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ーーこの神様は、ある程度人間社会に合わせた態度をとってくれるようにはなったけど、夫であるということは絶対強く訴える。
困るけどーーまあそこまでしてでも、あたしの夫でありたいと思ってくれてるんだよなあと思うと、無碍にはあんまりしたくない。
あたしも絆されちゃったかな。くそ。
「……お嬢ちゃん、この人が旦那さんというのは本当かい?」
困ったふうに声をかけてくるおばあさん。
おっと、このままじゃいけない。
「あ、あのね!」
あたしはすぐに神様と手を握って、みんなにえへへと媚を作る。
「私たち、ずっと前から結婚のお約束をしていて、やっと結婚したの!」
嘘はついていない。神様が素直にうんうんと頷く。
人々は少し考え込む顔をする。一人の男性が、あっと声をあげた。
「そうか、許嫁か!」
「ああ、なるほど……家が決めた……」
違う、といいそうになる神様のお尻をつねって、あたしは「そうなの!」と笑顔を作る。
そうこうしていると列が動く。善男善女は思い出したように列を詰めていく。あたしも神様と一緒に最後尾に並んだ。
それから、神様としばらく列に並ぶ。
列は案外早く捌けていくようで、待ち時間はそう長くはならなそうだ。
建物を見ていると、中からすぐに出てくる人と、入ったまま出てこない人に分けられる。何か違いがあるのだろうか。
たった数分で悩みを吐露して解決して納得させるというのはなかなか困難だ。こんなソルティックの街までやってきている人もいるのだから、尚更。
じゃあ祈りを捧げてすぐに満足する人だけが出て、時間がかかる人は別室で神官が丁寧に話を聞いているーーなどかもしれない。
そうやって考えていると時間はあっという間に過ぎていく。
一時間ほど待ったところで、ついにあたしたちの番になる。
目の前の扉から、神官服をまとった男性が姿を現した。
「いかがなさいましたか、……旅の方ですか?」
初めましてだからだろう。あたしと神様の顔を見て、少し緊張が走った顔をする。服装は普通の神官と同じ。態度から察して下っ端のようだ。それでも口角はあげたまま、一応の笑顔を作っているから偉い。
あたしは神様の袖を引っ張り、神様に言ってほしい言葉を念じる。
神様が、さも困った人のような顔をして顔を覆って続けた。
「突然失礼致します。私たちは旅の商人をしております。噂でこちらの評判を耳にして、お伺いいたしました……」
神様は顔を覆い、跪く。
神様の無表情がバレないようにやってもらっている演技だけど、神官は困惑した様子で神様の前に座り込んだ。善良な人そうだ。
「い、いかがなさいましたか」
「私は胸の病に冒されておりまして、常に胸が苦しく……それでも妻を養うためはげんでまいりましたが、先日強盗に遭い、全てを失い……病の薬も失い……残された時間は少なく……」
「そういうことなのですね。どうぞ中へ」
彼は私をチラリと見る。
「娘さんも、どうぞ中に」
「彼女が妻です」
神様が顔を覆ったまま言う。神官は二度見する。
「えっ……つ、妻」
「妻ですが、何か」
いつもの慣れたやり取りだ。
あたしはにっこりとスカートを摘んで辞儀をする。
「妻です♡」
「つ、妻……そうですか妻……」
彼は困惑した様子だけど、それでもあたしたちを宗教施設の中に招き入れてくれた。
『聖女聖父の祈り』の宗教施設は、元々が教会の関連施設だったはずだ。中に一歩入り込むと、あたしは内部の豪奢さに口をぽかんと開ける。
天井から壁から柱まで、極彩色で描かれたドギツいよくわからない建物や人々の絵が描かれていた。
床は一面毛の長いふかふかの絨毯が敷き詰められていて、通路を示す部分以外はトンチキな柄で彩られている。
あちこちにはよくわからない壺や鉱石ドームを半分に割って飾ったもの、見たこともない何かを模した置き物までなんでも置いてある。蚤の市にでも来たのか。目にうるさい。
くら……とめまいがするあたしは神様に支えられながら、神官に示される奥へと真っ直ぐに向かう。
そこにはまた列があり、先ほどまであたしの前に並んでいた人々が再び列を形成していた。
彼らの向かう奥には天蓋に覆われたベッドがある。
誰かが寝そべっているらしい。
あたしは目を凝らすが、それが誰かはわからない。
話は彼にするのではなく、その前に座っている神官にするようになっていた。
ふと思う。
みんな悩みを話したそうにしているのに、こんな筒抜けの部分で話せるのか、と。
あたしも筆頭聖女シャーレーン時代は告解室で人々の話を聞いていたが、そこはしっかり防音設備が整えられた場所だった。あたし以外には誰にも聞かれない場所で、みんなさまざまな思いを吐露してくれた。
あの時とは違って、ここはみんなに話が筒抜けだ。
現にーー今神官に訴えている男性の泣き叫ぶ声は、列の最後尾のあたしたちにまで聞こえてくる。
「うちのマリアが何をしたっていうんですか! あんな男に騙されて! 苦しんで! それでも俺を選んでくれないんです! 俺と一緒になるはずだったのに、俺と一緒に幸せになると言っていたじゃないか!」
よくある失恋の呪詛のように思う。
耳にうるさいくらいのその慟哭を、列に並んだ人々も、彼らを誘導する神官もにこにことしながら聞いている。
あたしは近くにいる神官に尋ねた。
「あの……こっそりお話は、できないんですか? 別室に入るとか……」
神官は異様にニコニコとした顔で首を横に振る。
「『聖女聖父の祈り』に訪れた人々はみな同じ迷える同胞です。同胞の苦しみを同胞同士で分かち合い、そして共感し合うーー理解できない悩みも、怒りが満ちてくる悩みもあるかもしれません。しかしそれを傾聴することこそ、聖父様が目指すみんな仲良くなれる救いの世界の一歩なのですよ。ほら、ご覧なさい」
神官は天井を指差す。珍妙な柄をうっとりと見上げながら、彼は語る。
「これは聖父様が描かれた、異世界の姿です」




