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「聖女シャーレーンは確かにこの世界の、薬師と娼婦の娘だった。しかし彼女は異世界に帰ったのではない。殺されたんだ」

「ッ……!」


 神官は瞠目した。

 どうやら図星らしい。


「その情報については、ルルミヤから聞かされていなかったのだろう?」

「嘘だ」

「嘘ではない。僕は確かに彼女の刺殺された聖女礼装を見た。酷いものだった。……シャーレーンはそれでも、シャルテ――『シャーレーンの御使』を媒介として、この国を守ってくれたんだ。そもそも異世界から来た聖女というのも、教会が勝手に彼女に押し付けた肩書きだ。彼女は……最後まで、自分の出自を捨てていなかった。十年つかっていなかった元の言葉遣いを、態度を、彼女は忘れていなかった。……最初は僕も驚いたけれど、今ではそう思っている」


 あたしはルイス王子の背中を見つめた。言葉にならなかった。

 ――王子は。

 あのひどい態度のあたしを、そういう意味に受け止めてくれたのだ。


「お前の妹君の件は重く受け止めよう、教会の聖女派遣対策に生かさせてもらう。だが、はっきりさせておきたい。シャーレーンが悪でルルミヤが正しかったというお前の言葉は捨ておけない。ルルミヤのおかげで救われた人間の何倍もの人間が、彼女によって酷い目に遭った。……それを、彼女に近しい神官だったのなら知っているだろう?」

「うるさい、撃つぞ」

「妹可愛さに現実から目を背けるな」

「撃つぞッ……!」


 その時。


「もうやめましょう、神官!」


 村長が叫んだ。

 神官が信じられない顔をして彼を見る。神様に支えられ、村長が訴えた。


「私たちは確かに、ルルミヤ様のおかげで救われた民です。だが……だからといって、シャーレーン様の名を穢すためにテロ活動を行うなんて、やはり間違っている!」


 ざわっと空気が緊張する。

 神官は反射的に銃を撃とうとした。しかしカチカチと何度やっても出ない。

 神様が静かに呟いた。


「もうお前の銃は使えない。……神は二度と見逃さない」

「あ……あ……」


 村長は身を起こすと、ルイス王子に向かって深く頭を下げた。

 床に頭を擦り付け、涙声で叫ぶ。


「申し訳ございません! 我々は『聖女聖父の祈り』という宗教団体を作り、シャーレーン様とその父の名を穢そうとしておりました! 薬で正気を失ったものたちを使い、各地で自爆テロをさせようとしておりました……!」

「村長! 貴様ァ!」


 声を荒らげる神官。

 村長は深く、深く頭を床に擦り付ける。


「我々はルルミヤ様の奇跡に救われた者です! 我々はルルミヤ様を再び湖牢よりお救いするべく、聖女シャーレーン・ヒラエスの名誉を毀損し、彼女のハリボテの嘘を国中に暴き、ルルミヤ様に再び降臨していただきたかったのです」

「馬鹿なことを」


 ルイスがうめいた。


「シャーレーンの名誉を毀損したとしても、ルルミヤの罪は変わりない。彼女が湖牢から出ることはないというのに……何を考えているのだ、愚かな」


 そもそも、ルルミヤは二度と奇跡は起こせない。

 しかし、そのことを知っているのは一部の人間だけだ。

 あの時、救われた人にとっては、救ってくれたルルミヤという事実は変わりない。

 ――だからこそ、この事件が起きてしまった。


「う、うあああああああ!」


 神官が駆け出す。

 それを騎士たちが追いかける。

 神官は空に向かって叫んだ。


「我が精霊鳩よッ‼ 全国に散った我らが同胞たちに、()()()()()開始を宣言しろッ‼」


 喉を引き攣らせ、精霊鳩に命じる。

 だが何も起きない。

 神官は震えながら、もう一度訴える。


「聖戦だッ! 我の精霊鳩ッ!!! なぜ、出てこない!!!」


 あたしはルイス王子に近づいて耳打ちした。


「精霊鳩は動きません。神の意向により、この土地一帯の魔力は全て掌握されております」

「……凄まじいな、よくそんなことを……」

「私の力ではありません。神様の御力です」


 あたしはニコッと笑う。

 神官は何度も何度も空に向かって叫んでいたが、何も起こらない。

 それどころか精霊鳩は、自然と神様のもとに集まってきた。

 神様にぐるぐると懐いている。神様は精霊鳩に告げる。


「全ては終わりだと、彼らの協力者に伝えて欲しい。……そして王宮にも」

「くるっぽ」


 神様の言いなりになった鳩たちが、一斉にバサバサと空へと散っていく。

 神官は泣きながら鳩を追いかけ、そして倒れて号泣した。

 村のあちこちから、騎士に捕えられた村人が両手をあげて集まってくる。

 湯を浴びた重症者たちは正気に戻ったようで、今更己の起こしたことの重大さに青ざめたり泣いたりしていた。

 全ての様子を、トリアスが目を爛々とさせて記録をつけている。

 手の速さがすごい勢いだ。

 ルイス王子がキビキビと命じた。


「全員、中枢(セントラル)領域(リージョン)まで連行する! 抵抗は諦めることだ!」


 あたしはほっとして、神様に近づいた。

 神様はあたしに微笑んだ。


「終わったな、シャルテ」

「……うん」


 ――今回の一件は、シャーレーンとしてのやり残しでもあり、ルルミヤの後始末でもあった。

 全ての人を、あまねく救うなんて難しい。

 悪人が全ての人にとって一〇〇%悪人、ということもない。

 あちこちに嘘があり、あちこちに真実があり、そこに救われたり救われなかったりする。

 あたしができることは――あたしのできる範囲で、精一杯、正しいと思えることをやっていくだけだ。


「帰ろう、マケイドに」

「ああ」



 連続した『聖女聖父の祈り』が起こした数々の事件は、社会に大きな波紋を投じることなく、静かにその幕を閉じた。

 大々的に公表されれば、ルルミヤ・ホースウッドという名が再び人々の記憶に蘇る危険性があった。

 そのため、中枢(セントラル)領域(リージョン)の要人たちは、控えめな対応を選んだのだ。


 世間はそのまま平穏を保っていたが、あたしに関しては――事件の事後処理が非常に大忙しとなった。

 なぜなら教会の上層部が、今回あたしと神様が引き起こした奇跡に強く関心を寄せてしまったからだ。

 奇跡がどのように起きたのか、どんな状況で起きたのか。

 聖女シャーレーンが関わった奇跡の詳細。

 突如として銃が機能しなくなった理由。

 霊泉が湧き出した理由。

 これらについて、あたしは来る日も来る日も何度も尋ねられ、学業と試験勉強が妨げられた。

 ――最終的に神様が「めんどくさい」の一言で、彼らの脳みそに一言一句同じ内容を叩き込んで黙らせてしまった。

 神の奇跡についてしつこく問い詰めることで、皮肉にも神の奇跡の()()に遭遇した彼らが、少しは可哀想だとも思った。

 しかし、一般庶民の平和な日常のためだ。

 彼らには諦めてもらうしかない。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] おん?父親を見たって話もあってここに来たのに、痕跡を探さないで帰っていいの? 31話で『教会を仰ぎ見る』、『小屋の屋根が吹き飛ぶのを見る』、『小屋から叫び声が聞こえる』など外にいない…
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