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「ヒラエスさんの新情報だよ‼」
「う、うるさい! 声がでけえよ商会長‼」
「あははは、これが興奮せずにいられるか! ヒャッフー!」
「……この人こんな人格だったっけ」
「あはは。前から推し活に関しちゃあ異常な興奮を見せる人だったからねえ」
「エダさんもお疲れ様です……」
そんな会話を繰り広げつつ。
あたしたちは早速ロバートソン商会長の屋敷の客間に集まっていた。
丸テーブルの異国情緒たっぷりの部屋に、商会長、夫人のエダさん、護衛のラナ、神様、あたしが揃う。
そしてあたしたちの視線を一身に受けているのは――四十代ほどに見える女性だった。少しくたびれた様子はあるものの、化粧気がなくとも凛とした美しい人だった。ロバートソンさんが紹介する。
「彼女はサンディさん。今はマケイドから西にある貴族邸でメイドをしている女性で、以前はシャーレーン様の故郷で酌婦をしていた女性だ」
「もう随分前の話になるけれどね。今の旦那様に雇われる前は歓楽街でずっと働いていたんだ」
はすっぱ口調で彼女は言う。ロバートソンは話を切り出す。
「早速だけど、俺に提供してくれた情報をここでもう一度話してくれないかな」
「ええ、何度だって話せるよ。……金髪の顔がやけに綺麗な薬師の話だろ?」
サンディさんは何度もロバートソンさんに説明したのだろう、さらさらと慣れた様子で説明を始めた。
「あたしの今の旦那様――あ、夫じゃなくて領主だよ。その旦那様の親戚付き合いの小旅行にあたしも同行していたんだ。奥方の親戚のそのまた遠い親戚の持つひどい田舎の領地でね。行くだけでも一週間以上かかる酷い旅だった。旦那様はいい宿に泊まっていたけれど、あたしらはカメムシだらけの宿に泊まるしかなかったりね、ほんとメイドってのは難儀な商売さ……」
「で、その旅で何を見たの?」
「ああそうそう」
話が横道にそれかかったのをロバートソンさんに修正され、サンディさんは続ける。
「それでカメムシの多い宿で難儀しつつ、なんとかそのど田舎にたどり着いたんだけどね。そこに懐かしい人がいたんだよ。ヒラエスさんが」
「ヒラエスが……⁉」
あたしの言葉に彼女は頷く。
「メイドなもんで自由時間なんて毛ほどもなくて、遠くから見ただけだし話しかけられもしなかったけどね。あのひよこみたいな金髪に背の高い後ろ姿、間違いなくヒラエスさんさ。あたしも歓楽街時代片思いしていたって言うのに、結局死にかけの病弱な女と結婚した。まあ幸せそうで良かったけどね」
「……」
その死にかけの病弱な女、というのは母のことだ。
母のことも気になるけれど、今は生きている父のことが重要だ。
「ヒラエスは何をしていたんですか?」
「さあね。ただ昔と変わらない美男子だったよ。薬師をやってるんじゃないのかね、汚れた白衣を着ていたから」
「……」
黙り込んだあたしの代わりに、ロバートソンさんがサンディさんに「ありがとう」と告げる。そして彼はあたしを見た。
「実は例の村は、あの『聖女聖父の祈り』が潜伏している疑惑がある。あの事件以来、中枢領域に目をつけられているから表立って活動はしていないようだが……」
「ヒラエスと……『聖女聖父の祈り』がまた、同じところにいるなんて……」
そこでサンディさんはエダさんと共に部屋を出る。あたしが素で話しやすいようにする配慮だろう。
ロバートソン商会長は話をあたしに振る。
「で、王妃様や教会にはすでに『聖女聖父の祈り』についての情報を伝えた。ヒラエスについては内々だけの話にしている。理由はわかるよね?」
あたしは頷く。
「……聖父が、その首謀者扱いされないようにするため。また彼が中枢領域に目をつけられないようにするため――だよな?」
「ああ」
彼は頷く。
「ヒラエスさんはこちらだけでなんとしてでも見つけ出して、話を聞く必要がある」
そう言うとロバートソンさんは少し寂しそうに笑った。
「……本当は俺も行きたいんだけど、仕事もあるしね。代わりにもし可能なら、ヒラエスさんを連れてきてよ」
「ロバートソンさん……」
「旅の準備については任せて。ラナもつけるし、俺でできることならいくらでも援助するから」
ラナがあたしたちに頷いた。
神様とあたしは頷きあう。
今度こそ、『聖女聖父の祈り』の黒幕を逃がさない。
――ルルミヤが、そこに関わっているのかも確かめなければ。
ルルミヤはやはり湖牢に入っているのは間違いない。
出られることはまずないと言う。
そして『聖女聖父の祈り』の現場から逃げた神官らしき人物はまだ特定されていない。『聖女聖父の祈り』の黒幕も特定できず。
これがトリアスと王妃様からもらった情報をまとめた結果だ。
ルルミヤが噛んでいるとしても噛んでいないとしても、とにかく黒幕を調べなければ。
父らしき存在が『聖女聖父の祈り』と同じ場所に出現しているのが、偶然なのか必然なのかも調べなければ落ち着かない。
話が大掛かりかつ複雑になってきたので、あたしたちは中枢領域の勢力からロバートソン商会長の情報網まで全て使い、確実に『聖女聖父の祈り』のしっぽを捕まえるための準備を整えた。
◇◇◇
――準備に追われる日々、とある夜。
あたしは神様の腕枕で寝そべりながら、天井を見つめて呟いた。
もちろん――シャーレーンの姿で、だ。
「……あたしの父さんって、なんだと思う?」
「はっきりとは言えないが……おそらくあなたと同じ、魂が人外になった人間だろう」
「ってことは、父さんも神様の夫だったってことか?」
両親の仲の良い姿を見てきたあたしからすると、元妻がいると言うのは微妙な話だ。むーっと眉間に皺を寄せていると、神様がそれを人差し指で引き延ばしながら言う。
「同意ではなかったかもしれない」
「は?」
「……神は基本的に人間の都合は考えない。ヒラエス――シャーレーンの父君が円満に神と愛し合っていた可能性もあるとは思うが……そこまで相手のことを思う神なら、つがいを一人で放浪させるだろうか」
神様は黒い瞳で、じっとあたしを見つめている。
「愛して、魂を溶かすほどの相手なら、俺なら一生離さない。だがそこまで普通、神は人間に思うことはない」
「神様は違うの?」
「俺はシャーレーンが愛しいから」
にこ、と薄く微笑んだのち、神様は続ける。
「思いつきで一方的に愛し、神が朽ちたか、ヒラエスが放逐されたか……少なくとも、そこに幸福な関係性は考えにくい」
「……そっか……」
「だからこそ、シャーレーンをもうけるまでずっと一人でいたのではないか? 人を助け、孤独な女たちを守る薬師としての仕事を務め続けて……」
「ありがとう、神様。……あたしを思って言ってくれてるんだね」
「励ますための嘘ではない。俺がそう思ったから言った」
「へへ、神様のそーゆーとこ、あたし好きだよ」
神様の腕に頬を擦り付けると、神様はあたしを抱き寄せ、額に口付けて絡めとる。目を閉じて神様のひんやりした腕の湿度を感じながら思う。
父さんは確かに、母さんと二人で幸せそうだった。そこにあたしが生まれた。
――あたしが知っている真実だけ、あたしはしっかりと噛み締めよう。
余計な詮索なんて、野暮だ。
「ん?」
「どうした」
「待てよ、神様。神が朽ちた……って言ったか?」
「言ったが」
「待てよ。恐ろしいことさらっと言うんじゃねえよ。神様って朽ちるのかよ」
神様が目を瞬かせる。
「ああ。すまない。心配をさせたな。俺は大丈夫だ」
「どういう意味だよ」
「俺は消えない。この大陸の神に戻ったので、大陸で俺を祈る者がいる限り」
瞳が金に輝く。その眼差しの強さにぞくっとする。
本当はこんなところにいるような存在ではない、本性を垣間見せる眼差しだ。
「それにシャーレーンのおかげで信仰の力が増した、この調子ならもっと強くなれる」
「あの中枢領域での一件のことか?」
「そうだ。それに先日の『聖女聖父の祈り』で霊泉を噴き出したことも、俺の正しい加護として崇められている。ますます俺は強くなった」
「そっかー」
あたしは思う。
「……なあ神様、じゃあ神様への信仰を乱すような『聖女聖父の祈り』の存在って、やっぱり神様への崇敬が壊れるきっかけになりかねないってことだな?」
「あれほどちっぽけなら大したことではないが、まあ一応」
「そっか。……なら、神様のためにもしっかり黒幕から潰さねえとな?」
「ああ。俺も強い神として、シャーレーンの側にいたい」
あたしたちは肌を寄せ合って微笑んだ。
夜は長い。この人が強くあるためなら、あたしは頑張りたいと思う。




