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「シャーレーンはそういうと思っていた」
神様は当然のように頷いた。
「俺も父君を騙る人間は許せない。処すかもしくは全てを壊す」
「まあまあまあ。……最低限度なら、吹っ飛ばしてもいいけど最低限度だぞ?」
「わかっている。人間社会の都合も覚えてきた」
「本当かね」
あたしは歩きながら、通りすがりの親子の姿を眺める。
若い夫婦に両側から手を繋がれた少女が、幸福そうに笑っている。
あたしもあんな時代があったと、遠い目をして見送る。
こんな清潔で健全な街じゃなかったけど。乳を放り出したような女や刺青だらけの男がうろうろする、昼間からドブの匂いがするような街だったけれど。
確かにあたしは、両親と手を繋いで笑っていた。
「……そういやさ、神様」
「ん」
「父さんの気配って、やっぱりあんたにはわかんないんだよな?」
神様は申し訳なさそうに眉を下げ、小さく首肯する。
「神の権能が強くなっても……この大陸に、シャーレーンの父らしい人間の気配は感じない……」
「そうか……」
神様はじっと黙っていた。私にかける言葉を探しているような顔だった。
あたしは腕を絡め、シャルテちゃんらしい笑顔で見上げた。
「ま、暗いこと考えてもしゃあねえさ。せっかく市街地まで出てきたんだし、ウィンドウショッピングして、市場調査して、楽しくデートしようぜ」
神様は目を少し見開くと、うっとりとするように微笑んでみせた。
「愛しいあなたの望むままに」
あたしたちはそれから、もやもやとする気持ちを払拭するように楽しくデートで歩き回った。
ーー宗教施設に乗り込んで、秘密を暴く。
そして王妃様に調査報告する。
父について何らかの情報が見つかったら、万々歳だ。
(……ねえ父さん、父さんはあたしのこと、人間だと思う? 人間じゃないと思う? ……どう生きればいいと思う?)
あたしと同じひよこ色の髪に、琥珀色の瞳を持つあの懐かしい笑顔を思い出す。心の中の父は、あたしにはっきりとした答えは返してくれずーーたた微笑むばかりだった。
◇◇◇
その後、薬師協会の人がわざわざあたしたちの店まで赴いてくれた。
薬師教会の揃いの腕章をつけた彼らは、神様にペコペコと頭を下げ(王妃様やロバートソン夫婦の対応で勘違いしそうになるけど、そもそも店主は神様で、成人男性が責任者だと思うのは当然だ)、問題について王妃様に取り計らうことへの感謝を告げにきてくれた。
超高級な最新式の調合道具や教科書をあれこれとプレゼントしてくれつつ、彼らは私の顔を見て言った。
「可愛い奥さん、今回の件を手伝ってくれるお礼に、試験勉強の手伝いもしてあげるよ」
「本当ですか……!」
「約束しよう。ちゃんと証明書も書くし、ロバートソン商会長のお気に入りのお嬢さんと約束を違えることはないから安心してほしい」
というわけで、今回の件が片付いたら薬師試験の勉強も捗りそうだ。いいことだらけでいいのか? と思うけれど、それだけ彼らも困り果てていたのだろう。
早速旅支度をしたあたしと神様は二週間後、店を留守にして『聖女聖父の祈り』教が勢力をつけた地方まで旅立つことにした。
店はその間も開けておくことにした。
店番はーー神様の蛇を二匹人間の形に整えて、短期バイトとして置いておくことになった。
18歳くらいの少し若い容姿をした、神様と瓜二つの男女だ。
店員らしい服装をした二人を前に、あたしは唸る。
「……人間にしか見えねえ……」
「意識は俺と共有している。何か問題があればすぐにわかるし、遠隔で何だってできる」
「便利だなあ」
ふと、神様があたしを真顔で見下ろす。
「どうした?」
「……シャーレーン。複数人の俺に愛されるつもりは」
「やめろばか!! それ以上言うな!!」
そんなやりとりを経て、店を出てあたしたちは馬車に乗り込んだ。




