしない。……一生、一緒にいるよ」
神様はあたしを見て、眩しそうに目を細める。
自然とあたしの手を取り、身を寄せ、額を寄せて口付けた。
外でキスをされるのは恥ずかしい。けれど、誰も見ていないから――いいか。
「で」
と、神様が続ける。
「で?」
「子供は欲しいのか?」
「ちょっ……!」
思わず船の上で滑りそうになる。あたしは慌てた。
「そ、それを今聞くなよ。まだわかんないよ」
船の縁に捕まって、あたしは引き気味に答える。
神様は相変わらずの真顔だ。
「人間は番で繁殖するのが好きだろう。シャーレーンもそれをしたいのならばと思っただけだ」
「その言い方、言い方」
少し考え、神様は言い換える。
「……夫婦で家庭を作り、子を成していく暮らしに憧れる女も多いのだろう。シャーレーンは、そういう人生を望むのか?」
「……言い方上手になったな、神様」
笑顔といい、先ほどの言葉といい、神様も成長ってするんだな。
なんて思いながら、あたしは水面を見る。
そこには神様とあたしと、空が映っている。
父さんは母さんと子供を為した。あたしも、できるのだろうか。
欲しいと思う日が、来るのだろうか。
神と聖女の子供となると、きっといろんな運命を持つ子になる。
――それがいいことなのか、悪いことなのかわからない。
「今は、まだ……いいかな」
あたしと神様が、前世からの運命の番だとしても。
今世のあたしは、まだ神様と出会いたてだ。
少なくともシャーレーン・ヒラエスという今の人生では。
「今の自分ではまだ親になるには早いよ。人間社会は面倒なんだ、仕事と妊娠出産って両立結構難しいしね。子供はまっさらな存在だから、いの一番に世話して気遣ってやらなきゃいけない。……今のあたしはシャルテの人生すらうまく扱えてない。そうだな……」
あたしは水面を撫でて、水鏡を揺らす。そして神様を直接見た。
「シャルテが十八歳になってさ。ちゃんと人間の母さんとして真っ当になれるようになったら、子供を持つのもいいかもね。その時はよろしくな?」
「ああ。ありがとう、シャーレーン」
湖の上、あたしたちはもう一度キスをする。
ハリボテ聖女だったあたしは神様と一緒に、人間のハリボテを纏って生きていく。
その人生がうまくいくのか、いかないのか神様も知らない。
けれどきっと。
神様と一緒に生きるのは、どんな未来だって幸福だ。
シャーレーンと神様の物語は、ここで一旦完結です。
皆様楽しんでいただき、誠にありがとうございました。
コミカライズ単行本がもうすぐ発売予定ですので、よろしければそちらも楽しんでいただけますと嬉しいです。
また次回作にて、お会いしましょう!
お読みいただきありがとうございました。
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