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滝を前にしたベンチにあたしを座らせ、ルイス王子は本題へと話を切り出した。
顔つきと口ぶりがさっと、騎士らしい強いものへと変わる。
「早速だが、こちらで独自に調査した結果『聖女聖父の祈り』はホルディック村に確かに存在するようだ」
「やはり……そうなのですね」
「ホルディック村は実は、亡きホースウッド公爵の領地だった」
初耳だった。
弾かれるように顔を見たあたしに、ルイス王子は神妙に頷いた。
「高位貴族はいくつもの爵位を持ち、その爵位に紐づいた領地を多数持っているのが普通だ。このスセンテンプの街もホルディック村もホースウッド公爵領ではないものの、間違いなく彼の領地の一つだった」
「そう、だったのですね……」
ルイス王子はさらに真剣な顔で続ける。
「そして、ここがあのルルミヤの故郷だと言ったら……君は驚くかい?」
「ルルミヤ……ルルミヤ・ホースウッドの、ですか⁉」
中枢領域で暴れていたあの聖女ルルミヤの故郷がこんなにも中央から離れた街だなんて。
信じられない思いで、あたしはホテルの窓の外を見下ろす。
ここからそう離れていない田舎の村に、あのルルミヤのルーツがあったのだ。
「聖女になるにあたって中枢領域に送られたようだが、それまで彼女はホルディック村で過ごしていた。彼女が妾腹なのは君も知っているだろう?」
「はい。だから成り上がろうと、父に認めてもらおうと必死だったと……」
「彼女の母方の故郷がホルディック村だったんだ。幼い頃は認知もされていなかったので、ここで母が家族と共に育てていた」
「じゃあ、ホルディック村にはルルミヤの家族や親類が⁈」
身を乗り出したあたしに、王子は少し目を見開き――そして、苦しげに顔を歪め、首を横に振った。
「もう、いない」
「それって……」
「流行病と天災が重なり、ルルミヤが離れた直後に村は多くの人々が命を落とした。ルルミヤと血が繋がった者は全員……」
「そんな……」
「ルルミヤはそれを知っていたのだろう。だからこそ、己の故郷を失った分だけ、必死になって権力と父親に食らいつこうとした」
「……」
あたしは言葉を失っていた。
聖女になるまでの一切を失い、ただ身一つで中枢領域で戦おうとして。
ルルミヤも、ほとんどあたしと同じ状態だったのだ。
――いや。優しいあの父親は生きていると信じていたあたしより、よほど。
「そんな顔をするなシャルテ。……彼女がどんな出自だとしても、あの蛮行が許されるわけじゃない。どんな極悪人だって無垢な赤子の時がある。ケイゼンも……本当に、可愛い自慢の弟、だった、んだ……」
ハッとしてルイス王子の顔を見る。
ルイス王子は一筋の涙をこぼしていた。以前も彼の慟哭を見たことがある。
しかし自己憐憫と後悔で泣き叫ぶ前の涙より、ずっと苦しげで、悲しい涙だった。
「……すまない。不思議だな、シャルテの前だといつも弱音を吐いてしまう」
「私はただの子供です。……ただの子供の前でくらい泣かなくちゃ、心が壊れてしまいます」
「そんな……情けないだろう? ……僕は強くあらねばならないのに」
「強い人は、己の苦しい感情を適切に処理できる人です。王妃様のため、臣民のため、強くあろうとする殿下は美しいです。……その美しさを保つために、必要な涙です」
「ありがとう……すまない」
目元を押さえ、王子はしばらく言葉を詰まらせていた。
あたしは顔を見ないようにしながら、ただ横に座って滝を眺めていた。
流水音が彼の嗚咽を隠してくれるだろう。
◇
しばらくして彼は「うん」と自分自身に言い聞かせるように呟いた。
顔を上げたルイス王子は目元は赤いながらも、すっきりと凛々しい顔をしていた。
「ありがとう。いつも君には助けられる」
「私でよかったら」
あたしたちは微笑みあい、話を『聖女聖父の祈り』の件へと戻す。
「ともあれ、ルルミヤの故郷ホルディック村は現在、過去の住人からガラリと入れ替わっている。住人全てが『聖女聖父の祈り』信者と見て間違いないだろう。徴税も滞りなく、特に事件が起きているわけでもないので、現在この土地を管理する領主も全く怪しさに気づいていなかった。……何もない田舎にごく普通の平民が集まっても、何か大それたことが起こるとは誰もとても思わないからな」
「それを疑い始めたら施政なんて無理ですもんね。税さえ納めていればOKってことにしないと……」
「村に教会はあるものの、表向きはごく普通の正式な教会として運営しているようだ。神官も『聖女聖父の祈り』関係者なのだろう」
「ソルティックよりもしっかりと潜伏しているのですね」
「ソルティックの事件ほど胡散臭いことをしているのなら、こちらも立ち入り検査できるのだがな。今回彼らには何も後ろ暗いことはなさそうだから、正面から堂々と視察に行く予定だ」
「視察?」
「騎士団の演習拠点候補地として視察に来た、と言えば無下にできないだろう」
「なるほど!」
「そして向こうが心を開いたところで、尻尾を掴んだら――僕と『シャーレーンの御使』であるシャルテ、そして巡礼神官トリアスの三名で、宗教の一宗派として正式に認めると言ってやればいい」
「うまくいけばペラペラと喋ってくれそうですね」
「ああ。逆に僕たちのお墨付きに抵抗を見せるならば……本格的に、そこにまずいものがあるという証明になる」
どっちに転んでもあたしたちには都合がいい。
騎士団員の王子様という印籠は強い!
「ちなみに、もうすでに使者は送っている」
「どうでした?」
「部下の話によると、まあ無難に対応してくれたようだが、随分と困惑していたらしい。こんな田舎にいきなり王子がどうして、とな」
「気持ちはわかります」
「ともあれ、明日から早速乗り込む」
「承知いたしました」
「民衆が胡散臭い宗教に頼るのは、王家に対する信頼感がないからだ。僕がここで討伐して、しっかりと頼りになるのを見せるんだ……」
そこで王子はあたしと神様を交互に見た。
「二人のことは騎士として僕が守る。安心して同行してくれ」
その眼差しは強くて頼もしくて。
神様が心の中で「お前に守られる必要はないが」と呟いているのを無視して、あたしは眩しいものを見るように彼を見つめた。
――ルイス殿下は頼もしい。さあ、ついに黒幕を掴むぞ!




