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「聖女シャーレーン様の名前を騙った宗教? オッケー、すぐに見つけてみるよ」


 頼るべきは情報通。

 と言うわけであたしは、早速ロバートソン商会長に事情を話して頼ることにした。

 ロバートソン商会長は30代の若手ながらも、サイティシガ王国全体の商人とパイプを持ち、外国の話題にも通じている。

 一週間後の休日、ロバートソン商会長から邸宅へ招待される。

 あたしと神様で向かうと、屋敷ではロバートソン夫妻に歓待された。明るくよく喋る色男のロバートソン商会長とは対照的な、黒髪短髪で少しマニッシュな、化粧っ気のないサバサバとした奥さん。名前はエダさんだ。元々、女性でありながら一人で行商人をしていたパワフルな女性だ。

 ーー仕事ができる女性が好きなんだろうな、ロバートソンさん。

 エダさんはあたしに強く優しくハグをする。


「久しぶりだね、シャルテちゃん。気候病に効くハーブティのおかげで頭痛知らずだよ。いつも助かってるよ」

「よかったです! また季節のブレンド作りますね!」

「ありがとね。若い頃はちょっとやそっとの不調なんて寝てりゃ治ったんだが、子供を産んで歳取っちゃあデリケエトになるもんだね」


 エダさんに案内されてティールームに向かう。

 手づからお茶を入れてくれたロバートソン商会長が、トレイを持ってやってきた。


「お前さん、ちゃんとシャルテちゃんにレインズ商会のアップルパイ用意したんだろうね」

「当然だよエダさん。エダさんの分もあるからね」

「ふふ、ありがとう」


 二人は誰がどうみても仲睦まじい。普段は人を顎でつかうロバートソン商会長が甲斐甲斐しく世話を焼くのはエダさんだけだ。

 エダさんもふんぞりかえっているというのではなく、言葉は荒っぽいものの眼差しと所作の端々に夫への愛情が滲んでいる。こういう口が悪くて優しいタイプが、ロバートソンさんの好みなんだろうな。


(だから気をつけたほうがいい、シャーレーン)

(藪から棒にいきなり何言い出してんだよ)


 あたしと神様は目を合わせて心の中で会話する。

 そうこうしているうちに、お茶会は始まる。

 食前の祈りを捧げてアップルパイに手をつける。

 アップルパイは大ぶりで、一切れに切られても、手のひらほどの大きさがあるたっぷりとしたものだ。分厚さもあたしのての中指の長さくらいあって、切れ目からはとろとろになった色合いのりんごがのぞいている。フォークで一口大にサクッと切って口に運ぶと、天国の味わいがした。

 しゃくしゃくのパイ生地は分厚いのにサラサラとした食べ応えで、りんごの層は途方もなく甘いのに、後味はなぜかすっきりしていて。添えられたアイスが爽やかに甘味を中和させて、口の中が何重もの味わいに満たされて大渋滞だ。

 味わって咀嚼するあたしの顔を、ロバートソン夫婦は向かいのソファに座ってにこにことして見ている。

 紅茶のほろ苦い味わいのマリアージュも最高だ。添えられたベリーの酸味もまた美味しい。最高だった。


「それで、話なんだけど……」


 タイミングを見計らって、ロバートソン商会長から話が切り出された。

 ティーカップを置き、真面目な顔でこちらを見つめ彼は言った。


「シャルテちゃんがいってた新興宗教の件、つかんだよ」

「ほんとですか!?」

「ああ。しかも……ちょっとまずい方向でね。薬師協会の連中から聞いた話なんだが」

「……薬師協会?」


 嫌な予感で胸がヒヤリとする。


「どうやら新興宗教は教会の手が届きにくい地方でじわじわと力をつけているらしい。数年前の一件の影響で教会は人材不足だ。中央の目が届かない、小規模の地方教会で妙な教えが流行り始めているらしいんだ。……もちろん、教会で余計なことを教えているのは上層部には報告されないからね。だから噂が立つことはあっても、証拠は王都まで流れてこないのさ」

「ああ……」


 ロバートソン商会長は苦笑いする。


「教会運営もチェーン店運営も同じ悩みがあるものだね。本店でどれだけ規律を作っても、巡回とチェックを怠ると地方店は独自ルールで暴走し始める。それがその土地の風土にあった良い変容ならまだしも、時々本質からズレたやり方を始める……教会もそうなってるようだ」

「……なるほど、だから薬師協会が掴んだんですね」

「そういうこと。地方の情報は薬師協会が一番強い」


 頷きあうあたしとロバートソン商会長の様子に、神様が首を傾げる。


「どういうことだ? 薬師協会はそんなに情報通なのか?」

「どんな小さな村にも薬の行商人は向かう。たった一人しか住んでいない集落にでも、ね。そして彼らは仲間同士で宿場町に集まり情報交換する。地方のちょっとした情報なら、商人の中でも薬師協会が最も敏感なんだ」

「なるほど……」


 神様が頷く。エダさんが驚いた顔をする。


「相変わらず博識だねえ、シャルテちゃんは」

「あっ!? え、えへへ……いろんな人が教えてくれたんです」


 誤魔化すあたしに対しても、妙にニコニコするのは商会長だ。

 商会長は神様にウインクする。


「ふふ、カインズさんもとぼけちゃいけませんよ。流しの行商人だったのなら、それくらい常識でしょう?」


 ーーあたしはひやっとする。

 そうだ。神様(カインズ)は元々流しの行商人という設定だった。

 神様は動じずに頷く。


「忘れていた」

「あっはっは、面白いねえ、カインズさんは! ねえシャルテちゃん?」

「あは、あはははははははは〜」


 あたしは思いっきり笑って誤魔化す。エダさんが不思議そうな顔をしている。あたしは残った紅茶をごくごくと飲む。

 落ち着け、落ち着け。

 深呼吸をしたのち、あたしは話を戻す。


「で、薬師協会は一体どんな情報を……?」

「ああ。どうやらシャーレーン様を中心とした教えが流行っているようなんだが、それだけじゃなくーーどうやら、我こそはシャーレーン様の父だと名乗る男がいるらしい」


 ーーシャーレーンの、父。


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― 新着の感想 ―
[一言] 一部ラストの犯人が親父さんだとするなら、あんな粋なことをする人が娘の名を使って教祖になんてなるわけがない! 粋なこと:娘の名の聖女の御使が店を出したと聞いてやってきたら自分の名前の店があっ…
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