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 ――『聖女聖父の祈り』事件から時はすぎ、人々の記憶からも薄れていった。

 それにしたがって、次第にあたしの慌ただしい日々も収束していった。


 あたしは技術学校に通い詰め、他の学生と一緒に試験勉強の追い込みをかけた。

 試験は書類選考と筆記試験、面接、実技試験の四回に分けられる。

 秋口になり、薬師協会の人にアドバイスを受けながら書いた履歴書と志望動機書を送ると、書類選考は問題なく通過した。

 未成年でも受けられるので年齢ではねられることもなかった。


 問題は年明けすぐの筆記試験だった。

 長年の勘と経験で培った知識も、筆記試験では逆に足枷になる。筆記試験の回答として適切な回答の書き方を叩き込み、知識や経験と教科書の学問を一つ一つ結びつける。慣れた職人が慣れた回答者であるかどうかはまた別の話だ。

 何よりシャルテの体力で、長い筆記試験の時間を集中して乗り切るのは大変だった。あたしは毎日走り込みをして持久力をつけた。いつも早朝走り込みをしてるらしいラナが一緒になって走ってくれたので、そこでまた彼とも親しくなった。


 走ってる時にラナが素朴な疑問といった様子で尋ねてきた。


「ところでシャルテ様。走る時なんで小さな蛇を首にかけてんだ?」

「あー……これ。夫の嫉妬だよ」

「なるほどねえ?」


 ラナはニヤッと笑い、蛇に向かって「嫉妬深すぎて首しめんなよ」と軽口を叩いた。


 ――勉強に打ち込んで、体力をつけて。


 秋には、学校に通う時間も毎日朝から夕方までに延びた。

 年末はロバートソン商会長の邸宅で年越しパーティに誘われ、束の間の楽しい時間を過ごすことになった。


「新年も神のご加護を!」


 パーティーホールでそう言って年越しの乾杯をする人々の中で、本物の神様も乾杯をしているのを知っているのは、あたしと他のほんの数人だけだ。

 年を越して街は雪を被るようになった。


 そして――ついに受験の季節が訪れた。

 あたしは無事、トップ成績を収めることができた。

 技術学校の学生はその時点で三分の一ほどが合格圏内だった。

 筆記試験が合格でもまだ気を抜けない。

 その後すぐに面接と実技試験対策に挑み、試験で頭がいっぱいのまま冬が過ぎ去って。


 春の訪れはまるで新たな始まりを告げるかのように、サイティシガ王国を包み込んだ。

 冬の寒さが和らぎ、重たいコートを脱ぐ季節がやってきた。


 あたし――シャルテ・ヒラエスはそんな春の息吹を全身で感じる季節に、薬師試験に合格した。

 最年少での合格だった。

 あたしの住むマケイドの街でちょっとしたニュースに取り上げられてしまった。

 ある程度のところで、ロバートソン商会長が話題を鎮火してくれたから、悪目立ちするほどではなかったけど。

 木々の芽吹き、花々の開花と同じように、あたしの人生も新しい章が始まったのだ。

 

朝からあたしは神様と一緒に住居兼店を出て、お昼時に間に合うようにゆっくりとロバートソン商会長の屋敷まで向かった。

 街の通りでは春を感じさせる香しい花の香りが漂い、人々の顔には明るい笑みが浮かぶようになっていた。子どもたちも公園で花の間を駆け回り、見守る大人も表情が柔らかい。女性や子供だけで歩く人も増え、街は少しずつまた、平和を取り戻しつつある。


 数年前のサイティシガ王国の危機から、皆は一歩一歩、前に進んでいる。


◇◇◇

 

 ロバートソン商会では、あたしに盛大なお祝いパーティを開いてくれた。

 広大な庭を開放して行われる、各国の商人が集まった立食パーティだ。


「いや、あたしのお祝いパーティじゃないのかよ!」

「お祝いだよ? だからほら、この人たちみんなでシャルテちゃんとの取引の争奪戦をしてもらおうかなと」

「早速商売の話かよ」

「必要でしょ? これから正式な薬師として薬草茶を売り出すんだから」

「まあそうだけど……」


 パーティーにはあたしと神様はもちろんのこと、『聖女聖父の祈り』事件の解決で活躍してくれた騎士や教会関係者、その他関係者も多く招かれていた。

 護衛として一緒にいるラナが、目をキラキラさせて立食パーティのテーブルを見る。


「うわー! チキンフライ! あっちはケーキ! サングリア! 最高!」


 護衛なのに食べる気満々の少年に、ロバートソン商会長は笑う。


「今日は無礼講だ。よく食べてしっかり働けよ」

「ありがとうございます、主! ではいっただきまーす!」


 許可を得るなりラナは一直線にテーブルに向かっていく。

 こってりした揚げ物や炭水化物をもりもりと食べている。元気な男の子の元気な食べっぷりは見ていて気持ちがいい。

 ロバートソン商会長とエダさんご夫婦は、あたしと神様と形式的な挨拶を交わし、改めてあたしに明るい笑顔を向けた。


「おめでとうシャルテちゃん。よく頑張ったね」


 彼の言葉を受け、あたしは背筋を伸ばして頭を下げる。


「ロバートソン商会長のお力添えあってのことです。本当にありがとうございました。ご厚意を少しでもお返ししていきますので、今後ともよろしくお願いいたします」

「うんうん。今後ともよろしくね」


 シャーレーン様。そう耳元で言われて、あたしは反射的に顔を見る。

 ロバートソン商会長はにっこりと笑う。

 神様が、あたしを腕に絡め取った。


「……近い」

「あはは失礼失礼。じゃあ楽しんでね」


 夫妻が離れた後も、神様はあたしを腕にとらえたままだった。あたしは上目で文句を言う。


「やめて。恥ずかしいだろ」

「妻に余計な虫がつかないように囲うのは大切だ」

「余計な虫って……。まあ、ロバートソン商会長は余計なこと言ったけど。でもこの場は、交流をするための場だぜ? いつまでもこうしてるわけにもいかないだろ」

「俺が全部片付ける。シャルテはすみっこの椅子で待っていて欲しい」

「片付けるって、洗脳で話をまとめるつもりだろ。やめろやめろ国際問題になる」


 そんな会話をしているところで。

 ふと、あたしは強い薬草の香りが漂ったのを感じた。


 バッと神様を見上げる。


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