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今最新作連載開始してます。人生初のハイファンタジーです。よかったら私のマイページから見に行ってみてください。
ルイス王子と別れ、部屋に戻りながらあたしはモヤモヤとしていた。
ふと、頭の隅にあのルルミヤのボロボロの最後の姿が頭をよぎったのだ。
彼女は間違いなく湖牢の中に囚われている。
『聖女聖父の祈り』の首謀者なわけがない。
だから思い出す必要はないのに。
(……シャルテがシャーレーンだと気づいてくれたのは、事情を知っているロバートソンさんをのぞいて……あいつだけだった)
彼女と、もっと――騒ぎを起こす前の彼女と、仲良くしておけばよかった。
嫌がらせもされた。迷惑も散々被った。
とことん気に入らない女だったけれど。
少しくらい理解してやれば、何か変わっていただろうか。
あたしは少しだけ、取り返しのつかない過去に胸が痛むのを感じる。
「シャルテ」
廊下を歩きながら、隣を行く神様があたしに話しかける。
「あの女が破滅したのはあなたのせいではない。誰にも救えなかった。そして暴れた。被害を及ぼした。それだけだ」
「……ああ。わかってるよ」
部屋に入ると、あたしは悩みが吹き飛ぶのを感じた。
窓の外いっぱいに広がる山々の美しい景色が、ちっぽけなことで立ち止まるなと激励してくれるようだった。
◇
「俺、田舎って嫌いなんだよな。特に山。雑味のある自然界の魔力がふわふわしてて、銃の調子が悪くなりやすいんだ」
ホルディック村に向かう道中、そう言いながら唇を尖らせるのはラナだ。
馬車は二手に分かれている。
あたしと神様、そしてラナが乗る馬車。
トリアスと殿下、その従者たちが揃った馬車の二つだ。
あたしと神様の正体を知っているのは、このメンツではラナだけ。
周りの目を気にせず打ち合わせをするための配置だった。
――トリアスは殿下と一緒で、居心地悪いだろうけど。許せ。
ラナが上着を叩いて言う。
「ま、というわけでさ。俺の抜き撃ちがうまくいかねえ可能性が高いから、危ない時は自分でなんとかしてくれよ」
「それは構わないよ。あたしにとってはむしろそのへんに魔力がふわふわしてる方がやりやすいから」
神様の力は土地神の力。
土地神にとって自然界の魔力が多く立ち込めている場所は、人が人工的に整えた街中よりよほど自然で行動しやすい場所だ。
神様も頷く。
「必要とあらば、どこにでも湯柱を立てよう」
「ホルディック村を温泉地にしちまって儲けるのはどうだ?」
「いいかもしれない」
「全部終わったら主に提案してみるぜ」
ラナはにっこにこと笑う。そして大きなカバンからウィッグをチラッと見せてくれた。
「いつでもシャーレーン様になる準備はできてるから」
「助かる」
あたしたちはこれまでの間に、行く通りものパターンの想定をした準備を進めている。
今回はスピードと勢いが肝心、どんな状況にも対応できるようにしていた。
――そして。
どこまで行っても変わり映えのない山道の先、ようやくホルディック村が見えてきた。
村人がみんな勢揃いで迎えてくれるらしく、道に人がずらりと並んでいる。
彼らはぱっと見はごく普通の善男善女だ。
馬車を止め、ルイス殿下が颯爽と降り立つ。人々は平伏した。
儀礼的な挨拶をすませると、村長の男性と村を統括する神官が王子に挨拶した。
「おもてなしすらままならない、このような寂しい村に来ていただき、誠にありがとうございます」
「楽にしてくれ。僕たちは演習場予定地として視察に来たが、中枢領域から遠く離れたこの土地でまで堅苦しく過ごしたいわけではない。良い景色を楽しみ、皆がどのような暮らしをしているのか見学したいのだ。何か困ったことがあるなら、この機会に気軽に相談して欲しい」
爽やかにルイス殿下が微笑むと、女性陣だけでなく男性陣もほぅ……と溜息をつく。
逞しくなった分だけ、老若男女を問わず魅力的に映る男になったらしい。
王子がいることに浮き足立っていた村人たちは次第に落ち着き、あたしたちにも興味を向けてくる。
王子が紹介してくれた。
「彼らは僕の同行者だ。元聖女シャルテ、その夫カインズ、そして巡礼神官のトリアス。彼らの護衛として同行する少年ラナだ」
「聖女……?」
「夫……?」
彼らの一部が困惑した顔をする。
しかし、ここで余計な情報を与えるつもりはないのだろう、王子はさらりと流して村長を見て行った。
「では早速、教会に行きたい。教会で祈りを捧げたのち、村の中を案内して欲しい」
「承知いたしました」
さしたる抵抗は見せず、彼らは深く辞儀をした。
あたしと神様そしてラナはちら、と顔を見合わせる。
ここからは相手の領域だ。スピード勝負。
――黒幕を、絶対に逃がさない。




