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「なんだって⁉」
ルイス王子は目を剥いて飛び出すと、あちこちぎょろぎょろ見回す。
ちなみにラナのシャーレーン女装作戦はルイス王子らには伝えていない。
伝えないで、あたしとシャーレーンは確実に別人ってしておいた方が今後良さそうだし。
「はわわ、シャーレーン様、なんだか悲しそうにしていらっしゃって……そしたら、シャーレーン様がお導きになった方から、ふらふらのお辛そうな人々が出てきたんです」
あたしの言葉に、村長が大慌てで口を挟む。
「そ、それは病人で、治療のために奥にいてもらった人々で」
「皆さん小屋の中で、しかも地下室にもいたみたいです。まるで殿下に見せないようにするために……」
「ッ……!」
「そもそも、あたかも『村人全員で歓迎しています』って感じでしたよね? なぜ……隠しているのですか?」
「それは、そ、れは……」
青ざめて口をぱくぱくとさせる村長。
ルイス王子がキッと彼を睨んだ。
「詳しく話を聞かせてもらおうか、村長」
「あ、あああ……」
その時。
――パパンッと乾いた音が響いた。
村長の胸が血に染まる。
仮面のように無表情な神官が、村長に銃口を向けていた。
ラナが使う武器と同じ、民間人の最近の装備だ。
神官は感情のない声で、低く宣告した。
「終わりだ。残念だよ」
「神官、貴様……ッ!」
かっとなったルイス王子が剣を構える。
普通なら次の装填まで時間がかかる。
その隙に、神様とあたしは撃たれた村長に駆け寄ろうとする。
しかし。
すぐさまあたしに銃口が向けられた。
「動くな。そこの子供は聖女だろう?」
「ッ……!」
びくりと、あたしとルイス王子が静止する。神官はくつくつと笑った。
「ここは雑な魔力に満ちた土地だ。ここなら、私の命を賭ければいくらでも魔力で弾を装填し、乱射できる」
「なんてことを……」
呟くあたしに、壊れた調子で神官は笑った。
「サイティシガ王国に遺された、たった一人の王子に死んで欲しくないだろう⁉」
「卑怯だぞ!」
叫んだのはルイス王子だ。
「貴様……神官ではないのか⁉ 人の命をなんだと思っている⁉」
「それはこっちのセリフだ、ルイス王子!」
ルイス王子の言葉に、神官は目を血走らせ叫んだ。
「私の家族は教会でも…… シャーレーン様でも、王家でも救えなかった! それをあの人が救ってくれた……あの人がいない世界では、人の命などどうでもいい!」
「あの人……⁉」
ルイス王子が息を呑んだ。
あたしは両手を上げつつ、神様に心の中で尋ねる。
(神様。村長は助かるか?)
(大丈夫だ。俺が助ける。破壊された内臓を再生し、血を巡らす。時間を稼いでくれ)
(最高だぜ。まかせろ)
あたしは神官を見た。神官があたしに銃口を向ける。
「シャルテッ!」
ルイス王子が叫ぶ。あたしは王子を安心させるように笑顔で頷くと、神官に一歩近づく。
「お願いします。どうか銃口は私に向けてください。私は臣民として、聖女として、ルイス王子をお守りする立場にございます」
あどけない少女の姿で、あえて大人びた口調で訴える。
神官はあたしに銃口を向ける。
あたしは最悪、撃たれても死なない。
だが死なない姿を見られるのはちょっとまずい。あたしは刺激しないように慎重に話しかけた。
「聞かせてください。あなたの話が気になります。……シャーレーン様でも、王家でも救えなかったというのは、一体どんなお話なのですか?」
彼はあたしに銃口を向けたまま、少し思案したのち――話したかったのだろう、ニヤリと口の端を吊り上げて続けた。
「私の妹は難病で、生まれつき内臓がうまく機能しなかった。二十歳までは生きられないと言われていた」
彼は兄として神官となり、彼女を癒せるように努めた。
しかしシャーレーンの聖女異能を受けるには長い待ち時間が必要だった。
なんでも治る聖女。
だからこそ、彼女の治癒は長蛇の列だったのだ。
「待っている間に、妹はどんどん衰弱していった。私は必死に神に祈り、順番を待った――しかし、聖女シャーレーンは異世界からやってきた聖女なんかじゃなかった。ただの場末の薬師と娼婦の娘。ルルミヤ様が、私に教えてくれたのだ。そしてルルミヤ様は言った――聖女シャーレーンは治癒する相手を選んでいると。いつまで経っても順番が来ないのは、俺が底辺の神官だから、と」
――そんなことはない。
あたしはできる限り限界まで順番をこなし、なかなか順番を回してもらえない平民は慈善事業の中で少しでも中継ぎを減らし、癒せるようにしていた。
程度によってトリアージすることはあっても、選べる余裕なんてなかった。
選んでいたのは、ルルミヤだ。
「だが、ルルミヤ様のおかげで妹は回復した」
恍惚とした表情で神官は言った。
「ルルミヤ様が大神官マウリシオ猊下に代わって民衆の前に出たあの日、あの奇跡によって、妹は回復したんだ。妹はあの日から、走り回れるようになった。笑顔になった。そして婚約までできるようになった」
あたしは胸が苦しくなった。
あの日、ルルミヤが限界までボロボロになって起こした奇跡は、確かにあたしが救えなかった人を助けていたのだと。
「だが、あろうことか中枢領域はルルミヤ様を罪人として処罰し、湖牢で生き地獄を味わわせている。おかしいのではないか⁉ 聖女シャーレーンはのうのうと、救いを打ち切って消えた! 異世界に帰った⁉ ふざけるな、ただの娼婦の娘のくせに! それなのに、ハリボテ聖女シャーレーンの代わりに人々を救ったルルミヤ様が罪人として扱われるなんて⁉ これは陰謀だ……そうだ、聖女シャーレーンを祭り上げるための陰謀だ‼ その陰謀に、私は騙されない!!!」
あたしは複雑な気持ちで、彼の叫びを聞いていた。
あたしは一度殺された。異世界に帰りたくて帰ったんじゃない。
けれど――あたしの救いの手からこぼれた人にとっては、あたしは当然、恨まれるべき存在なのだ。
何も言えなかった。
「勘違いするな」
その時。
ルイス王子が一歩、踏み出す。
「王子ッ……」
慌てるあたしを手で制し、王子はさらに神官に一歩踏み出す。
神官は銃を構える。
「来るな!」
しかし、ルイス王子は堂々と彼に近づいた。
「お前は撃てない。……お前に、サイティシガ王国を滅亡させる覚悟はあるか」
「ッ……」
真っ直ぐ問いかけてくるルイス王子を前に、神官の手が震える。
ルイス王子は威厳に満ちた佇まいで、静かに彼に告げた。
「聖女シャーレーンは、殺された」




