31
最初に案内された教会は、ごく当たり前の石造りの教会だった。
王子がさりげなく話題を振る。
「この教会は随分と傷んでいるな、修復資金が不足しているのか?」
「いえ。ご存知かもしれませんが、以前この村は一度廃村になった時期がありまして……その頃に老朽化してしまった部分が、まだ修繕が追いついていないのです」
「教会は村のシンボルだ。皆が安心して祈りを捧げられるよう、領主に伝えておこう」
「ありがとうございます」
交わされる会話は、ごく普通のものだった。
霊泉もこんこんと湧いていて、健全な運営を感じさせられる。
――しかし、ここは間違いなく『聖女聖父の祈り』の信者の村なのだ。
敬虔な祈りを捧げるふりをしながら、隣で同じように祈る神様に心の声を飛ばす。
(神様、違和感はあるか?)
(……村人の半数ほどから、あの薬の匂いがする)
(半数か。意外と少ないな?)
(表向きの活動をする人々は、薬を口にしないのだろう。……正気を保つために)
(あのさ、神様。……もっと薬を飲まされた連中が、隠されている可能性は?)
(あると思う。もう少し集中すれば、村の範囲の気配をくまなく確かめられる)
(そうだよな、神様も万能とはいえ、すぐになんでもパッとわかるもんじゃねえよな)
(……普段ならすぐにわかるんだが)
(ん?)
(シャーレーンの周りに……男が多すぎて……集中できない……)
(嫉妬してる場合かー!!!!!)
「シャルテ? カインズ? 祈りはまだ終わらないか?」
怪訝そうに尋ねてくる王子。
あたしは振り返ってえへへと笑って誤魔化す。
「ごめんなさい。ここの神様、なんだかとてもおしゃべりで」
――その瞬間。
あたしの言葉に、明らかに神官と村長がびくりとするのが見えた。
ルイス王子がにこやかに付け足す。
「彼女は才能あふれる聖女でな。以前は『シャーレーンの御使』とも呼ばれていたんだ」
「シャーレーン様の……御使、ですか……」
「いやはや、それは……初耳です」
「この田舎まで話はなかなか、なあ」
いやははは、と二人は笑い合う。
その時、鋭い神様の呟きが聞こえた。
(嘘だ)
はっきりと、神様は心の中で断言する。俯いた瞳が金に輝いている。
(神官の方は、匂いがまだこの村に馴染みきっていない。中央から派遣されて新しい。ならば『シャーレーンの御使』シャルテについての噂を、一切聞いていないなんてわけがない)
あたしと神様は目を合わせ、頷きあう。
「たっぷりお祈りしたらお腹すいちゃいました! あとでお昼ご飯楽しみにしてます!」
あたしが子供らしくえへへ、と笑うと、彼らはほっとしたようにした。
しかし神官は笑顔ながら、汗が滝のように噴き出していた。
焦っている。神様の言う通り、だ。
◇
あたしたちはその後、食事に案内された。
村長の家は他の家と同じ大きさで、集会などは集会場でやっているという。
村によっては全ての行事を村長宅でやったりするから、その理由で村長宅が大きかったりするのだけど。
――信者の平等を意識させる宗教っぽさを感じるのは気のせいか。
集会場では女性陣が立派な料理を準備してくれていた。
焼きたてのパンに旬の野菜を使ったキッシュに、果実酒に、チーズやソーセージ。
香りたつ田舎の村特有の素朴ながら美味しそうな料理に、あたしたちは目を輝かせた。
神様がスッと一歩前に出る。
「俺が全ての毒味をするが、よろしいか」
「ええ、もちろんです。我々も目の前で一口ずつ食べて見せましょう」
キッチンの奥から出てきた中年女性が深々と辞儀をする。
そしてルイス王子の従者が無作為に指定した部分を大皿にとりわけ、目の前で口に収める。
神様も同じように、適当にチョイスされた部分を大皿で毒味した。
大丈夫でしょう? と言わんばかりの顔で、神官と村長がにこにことしている。
神様は言葉にせず、あたしに告げた。
(例の薬が混入している。味には影響がない程度に)
(やはりか)
(そして、あの試食をしている女――あれは、相当に悪化している)
あたしはその女性を見た。
料理疲れのようにも見えるが、確かに目が胡乱だ。
美味しそうにぱくぱくと食べているのも、何も知らなければ空腹だったのだろうとか、王子を安心させるためなのだろうと思える。
けれど事実を知った上で見ると――薬の効果を求めて、ガツガツと胃に収めている様子に見えた。
(王子に伝えるか)
(ああ。……それと一緒に、王子に伝えて欲しい。『少し時間稼ぎをして、この場にいるものをここから出さないで欲しい』と)
(わかった)
食べ終わった神様は「美味かった」と口にすると、村長らににっこりと笑う。彼らが明らかにほっとした顔をした。
あたしはその笑顔の隙に、食堂をこっそりと抜け出す。
チラリと後ろを見ると、神様がツカツカと王子に近づいて耳打ちするのが見えた。
王子の顔色がサッと変わる。
神様があたしに伝えた。
(重症者は村の一番西の小屋の中にいる。一番隅に地下貯蔵庫に通じる階段もある。その中に、何人もいる)
(ありがとよ、神様!)
あたしは外に待機した王子の側近たちに伝える。
「一番西の小屋、そこに重症者が多くいます。確保をよろしくお願いします!」
「わかった!」
彼らと一緒にあたしは走る。
村人のほとんどは集会所の中に集められていて、あたしたちを止められない。
しかしそれでも。
「こちらには何もありません! 一体どうしたのですか!」
小屋に走るあたしたちを止める村人たちに阻まれる。
明確な理由なく騎士たちも彼らを押し退けていけない。
――今だ。
あたしは教会の上を仰ぎ見る。
そしてわざとらしく大声で指差した。
「あそこに! 見えます――シャーレーン様が!」
「……⁉」
騎士も村人も一斉にあたしが指す方向を見る。
屋根の上に、金髪を靡かせた真っ白な聖女装束の女がいた。
あたしは大騒ぎした。
「シャーレーン様ッ⁉ えっ……ここに、災いがあるのですか⁉ えっ……⁉」
シャーレーンの御使であるあたしが狼狽すると、明らかに村人たちの表情が青ざめる。
あたしは耳をわざとらしく覆って叫んだ。
「シャーレーン様がおっしゃっています! 小屋の奥を早く見なさいと……神の怒りが、シャーレーン様を騙る者の証拠がそこにあると!」
あたしは叫んで、そして神様に心の中で伝えた。
(やってくれ、神様!)
次の瞬間。
――ブシャアアアアアッ‼
あふれ出る霊泉が、小屋から思い切り吹き出す!
屋根を吹っ飛ばし、中の荷物を吹っ飛ばす!
中から叫び声が聞こえた。よろよろと、霊泉を浴びた人々が逃げ出てくる。
あたしはわざとらしく叫んだ!
「ああっ! シャーレーン様の悲しみに呼応して神様の奇跡がッ……! ああ! あの人たちはなんでしょう⁉ すごくふらふらです! 大変‼ きゃあああ‼」
「彼らを保護しろ!」
「はっ‼」
呆然とする村人たちを置いて、騎士たちが次々とびしょ濡れの人々の保護へと向かう。
その隙に偽シャーレーンは屋根から消える。
ラナはこれから馬車を守ってもらう。退路を確保するのは需要だ。
集会所を振り返ると、そこからぞろぞろと人が顔を出していた。
「なんということだ……」
「神の、神の奇跡が……」
あたしはわざとらしく、ルイス王子に駆け寄った。
「殿下! しゃ、シャーレーン様がさっきいらっしゃいました〜!」




