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 集会室では通り一遍の朝の礼拝を済ませたのち、特に用事のない信者たちが集まって語り合う空間となっていた。

 お香の良い香りがする窓のない空間は相変わらずギラギラとドギツい壁画や変なアイテムで情報過多になっている。

 窓は相変わらず開けられない。

 閉ざされた空間だからこそ、常人は判断力を失う。ここに寝泊まりさせられている信者は特に敬虔な善男善女で、毎日のように『聖父様の御精印』を飲まされて幻覚にのめり込んだ状態の、いわば手遅れ(・・・)になりかけた連中だ。


「ここにきてから本当に幸せで……ほら、そこにも妖精さんが」

「昨日は聖父様の庭園に招待していただいたの、ほらここにもまだ聖父様に頂いた口付けの輝きが残っていわ」

「亡くした娘と遊んでいたんだ。すると三百の手が生えてきて、娘はそのそれぞれの手に双子の赤ちゃんを産んで」


 彼らは胡乱な瞳でうっとりとそういう話を語る。完全に出来上がっている。

 あたしは相槌を打ちながらどうしようかと悩む。

 夢の中に入っている方が幸福な人はいる。

 辛い現実から目を背けた方が楽なことは絶対ある。

 けれど、夢の中に入っている彼らが、なんらかのーー何か、よくないことに利用されるのだとしたら黙っていたくはない。

 現実に酷い目に合わされて、さらに悪意に搾取されるなんて避けたい。

 善意ではない。

 あくまであたしとしての気持ちの問題だ。


 あたしは妖精さんが見えている女性をソファに導き、自然と二人で話せる環境を作る。

 そして神様に目配せした。

 神様が彼女と目を合わせた瞬間、パチン、と何かが弾けるーー神の権能で、幻覚を抜いたのだ。


「あ……私は……?」

「辛い思いをして、ここに来たのですよね。何があったのか、あたしに話してもらえませんか?」

「あ……」


 普通なら突然子供にこんなことを言われても話さない。

 けれど非日常的な宗教施設の空間、そして幻覚を抜かれたばかりでまだ判断力がぼんやりとした彼女は、自然とするすると悩みをあたしに話して聞かせる。


「私は……婚約破棄されたんです……両親に期待された男爵家との結婚だったのに……よくわからないままに私が悪いことにされて……」


 しくしくと涙をこぼす。あたしは背中を撫でながら同意する。

 とにかく悲しみを吐き出すのが大切だーーよくない処方の薬で現実逃避するよりも。


「悲しいですね、悔しいですよね。知らない間に悪いことにされていたら」

「そうなの、私が知らない間に妹をいじめていたとか、男爵家と結婚したくなかったって言ってたとか、外に男を作ってたとか、酷い話ばっかりで……」

「悲しいですね、いじめてないですもんね、結婚のために頑張ってましたもんね、外に男性なんてとんでもないですよね」

「そうよ。真面目に社交界に出て、妹とは違って親には逆らわないようにしてたし……男爵家の婚約者だって、ボンボンで何も考えてない人だとは思っていたけれど、私が支えなくちゃって覚悟決めてたし……結婚は墓場というけれど、墓場に入るような覚悟で……私は……」

「お姉さんは優しいですね。怒ってもいいのに、こんなに思い悩んで、自分自身を責めていっぱい傷ついて、思い悩んで……だからここに救いを求めにきたんですもんね?」

「そうよ。私は我慢我慢で……怒らずに耐えてきたのに……もう疲れちゃって……」


 あたしはそこで、キョトンとしたそぶりで首を傾げる。


「ではお姉さん、ここで何をするつもりなんですか?」

「え……?」

「だっておかしいじゃないですか。お姉さんは何も悪くないのに、すっごく綺麗で頭が良くてなんでもできて、その上まだ若くて未婚なのに。これからなんだってできるのに、陥れた人たちの言いなりに、傷ついて悲しくなって、こんなところで落ち込んでるのもったいないですよ」

「でも私に帰る場所なんて……」

「教会で働くのはどうですか?」


 あたしはにっこりと微笑む。


中枢領域(セントラル)、今教会がすっごい人材不足で、真面目な女の人なら誰でも女子寮で住み込んで女性神官になれるんですよ。働くのがはしたないっていう人も、神様の御許で働く女性神官なら感心だーって、婚約のお申し込みも引くて数多って言いますし。お姉さんの魅力や頑張りを理解できない田舎の男爵なんかより、ずっとお姉さんのこと大事にしてくれる人が見つかりますよ! いけばいいのに!」

「私が……働きに、出る……」

「そこでダメだった時は、またここに来ればいいじゃないですか。世界唯一無二救国救命聖女シャーレーン・ヒラエス様は働く頑張り屋の女の人の働きをきちんと見てますよ。だって聖女様ですもん!」


 あたしの口八丁に、だんだん女性の目が輝いていく。

 努力家で真面目で親に逆らったことのないような女性は、新たな「従うべき規範」を与えられると強い。言葉の端々から「自分は間違っていない」という確信が感じられた彼女は、きっと「正しく自分を評価してくれる場所」に魅力を感じるはずだと思った。

 実際、今は中枢領域(セントラル)で女性神官は人材不足だ。

 ルルミヤの一件でごっそりと人が減ったせいだ。

 男爵家と婚約していたような家柄の若い女性なら、面接官は大喜びで彼女を迎え入れるだろう。


 ーーそもそも、こんなところで燻って救命神官のキスを浴びながら薬漬けになっている人生より絶対マシだ。

 ここに長くいたら結婚も遠のくだろうし。


「私……外に出てみようかしら……神官様に少し相談したいわ」

「ああ、その必要はないよ」


 あたしはにっこりと笑う。


「あなたはここから出た方がいいと、神官様もお話ししてたからさ。蛇の導きに従ってここの部屋を出て、外に出て教会に行けば、トリアスという神官が取り計らってくれるよ」


 あたしはそこまで言うと、神様に目配せする。

 神様は彼女と目を合わせ、あたしの言う通りに動くように軽く洗脳を施した。彼女はぐるぐるになった瞳ですっくと立ち上がる。


「そうね、あなたがいう通り早速出てみるわ。ありがとう、あなたに神のご加護あらんことを」


 彼女はそのまますたすたと部屋を出て行った。

 他の信者たちはみんな薬で胡乱になっているので、彼女の行動をなんら気にかけない。

 部屋を出た彼女は神様の蛇が先導する。途中で神官に見咎められても、蛇を通じて神様がちょっと洗脳(いじ)る手筈だ。


「……これで、一人……」


 あたしは汗を拭うと、次に幻覚を解く相手を見繕う。

 これは人助けじゃない。あくまで、この『聖女聖父の祈り』のよからぬ陰謀を阻止するためだ。


「あなたのそういうところ、俺は好きだ」

「勝手に心をよむなよ、すけべ」


 あたしは唇を尖らせる。

 そして目が合った男性を見て、あたしは笑顔で手招きした。


「こんにちは、よかったら私とお話ししませんか?」

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