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その日の夜。
あたしはベッドで神様と寝そべりながら、天井を見上げて呟いた。
「王妃様も過敏になるよなあ。せっかく国が安定してきたばっかりだっつーのに、変な新興宗教なんて出てきたら……」
神様は肘をついて寝そべり、あたしの髪を撫でながら言う。
「シャーレーンが人間たちに崇め奉られて宗教になるのなら俺は歓迎するが、シャーレーンを騙る人間がいるのは許さない」
「待て待て。あたしが宗教になるのを歓迎するなよ」
「俺にとってシャーレーンは世界の全てだ。それは人間の世界では宗教や信仰というものに近いのだろう?」
「あんた一人があたしにぞっこんなのと、人がたくさんあたしを崇め奉るのはまた別だよダーリン」
「愛してるシャーレーン。ぼやいている顔も愛しい」
「はいはい」
神様はあたしが何をいっていてもただただとにかく愛しいらしい。普段の無表情は嘘のような甘い眼差しであたしを見下ろし、髪を撫でたり毛先に口付けたり、手をとって指に口付けたり好き勝手に愛でている。髪に触れる手が頬に触れ、そして肌に触れたところで、ぺしんと軽く手をはたく。
「こら」
「シャーレーンは俺が触ると好きだろう?」
「…………」
「なぜ嫌がる。手順は踏んでいる。夜だし、二人きりだし、風呂に入ったし、ベッドに寝ているし、子供の姿ではないし」
「一つひとつ指折り数えて確かめんなっ! ムードだよムード! それに今は真面目な話してただろ」
「それでも喜んでいるだろう?」
「に、人間は喜んでても今はとりあえず触るなってタイミングがあるんだよ、体と心は一致してないの! な!」
「難しい。人間は大変だな」
神様がしかめ面になる。気を悪くしているというより、扱いにくい愛玩動物に難儀しているような顔だ。
あたしは頬が熱いのを冷ますように、はあ、と息をする。
そりゃ一応夫婦だ。ううん、正しく夫婦だ。だから触れられても全く問題はないのだけど、場合によっては……なのだけど、それはそれとして難しい話をしてる時はやめてほしい。
「ったく、人間の扱いももう少し覚えてくれよ……」
と口にしたところで、あたしはふと迷いを思い出す。
動きを止めたあたしに、神様が首を傾げた。
「シャーレーン?」
「……あたしは、なんなんだろうな」
天井を見上げ、手のひらを見つめて、あたしはつぶやく。
「……人間なのか。人間じゃねえのか。……ほんとわかんねえな」
「シャーレーンはシャーレーンだからそれでいい。それ以外は気にする必要はない」
「あんたみたいにシンプルに生きられねえよ」
「生きればいい。……けれど、迷うシャーレーンも愛おしい」
神様は覆い被さって、あたしの額に口付ける。あたしはドキッとして息を詰めた。
ーー神様がこういうふうに、人間の男らしい愛情表現をしてくるのも、あたしにわかりやすい愛情表現に合わせてくれているのだ。
神様本来の愛情表現なら、飲み込まれてしまう。
神様は本来の姿は美しい龍神。もしくは蛇神の姿をとることもある。神様は一つの形に限定されず、神様はあたしに合わせて、人間の男の姿をとっている。そして人間の男女らしい、愛情表現であたしを愛する。
あたしに言う通り、神様は至極シンプルなのだ。
あたしのことを愛している。だからあたしに合わせる。
それが神様の愛情表現だからーーそれだけ。
シャルテのあたしもシャーレーンのあたしも、前世のあたしも、全部丸ごと愛している。愛おしい。
だから多少人間としてのあり方に迷っているあたしは不思議なのだ。それでもその不思議ごと、包み込んで愛してくれる。
「……あたしは、幸せ者だな」
「シャーレーンを幸せにするのが、俺のたった一つの望みだ」
「ふは。神様がいっちゃいけねえことだろ」
あたしは覆い被さる神様の背に腕を回す。そして目を閉じる。
考えても仕方のない夜は、神様のご神託のままにシンプルに愛情を求めるのが一番だ。きっと、そうだと思う。
ーーそして迷いを振り払ったあたしは。
翌日から、あたしは新興宗教について調べることにした。
やっぱりシンプルに、自分の名を使われているのは嫌だから。




