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目を大袈裟に丸くして、あたしは尋ねる。
流石にそんなことをするはずはない。目立ちたくないのだから。
王妃様は至極真面目な顔で、さらに尋ねてくる。
その鋭い眼差しはあたしが嘘をついていたら、容赦なく見抜かんとする覇気に満ちていた。
「シャルテ。あなたが意図せずとも、過度に客があなたを持ち上げて神聖視している可能性はありませんか?」
「ないと思います……。私のハーブティは医師の国家資格なしに作れるものにとどめていますので、奇跡のような回復をもたらしたりはできません。お医者様の診断や薬師のお薬よりずっと弱いものです。だからこそ、副作用を気にせず未病ーーまだ病院にかかるほどではないちょっとした不調に効果を奏しますが……それだけです。そんなものにお医者様以上の期待をかける人も、過度に持ち上げる人もいないと思います」
最後の方はシャルテちゃんではなくシャーレーンがはみ出した口ぶりになってしまったが、ここは変に誤魔化したりぶりっ子する場面ではないだろう。
真面目に答えたあたしの話を聞いて、次に王妃様は神様を見る。
「あなたもそう思うのですね? カインズ」
神様は頷く。
神様が迂闊なことを言わないように、あたしは心の中で神様に言うべき言葉を伝える。神様はその言葉を一言一句違えず、真面目な顔をして(神様は常に真顔だから真面目に見えるだけだけど)王妃様に返事した。
「私も妻シャルテと同じ意見です。一部顧客が多少行きすぎたアイドル視を妻に向けているようですが、それもあくまで子供に対する応援の眼差しを超えたものではありません。度を越した者は私が抑えるようにしています」
「そうですか……」
視線をティーカップに落とす王妃様。
あたしはふと、特別視してくる人間として商会長の顔を思い出した。けれど彼は手堅い男だ。新興宗教なんかを立ち上げて国に危険視されるようなことはしないだろう。あたしは浮かんだ顔を消す。
ーーそもそも、危険な男だったら先に神様が処してるだろうしな。
王妃様は紅茶に口をつけ、しばらく遠い目をしたのち、意を決したように赤い唇を開いた。
「今話したように……実は今、サイティシガ王国ないで、怪しい新興宗教の噂があるのです。土地神カヤに対する信仰がわが国の国教。にも関わらず、カヤではなく筆頭聖女シャーレーンこそ国を救う聖女として厚く信仰するべきという人々が現れているのです」
あたしは話を聞きながら、聖女見習いだった時代に習った国外のとある話を思い出す。
その国の国教は一神教だった。
しかし民間で信じられてきた国家権力と直接結びつかない土着信仰の中で、そのたった一柱である神を産んだ聖母という存在が作られた。最初は黙認されていたものの、いつしかその聖母信仰の方が強くなり、国教を脅かし始めた。結果として聖母信仰は邪教とされ、聖母を祀った聖堂がすべて焼却処分されたーーという話だ。
確かこの話は、
「土地神カヤへの信仰が一番大事だから、聖女としてありがたがられても領分を踏み越えるな」
といった風に締めくくられていた。
まさにその領分を踏み越えた宗教が生まれているのだ。
ーーよりによって、シャーレーン・ヒラエスを差し置いた場所で。
「……それは困りましたね……」
あたしは本心から口にした。王妃様は頷く。
「ただの民間信仰で終わるのなら良いのです。しかし今、力を失墜させた教会の力を飲み込みかねん勢いで活発化しているとも聞いて……もしシャルテが一枚噛んでいるのなら、咎めなければと思ったのですよ」
「ま、まさか!」
「ふふ、冗談ですよ」
王妃様は笑う。心臓に悪い冗談はやめてほしい、マジで。
「この話をあなたにしたのは、警告です。シャルテ……あなたは今は力を失っているとはいえ、一度はシャーレーンの御使として力を発揮したことのある身です。怪しい新興宗教が近づいてくるかもしれません。よくよく気をつけなさい」
「はい。ご警告しっかり受け止めて気をつけます」
あたしは背筋を伸ばして頷く。王妃様は続ける。
「そしてシャルテ……もし、怪しい話を聞いたら、私に私的に連絡なさい。直接手紙が届く精霊鳩をあなたに貸し出します」
王妃様が遠くに控えた使用人に目配せすると、さっと使用人が風のように近づいて、あたしに鳥籠を差し出す。
淡く輝いた真っ白な精霊鳩が中に収められていた。
あたしは少し考えた。
ちら、と神様を見る。
そして精霊鳩を見る。
近づけられるまでおっとりとした顔をしていた精霊鳩が、神様の視線を浴びた瞬間、ガタガタと震え出している。だよなー。
「……あの……恐れながら、精霊鳩以外の方法は無理でしょうか……」
「あら、鳩は苦手かしら?」
王妃様は可愛いわよ、と付け足す。そういう問題じゃない。
「理由は二つあります。一つはハーブティショップなので、鳥の健康によろしくないハーブも揃えているので、せっかくの精霊鳩を弱らせてしまいかねないこと……あとは、蛇が何匹も住んでいるので、精霊鳩さんが危険かなあ、と……」
「まあ、蛇を飼っているのですか?」
「飼っているのではなく、すでに住み着いていると言いますか……一心同体といいますか……」
「シャルテが危なくないのならば、よろしいですが……蛇には気をつけるのですよ?」
「大丈夫です、可愛い蛇なので」
「では精霊鳩以外のものにしましょう。とにかく、何かあったらすぐに私に知らせること。よろしいですね?」
「かしこまりました。私も怪しい噂、気をつけて聞いてみます」
頷いた私に、王妃様は頷いて返してくれた。
そんな感じで、お茶会は無事に終わりを告げた。




