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14

 その日から。

 あたしはなんとこの宗教団体でまで『シャーレーン様の御使』として扱われる羽目になった。

 この田舎では数年前の騒乱であたしが『シャーレーンの御使』として活躍したことは知られていない。それでも同じ呼ばれ方をするようになるのだから因果なものである。


 とりあえず怪しまれないために数日間『聖女聖父の祈り』の宗教施設に寝泊まりし、できる限りの情報収集をしたのち、あたしと神様は神様の権能を使って宗教施設を抜け出し、正式な教会の方に寝泊まりするトリアスと落ち合うことにした。


 早朝、朝日が出る前にあたしたちは宗教施設の建物を抜け出す。

 闇に紛れてささっと教会に向かうと、すでに連絡をつけていたトリアスが急いであたしたちを中へと入れてくれた。


「も〜! めちゃめちゃ心配してたんですよ! カインズさん! シャルテちゃん!」


 奥の応接間に入って防音魔法を施した途端、トリアスが叫んだ。


「悪い悪い。あちらさんに信用してもらう必要があったんでね。でも手紙は毎日渡してたからいいじゃねえか」

「それはそうですけど……」


 トリアスが肩をすくめ、テーブルの上でとぐろを巻く小さな蛇を見やる。ちろちろと舌を出す彼は神様を見ると、シュルシュルと袖の中に入っていく。


「まさか蛇が手紙を吐き出してくるとは思いませんでしたよ。最初はほんと、枕元にいきなり蛇がいるもんだからうぎゃー! でしたし、そこからウオエエエって手紙を出されるもんだから、もー」


 あたしと神様が椅子に座ると、トリアスはお茶を入れてくれる。


「抜け出してきて大丈夫だったんですか?」

「ああ。それはちょっと奥の手を使ってな」


 あたしはウインクする。

 単純な話だ。一部の神官や信者の意識を神様の権能で洗脳し(いじっ)て堂々と抜け出してきたのだ。

 あとで戻って洗脳す(いじ)ればそれで済む話だ。


 トリアスが目前に腰を下ろしたところで、あたしは話をまとめることにした。


「端的に言うと、『聖女聖父の祈り』はクロだ。言葉巧みに信者を増やして、何かをしようと目論んでいる。中枢領域(セントラル)の目が届きにくい地方で既存の教会の権威を落とし、信者を集め……それ以上の目的は、もう少し見ていかねえとわからないな」

「しかしまさか、『聖父様の御精印』としてあれが使われているなんて……」


 溜息交じりのトリアスの言葉に、あたしも頷く。

 神様が袖の中から小瓶を取り出した。

 神様が毎日口に入れている『聖女聖父の祈り』をそのまま瓶に詰め直したものだ。神様は神様なのであたしの唾液で少々濡れたものだとしても、元通りの粉として吐き出すことができる。神様だから。


「教会で高位神官の儀式に使われている霊薬が、横流しされている……ってことですよね、つまり」


 あたしは頷いた。

 この『聖父様の御精印』は確かに幻覚剤だ。

 しかしトリアスの言う通り、これは教会の儀式で正式に使われている霊薬でもある。幻覚剤といえばヤバい薬のようだが、高位神官が儀礼でふわふわと酩酊状態になり、人々に神がかった姿を見せるために必要なものでもあるのだ。

正式に使う際は、ごくごく微量の粉を汲み取った霊泉に混ぜて、祭壇の前で一口飲む。正直なところ麦種(ビール)を飲むよりよほど後にも残らないし、これで依存症になることはほとんどない。

 そもそも高位神官は社会的立場がある人たちなので、そうそう依存症になるまで大切な霊薬をバカスカ消費したりしないのだ。


 ーーしかし。『聖女聖父の祈り』ではどうやら違う。

 『聖女聖父の祈り』の内部では当たり前のように『聖父様の御精印』が救命神官によって信者に与えられていた。

 トリアスがおぞましげにブルブルと身震いする。


「いやあ、『聖父様の御精印』って名前で唾液で溶かして飲ませてるんでしょう? 気持ち悪いなあ。まさか二人ともそれ飲まされてないでしょうね?」

「たりめーだろ。きったねえ。そもそも……あんなもん粉で口に含んでたら、救命神官だってただじゃ済まねえぞ」


 あたしはすでに人間から半分足抜けした、神の権能を持つ女だ。

 だから多少『聖父様の御精印』を口にしてもピンピンしているけれど、薬を与えるという名目で毎日のように『聖父様の御精印』を口に含んでいる救命神官はおそらくーーすでに依存症になっているだろう。

 彼本人も騙している側というより、完全にあの薬に判断力をやられて、自分が崇高な仕事をしていると思い込んでいる感じすらある。

 ミイラ取りがミイラになる。

 薬で判断力を奪っていた側が、薬で判断力を奪わされる。因果な話だ。


「そしてあの聖父として扱われてる死体だ。あの人が誰なのか調べる必要がある。まあそれは……調査の最後に強引に乗り込んでチェックすればいいから、難しい話ではないな」

「普通は難しそうな話をさらっとやっちゃうんだから、やっぱりシャルテちゃんはすごいなあ〜」


 トリアスが頷く。あたしはティーカップを置いて立ち上がった。

 外から鶏の鳴き声が聞こえてきた。

 そろそろ戻らないと目立ちすぎるし、記憶を消すのが面倒だ。


「ともあれ報告は以上だ。あと三日くらいで出る予定だから、トリアスも外部からの調査頼んだぜ」

「了解です! お二人とも神のご加護がありますように」

「あんたもな」


 そしてあたしと神様は再び、『聖女聖父の祈り』の施設へと堂々と戻る。神官があたしたちを見てあっという顔をする。


「あなた方、一体どこに……」


 神様と目が合った瞬間、目がとろんとする。


「そうですね、中にずっといましたもんね。知ってますよ〜」


 ささ、どうぞと言わんばかりに中に案内され、あたしたちは元宛がわれていた部屋まで戻る。相変わらず神様の権能は怖い。

 施設内部は地下2階地上3階の立派な作りになってなっていて、一階がまるまる最初に案内された祈りの場となっていて、2階3階に神官たちの修行場や信者たちと話をする部屋が設られている。

 聖父様に導かれて宿泊を認められた特別な信者たちは、地下層住まいに住むことになっていた。あたしたちは奇跡を起こした存在として、特別に2階に住むことになっているけれどーーこれは直接的に、あたしたちを監視するためだろう。

 一般信者は地下に閉じ込めておいた方が扱いは楽だけど、こちらはそれ以上に警戒されているらしい。そりゃそうだ。

 ホテルの一室のような部屋に帰ると、あたしはぼふっとベッドに沈む。神様が隣に寝そべり、あたしを腕に絡めとる。


「……元の姿になってほしい」

「ダメだろ。いつどこに誰の目があるかわかんねえんだぞ」

「シャルテの姿だと、愛情を示すと怒る」

「当然だ。あたしがヤなんだよシャルテ(ガキ)の姿にあれこれされんのは」


 シャーレーンの姿ならばいいのか、という件に関してはノーコメントにさせてもらう。あたしだってちょっとくらい照れも恥じらいはある。


「……早くあなたと肌を重ねたい。もっと触れたい。退屈だ」

「露骨なこと言うなよ。てか神様なんだから、そういう欲望ねえんだろ」

「人間の姿をずっと取ってるからそんな気持ちにもなる」

「そ、そういうもんなの?」


 神様の真顔があたしを射抜く。

 黒々とした、夜空よりも暗い漆黒。どこまでも吸い込まれそうな黒曜石の瞳に、あたしの顔だけが映り込んでいる。

 形の良い唇を動かし、神様はあたしに語りかけた。


「そういうものだ。あなただって俺と一緒にいて、人間から離れた感覚になる時もあるだろう?」

「……」


 あたしはすでに、姿形を変えられるのが当たり前(・・・・)になっている。普通の人間なら、そんな感覚は当然ない。

 聖女としての異能も、神様に分けてもらえた権能(チート)も当たり前のものとして使って生きている。

 それは確かにーー神様の言葉を借りるのならば。


「神様に近い存在として過ごしているから、そんな気持ちに……あたしもなっているのか……」

「俺は嬉しい。かつては人間として生き、人間として生を全うしたシャーレーンを、俺に近い存在にできたから」


 一瞬、ゾクリと背筋が震える。

 それは恐怖でもあり怖れでもある、不思議な感覚だった。


「……あんたは、本当に神様なんだな。人間じゃ、ないんだな」

「そうだ。俺はこの土地の神であり、あなたの夫だ」


 愛おしそうに目を細め、あたしを腕に絡めとる。額に口付ける。その所作はシャルテの時もシャーレーンの時も変わらなくて。きっとあたしが虫になろうが動物になろうが、彼は変わらずに同じ口付けをしてくれる。同じ虫や動物になって、その生に合わせた愛情を向けてくれるだろう。

 わかっていることだけど、改めてーー不思議な感覚だと思った。


「あんたは本当に、ちっぽけなあたしをなんでそんなに愛してるんだよ」

シャーレーン(あなた)シャーレーン(あなた)だから。それ以外に理由も言葉もない。愛している」


 神様の愛は大きい。そしてシンプルで絶対だ。

 顔が好みだとか、気が合うとか、体の相性とか、都合とか。繁殖に適した個体だからとか。

 いろんな理由をつけて愛を作らなければいけない生命に比較して、なんとざっくりとしたことか。

 そしてそれがーーあたしも、シンプルに嬉しくて愛しい。


「神様」

「ん」

「……あたしだって、シャーレーン(あたし)に戻れないのは寂しいんだぞ」

「それって」


 あたしは神様を押し退けて立ち上がった。


「ほら、そろそろ信者の憩いの時間が始まるぜ。一緒にまた聞き取り調査しに行くぞ! 時間がないんだ」

「……わかった」


 神様は立ち上がると、あたしを背中から一度だけふわっと抱きしめると、あたしと手を繋いだ。


「シャルテ、耳が赤い」

「うるさいうるさい」

「安心して欲しい、戻れば、いやというほど愛してやる」

「だああ、とにかく行くぞ、色ボケ神!」


 あたしたちはそれから、部屋を出て集会室へと向かった。

 いつもの日課をこなしてこそ潜入調査、というものだ。


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