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「い、いせかい……?」

「世界唯一無二救国救命聖女シャーレーン・ヒラエス様が、異世界からいらっしゃった聖女であることはあなたもご存知でしょう?」


 ーー今、こいつなんつった。


「せかいゆいいつむにきゅ……ごめんなさい、もう一回」

「世界唯一無二救国救命聖女シャーレーン・ヒラエス様です」


 神官はさらりと当然のようにすげえ名前を口にする。

 あたしはめまいがした。


「初めて聞きました! すごいですねー」

「異世界ではシャーレーン様はこのお名前で呼ばれているのです。なの『聖女聖父の祈り』では正式名称で彼女の名前を呼ぶ決まりになっています。さあご一緒に」

「「世界唯一無二救国救命聖女シャーレーン・ヒラエス様……」」


 あたしの声に声が重なる。

 振り返ると、神様が真顔で口にしていた。

 無表情の中に恍惚を滲ませながら、神様は微笑む。


「良い宗教だな。世界唯一無二救国救命聖女として丁重に彼女を扱う良き宗教に幸在らんことを」

「待って待って待って待って」


 怪しい新興宗教にもかかわらず、土地神様本神(ほんにん)のお墨付きを与えちゃいけねえだろ。

 そう思っていたら、表ですごい爆発音がした。


「襲撃か!?」


 神官たちがばたばたと外に出る。信者たちは怯えた顔で縮こまる。


「逃げるぞ!」


 慌てるあたしの手を掴み、神様が首を振る。


「違う」

「あ?」

「すまない、つい、興奮して……」


 神様が「てへぺろ」と言わんばかりの顔をしている。

 どういうことかと思っていると、表から歓喜の悲鳴が聞こえてきた。


「すごい、奇跡だ! 霊泉が……吹き出して天空を貫いている!!!」

「おおお……!」


 締め切られたカーテンを開いて窓の外を見せる神官。

 そこに見えるのは美しく垂直に伸びたーー吹き出した霊泉。

 大奇跡を前に、信者たちは立ち上がって雄叫びに近い歓声をあげた。大喝采。声をあげて泣くものもいる。


「神がお喜びになったぞ!!!」

「我々の信仰が正しい証拠だ!!!」


 神官たちもこれ幸いにとニッコニコで、盛り上がる信者たちの様子を見守っている。

 あたしは神様の腰をつついた。


「……どうすんだよこれ……」

「仕方ない。シャーレーンの魅力を認めるものたちには……何かしてやりたい」

「神様あ〜……」


 そんなこんなでしばらくは異例の大盛り上がりを見せていた『聖女聖父の祈り』だったが、とりあえず再びカーテンは閉じられ外界からは隔離され、祈りは再開された。


◇◇◇


 大盛り上がりから一時間。

 あたしたちについに、神官に悩みを訴える番がやってきた。

 誘導役の神官が説明する。


「まずは私と同じ動きで、奥にいらっしゃる聖父様に祈りを。そしてそちらの救命神官様に、お二人のお悩みを相談してください」


 ーー天蓋付きベッドに横たわるのが聖父様。

 ーーその前の椅子に座っているたぬき顔の中年神官が、救命神官なる特別な存在らしい。確かに服によくわからない柄が入っている。あたしは神様と一緒に膝をつき、何度か決められた所作で祈りを捧げながら、こっそりと中年神官の顔を見る。


中枢領域(セントラル)の教会にいた神官じゃねえな……。神様、彼に覚えは?)

(中枢領域で嗅いだことのない匂いをしている。地方神官だろう。サイティシガ王国出身で、南方に生まれた匂いがする)

(ありがとよ。じゃあとりあえず、ケイゼンと邪神みたいな外国勢力ってことじゃなさそうだな)


 あたしはかつて国をめちゃくちゃにしたケイゼン第二王子と邪神、ストレイシアを思い出す。

 ほんっと、あの件は最悪だった。


 祈りを捧げ終わると、あたしたちの前に中年神官は膝をついて目の高さを合わせてくれた。

 神様を優しくハグする。


「よく来てくれました、ようこそ我ら『聖女聖父の祈り』へ。これも世界唯一無二救国救命聖女シャーレーン・ヒラエス様のお導き……」

「正しい。俺は彼女に導かれて人生を謳歌している」


 真顔で頷く神様。ツッコミはーーまあいいや。

 真剣な信仰者の顔をした神様に、神官は悩み相談を促した。


「して、善男カインズの悩みを話せ」


 あたしはそこから神様に心の声で言うべき言葉と行動を示した。神様は一言一句違えず、あたしの言うままに動く。


「私は胸の病に冒されておりまして、常に胸が苦しく……それでも妻を養うためはげんでまいりましたが、先日強盗に遭い、全てを失い……病の薬も失い……残された時間は少なく……」


 表で言ったのと全く同じ言葉だ。

 こう言う時は全く同じ言葉を繰り返すのが一番無難だ。

 明確に一つの困りごとで悩んでいる人間というものは言葉がぶれない。頭の中で何度も何度も、その悩みを反芻しているからだ。

 神様の話を真剣に聞いていた救命神官なる中年神官は、さも全てをわかっていますよと言いたげな顔で頷いた。


「善男カインズよ、あなたの悩む姿は私には見えていました。よく眠れなかったでしょう、愛する奥方との日々が何度も頭に浮かび、その喜びの日々を取り戻したい、何度でも奥方と笑い合いたいと思っていたでしょう」

「救命神官の言うとおりだ」


 神様はうんうんと頷く。

 救命神官がやってるのはいわゆる占い師のやり口だ。相手に当てはまりそうなことをふわふわといえば、相手は勝手にそのふわふわとした言葉の中から自分に合う言葉を拾い上げ、勝手に納得する。悩みがある人間が眠れないのはよくある話だし(夜、と限定すらしなかったのが白々しい)、神様のように妻を大切にしているような言葉を言う相手なら、妻との幸福な日々を話題にすればそりゃ当たる。


 ーー問題は、神様が神様であるということ。

 神様は基本的に寝ないし、妻との日々を取り戻したいとはきっとずっと思っていた人だ。その「思っていた」の日々の長さが、人間にとっては悠久の時間だっただけで。


「人間なのによくわかっている。すごいな」


 神様の言葉に救命神官はにこにこと笑う。

 あたしは神様に念じた。


(神様、そろそろ薬がもらえそうな方向に舵を切りたい。ちょっと苦しげに横たわってくれ)

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― 新着の感想 ―
[一言] ちょっと…神様?(ネズミのような威圧
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