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今日はコミカライズ更新回ですの〜!
無料なので観てください〜!
その言葉を耳にした瞬間。あたしは頭が真っ白になるのを感じた。手元からカップが滑り落ちる。スカートにシミを作っても、あたしは呆然としていた。現実感がない。
「シャーレーン……の……父親……」
「大丈夫か、シャルテ」
「……ああ、大丈夫だ……うん、平気……」
シャーレーンの口調になりかけたのを誤魔化し、あたしは神様に首を横に振る。慌てて使用人があたしのスカートのシミをとってくれる。呆然とされるがまま、あたしは衝撃的な言葉を頭で反芻していた。
シャーレーンの父。
本来なら、異世界からやってきた聖女であるシャーレーン・ヒラエスに父親がいるなんて誰も思いつかないはずだ。
本物の父親以外は。
(落ち着いたほうがいい、シャーレーン。深呼吸を)
神様があたしの心に話しかけてくる。
(シャーレーンの父がいることは、知っている人間は知っている。歓楽街で暮らしていた時期を知る人間が今も生きていたら? 協会関係者の中にもいるかもしれない。だから落ち着いてほしい、シャーレーン)
(……ああ、わかったよ……ごめん、つい……)
スカートはなんとかシミにならなかったようだ。
使用人が離れたところで、あたしは深呼吸をしてシャルテちゃんの笑顔を作る。
「ごめんなさい、ちょっとびっくりしちゃって」
「……大丈夫かい。顔色が悪いよ」
エダさんが心配そうにしてくれる。
ロバートソン商会長は私の表情をじっと観察している様子だった。あたしは気を引き締める。
ーーそうだ。この人は何を考えているのかわからないんだ。
変な弱みを見せるわけにはいかない。せめて、これ以上は。
「商会長さん、そのシャーレーン様のお父様って方は、どんな人なんですか?」
「薬師協会の連中も見ていないらしい。ただ……」
「ただ?」
「どうやら、その『聖女聖父の祈り』という宗教では、妙な薬を配っているらしい」
「くす、り……」
「その薬を飲むと聖女シャーレーン様の治癒と同等の奇跡が生まれると謳われていてね。教会の聖女派遣も行き届かない地域な門だから、これ幸いにと人々はその薬に群がっているらしい」
「そんな……そんなことになっちゃ、薬師教会の人々も困るでしょうし、教会だって秩序が乱れますよ」
「困っていると、俺も言われたよ」
ロバートソンさんは眉根を寄せて頷く。
「王妃様の耳に入っているのなら話は早い。なんとか国や教会に動いてもらわなければ。……薬師教会も訴えたいらしいのだけどね、教会の管理不行き届きを告発するようなものだから、迂闊に声をあげられなかったらしいんだ」
力が弱っているといえど、教会は国の中枢領域に位置する三大国家権力の一角だ。迂闊に「地方の教会で変な教えが流行ってて変な薬を配ってますよ」なんて告発してしまうと、逆に薬師協会が潰される可能性が高い。そもそも薬師教会の仕事と聖女や教会の仕事は領域が近いのだから、迂闊なことを言うと破滅させられてしまう可能性すらある。
それに、その『聖女聖父の祈り』とやらに世話になっている人々も、自分たちの信仰は隠すだろう。迂闊に露見して潰されて、ありがたい薬を得る機会を失ってしまってはたまらない。
今回の件には、様々な思惑が絡み合っている。
そりゃあ、確かに「まことしやかな噂」以上のものは王妃様の耳にも届かないはずだ。
「わかりました。私がこっそりと王妃様に言ってみます。ただ……角が立たないように、よーく考えてからにするので、もう少し時間をもらってもいいですか?」
「もちろんだよ。相談はいつでも乗るからね。シャルテちゃんとカインズさんだけで抱え込むには大変な問題だ」
「ありがとうございます」
あたしはぺこりと頭を下げる。
下げつつ、思うーーこの話はまだ、王妃様に届けるわけにはいかない。
『聖女聖父の祈り』という宗教はどう考えても怪しい。
けれど、聖女シャーレーンの父を名乗る誰かがいる以上、看過するわけにはいかない。薬にまつわるのなら余計にだ。
もし父がそこにいなかったとしてもーー聖女シャーレーンの父が薬師であることを知っている誰かが、暗躍している可能性が高い。
ロバートソン邸宅から帰宅しながら、あたしは神様に言った。
「神様。一緒にその宗教に乗り込まねえか?」




