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 ソルティックの街は一言で言うと、寂れていた。

 街の作り自体は商業都市マケイドに負けず劣らずしっかりとしていて、舗装された大通りを中心に長方形に区切られた区画が大量に並ぶ、典型的な計画都市といったものだ。市街地に並ぶ建物は石造りで厳かかつ華やかで、かつてこの街が塩鉱で賑わっていたと言うのも頷ける作りだ。

 作り、だけは。


 実際のところ街の8割は無人で、立派な建物は老朽化でボロボロ、ほとんどは住めたもんじゃない状況だ。街の中心部に申し訳程度にホテルといくつかの商業施設、そして街の規模に似合わない酒場が賑わっている。


 マケイドももし今の賑わいが失われたらこんな街になるのだろうかーーそう思うと悲しくなるくらい、酷い惨状だった。

 ともあれそんな超過疎化した元塩鉱都市にもかかわらずたった一つ建設された、妙に新しい建物だけが異彩を放っていた。


 ボロボロになった教会(おそらくこれが正当な教会だろう)の真横にある、三階建てほどの大きな真四角の建造物。

 周りにはちらほらと巡礼者のような人々が列を形成している。千差万別善男善女、といった様子だ。

 近づいてみると、壁には異様に豪奢な彫刻が施され、こんな寂れた街なのに人工の泉がいくつも作られている。神様が水を舐めた。


「俺の味がする」

「ってことは霊水か」


 教会の近くには大抵神様の力が入った霊水の泉が湧くようになっている。ここもそれは変わりないらしいが、霊水がものすごい豪奢な噴水に代わっている。


「罰当たりですねえ」


 隣でメガネを動かしながら呟くトリアスに、あたしは背伸びして耳打ちする。


「トリアスはとりあえず教会に巡礼神官として入って調査してほしい」

「わかりました。……でも二人は本当にここに乗り込むんですか? 大丈夫ですか?」

「何とかなるなる。最悪、トリアスが助けてくれよ」

「えへへ……シャルテちゃんに頼られるって最高だなあ……」


 デレデレになるトリアスを神様が睨む。

 蛇に睨まれたカエルよろしく、トリアスがビエッと変な声をあげて背筋を伸ばした。


「で、では行ってきまーす! ご武運を!」

「ああ、お互い頑張ろうぜ」


 トリアスを見送ったあたしは、小さなシャルテの両手で顔をペチンと叩く。シャーレーンモードからぶりっこシャルテへ移行だ。


「シャルテ、手を繋ごう」

「うん」


 あたしは神様と手を繋ぎ、いかにも善良そうな顔をして宗教施設前の行列に近づく。彼らは信仰心で満たされているのだろう、あたしたちを見ると穏やかな表情で会釈をした。

 あたしはとてとてと近寄る。

 一番親しみやすそうなお婆さんを選んだ。


「突然ごめんなさい。ここが『聖女聖父の祈り』の建物ですか?」


 ぺこりと頭をさげて尋ねると、お婆さんはすぐにニコニコと返してくれた。


「そうだよ。お嬢ちゃんも聖父(・・)様にお祈りに来たのかい?」

「うん、そうなの。……って、聖父様がいるの!?」


 あたしは目をキラキラさせて、さも好奇心いっぱいな無邪気な幼女のふりをする。お婆さんは頷いた。話を聞いていた他の善男善女も、あたしにあれこれと説明しようとこちらを向く。

 宗教にどっぷりハマって幸福な人は、大抵信者予備軍に熱心で親切だ。

 彼らは口々にこんなことを言った。


「聖父様に祈りをすると、心が軽やかになって生きていていいと思えるようになるんだ」

「素敵ね、おじさんは心が軽くなったのね!」

「私は足の痛みが取れて、冷たい嫁と接するのも辛くなくなったよ」

「足が痛かったのね。おばあさんかわいそう……」

「私は素敵な男性と『聖女聖父の祈り』で巡り会えたのよ」

「素敵な出会いがあったのね!素敵だわ!」


 薬の話はねえな……と分析する。

 強いていうなら、足の痛みの件は薬に関係してそうな気がする。けれどこの会話の流れで薬があるのかと聞くのは危険だ。

 せっかく心を開いてくれたんだ、慎重にいきたい。

 あたしはさらに尋ねる。


「私も『聖女聖父の祈り』で聖父さまに祈りを捧げたいんです。ここに並べばいいの?」

「ああ。並ぶのは少し大変だけどね、その間もほら……目を楽しませるものはたくさんあるだろう?」


 おじさんの一人が視線を周りに向ける。

 確かになるほど、施設の周りにはソルティックの街には不相応なほどの美しい庭園が作られている。

 この非現実的な庭を見つめながら楽しく信者仲間と待つことも、一つの宗教体験となっているのだろう。宗教にのめり込ませるためには、辛い日常と幸福で救いのある非日常の境目が必要だ。

 これは正当な教会もやっていることだ。

 神官や聖女が特別な服を纏っていることも、この非日常の演出とも言えるーー見た目は大事だ。あたしが無邪気なシャルテちゃんの格好でニコニコしてるから、みんな親切にしてくれる。


 男性の一人が、黙ったまま突っ立ってる神様を見た。


「ところで後ろのあんた。この子のお父さんかい?」

「違う」

「えっ、じゃあお兄さん?」

「夫だ」


 神様がさらりと名乗った瞬間、彼らの表情が固まる。


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