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 馬車で長旅をするのは、例の辺境伯領に行って以来だ。

 今日は馬車の旅三日目。

 ゆっくりとした行程で、町の聞き込みをしたり体力を温存したり、あちこちの薬師と話したりしながらの旅だ。

 あの時は切羽詰まっていたけれど、今はほんの少し気持ちが楽だ。馬車はロバートソンさんが所有する馬車で、御者も護衛もついている。全部ロバートソンさんが手を回してくれた。

 王妃様に話をつけても良かったのだけどーー王妃様が出てくると、万が一あたしの父親が本当にいたときは拗れてしまう。

 ロバートソンさんにはお金を払うとは言ったけれど、彼はウインクして


「薬師協会に経費として出すからじゃんじゃんいいよ」


 と返してくれた。

 ……本当に甘えていいのか悩むけど、今は悩んでいる時間が惜しい。


「シャルテ、疲れていないか?」

「大丈夫だよ。むしろ楽しくて元気いっぱいって感じ」

「それなら良かった」


 そんな会話をするあたしと神様が座る席の前で、ある男が饒舌に騙る。

 メガネの奥の眼差しは爛々として、鼻息荒くガイドマップを広げている。


「はいっ! 次の街はソルティックです! かつて塩鉱で栄えた街ですが、いやあ興味深い! 地下には初代筆頭聖女を模した像があるとのことで、その造形が歴史学者たちに注目されているのです、なんとそれは伝説のあの筆頭聖女シャーレーン・ヒラエスの名前が刻まれているとも言われていて!? あの伝説の聖女の降臨を予言していたと言われているのです!! また別の研究者は初代筆頭聖女と伝説のシャーレーン・ヒラエスは同姓同名なのではという説を言ったり、また別の研究者は同一人物が異世界転移を通じて時空の歪みを通って過去と現在に二度降臨したのだと言っていたり」

「ねえ」

「まあつまりはソルティックは土地神信仰より聖女シャーレーン信仰が強い土地なのですね、元々から。それは一説には塩害による乳児死亡率の高さゆえ、子供を守る神様としては男神より女神の方が人々の心を掴みやすかったのではとか、単純に地下の初代筆頭聖女像があまりにも美しかったので彼女を推す(・・)人が多かったのではないかとかですね、いろんな説がありますが」

「あの……ちょっと」

「ソルティックの名物は塩パンケーキ! ですが地元の人はあまり食べないそうですね、完全に観光客や旅人向けの名物ですね。だって塩だらけで塩害すら起きるような土地で塩パンケーキなんてね、塩がいくら美味しかったとしても食べたかないですよね、あっはっは。他におすすめなのは労働者記念銅像や、小麦粉と野菜で薄く鉄板に伸ばした馬鹿でかい食べ物に、特製の味の濃いソースをかけた塩専ダゴ」

「ちょっと黙れや!!!」


 あたしはシャルテちゃんの顔で叫ぶ。

 目の前の男ーートリアスがあっはっはと笑った。


「いやあごめんねシャルテちゃん。つい久しぶりに巡礼神官の本領発揮できると思うと、あっはっはっは」

「テンション上がりすぎだろうが!」

「ああ〜シャルテちゃんのそのはすっぱ口調〜最高〜」


 あたしは頭を抱える。隣で神様が険しい顔をする。


「処すか、シャルテ」

「……いや、いいよ……トリアスは悪気ねえし」


 今回の旅の証人同行者として、あたしはトリアスを選んでいた。

 神様と二人っきりの旅でもいいけれど、実際の教会関係者がいるだけでも色々と街と街の移動は便利だ。特に旅慣れている巡礼神官なので、旅に関してはビギナーのあたしと神様は本当に助けられていた。良いホテルの選び方から、旅先での身の振り方、危険回避の方法。

 神様は全部「権能で片付くのに」と言うけれど、それはやっぱりちょっと、最後の手段にしておきたい。

 神様が人外として人間社会に疎いのに、あたしまで人間社会に疎い世間知らずのままでいたら、今後生きていく上で絶対困ると思うからだ。


 ーーこういう一つ一つも、人間(・・)として生きるには、必要な学びだ。


 トリアスはテンションが高すぎてちょっとうるさいけれど。


「しかしシャルテちゃんの話を聞いて、僕も納得したんですよね〜」

「何に?」

「普通なら地方からはひっきりなしに聖女派遣の要望書が届くんです。神官の巡回増やせーとかですね。だから僕みたいなあちこち回っては対応する巡礼神官が必要とされるんですが……でもここ最近は、要望書の数がめっきり減ってるよねとは話題になってたんです」

「減ってるからって調査はしないのか?」

「あっはっは、今の教会にそんな余裕なんてないですよ。むしろ派遣の要望書出しても対応されないから諦めたんだろうねー、紙の無駄だしなーって感じでみんな流してましたよ」

「適当だな……いや、教会ってそうでもしないと回らないか」

「そうそう。そりゃあみんな善良な神官だから、少しでも人々を助けたいとは本心で思ってますけど、何せ今はほんと手が足りませんからねえ」


 あたしはちょっとちくちくと罪悪感を覚える。

 あたしと神様で大暴れした結果、教会は思いっきり改革をしなければならなくなったのだから。

 顔に出ていたのだろう、トリアスが手をブンブンと振る。


「ああ、別に例の事件とかシャーレーン様のこととか、シャルテちゃんの大活躍とかのせいじゃないですよ! むしろあれのおかげで面倒なしがらみが消えて、随分やりやすくなったんですから。だからほら、こうやって僕も巡礼神官できてますし。えっへん」

「そう言ってくれるならあたしもシャーレーン様も喜んでるさ」

「あっ、街が見えてきましたよ。ソルティックです!」


 トリアスの言葉で窓の外に目を向ける。

 車輪が踏む道が、道が舗装された石畳へと変わる。

 草も生えない寂しい街道の中心部に位置する、廃墟になりかけた古びた街が見えてきた。


「……あそこで、『聖女聖父の祈り』が活動しているのか……」


 あたしたちは生唾を嚥下した。

 ついに乗り込むのだ。怪しい新興宗教の街へ。



◇◇◇


 ーー街に乗り込んで三日後。

 あたしたちはなぜか、哀れな信者たちに信仰される立場にいた。


「どうしてこうなった……」


 よくわからない宗教画が描かれた天井を見上げながら、あたしは呆然と呟き、宗教施設の外で待つトリアスのことを思う。

 ーー話は、三日前に遡る。


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― 新着の感想 ―
[一言] >ある男が饒舌に騙る。 語る じゃねーのかよと思ったけど、後述の語り口が全部伝聞形式で(食い物は実体験?)こりゃぁ騙るだわと納得してしまった 同一人物説は聞いててヒヤヒヤしてんだろーな、ひひ…
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