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コミカライズ開始してます!よかったら是非〜!
王妃様からの呼び出しは突然だった。
突然営業中の店に城からの遣いがやってきて、店先で空気も読まずに朗々と茶会の誘いを読み上げられた。
内容は単純に「一緒にお城でお茶をしましょう」程度のもの。
けれどごくごく普通の城下町の隠れ家的なハーブティーショップには身分不相応にも程があるお誘いだ。
案の定、店にやってきていたお客さんたちは目玉を丸くして固まるわ、神様は「さすが俺の妻」と言わんばかりに腕組みして頷いてるわ、たまたまそこに居合わせたロバートソンさんは遣いが帰った後にお腹を抱えて大笑いするわ、大変な騒ぎになった。
お客をさばいてロバートソンさんを丁重に追い出したあと、あたしはシャーレーンの姿に戻り、カウンターで頭を抱えた。
「王妃様、空気読んでくれよ……」
用意周到な王妃様はしっかりと、お茶会のドレスコードに合わせたシャルテちゃん用のドレスまで用意してくれていた。
服までもらっては逃げられない。
翌日、早速あたしと神様は迎えの馬車に乗り(それもまた豪華すぎるんだな、これが)、城に向かうことになった。
王妃様は例の騒動の後、国王代理といて政治を取り仕切っている。元々由緒正しい家柄の王妃様なだけあって、王妃様が表舞台に立つようになってからは国政はたちまち落ち着いた様子だった。あたしはただの一般人だけど、街を行く人々の財布の紐が緩くなり、女性や子供が明るい顔で歩き回るようになっているのは政治の安定を意味している。弱い立場の人々の笑顔は結局、不景気には見られないものだからだ。
教会も正しく土地神カヤーーうちの神様を祀るようになり、大神官や聖女が偏った権力を持つことも無くなったようだ。ただちょっと、権力を失いすぎて立場が弱くなっているらしいのはーーちょっと今後に影響がありそうだなあ、とは思うけど。
景気がいいときは宗教がなくても人々は元気に生きられる。けれどいつでも調子がいい時ばかりではない。世の中が暗くなった時、しっかりとした宗教の縁が確立していないのもまたよろしくない。
けれどそこのところは、あたしが心配することではない。
だってあたし、ただの幼女だし。シャルテちゃんだし。
物思いに耽っているうちに、馬車は国の主要機関が集まった中枢領域をかこむ、幾重にも重なった城壁の中へと入る。
馬車の窓からの眺めに、あたしは感嘆の息を吐いた。
「ちゃんと復興してんだな……」
あたしがここに入ったのは、ボロボロに破壊された数年前が最後だ。
あのときはオークと邪神のせいでめちゃくちゃになっていた中枢領域だったが、今ではすっかり建て直されて美しい空間に様変わりしていた。
建物はどれも白塗りで美しく修復され、芝生は青々として美しく、あちこちの区画を隔てる花壇は季節の花が満開に咲き誇っている。花びらひとつ、枯れ葉一つ落ちていない。手入れが行き届いている。
教会の周りでは穏やかな様子の神官や聖女が歩き、議事堂近くでも警備兵がしっかりと規律正しく警備を行なっている。
そして城も、美しい装いの高貴な人々が、あちこちで優雅に過ごしていた。
景色に見惚れるあたしに神様が言う。
「……これが、シャーレーンが守り通した平和だ」
「神様が守ってくれた平和でもあるだろ」
「夫婦の共同作業だな」
うっとりと目を細めて言う神様に、「よせやい」と面映くなりながらこたえていると、ついに待ち合わせの庭園に着いた。
庭園の東屋には、すでに使用人たちの用意がある。
席に着いてしばらく景色を楽しんだところで、城から厳かな足取りで王妃様がやってきた。
あたしと神様は揃って深く辞儀をする。
楽にするようにと言われ、改めてあたしたちは席に座った。
王妃様は以前にも増して迫力ある美貌の女性に変貌していた。銀髪は高く美しく結い上げ、王国の威光を轟かせんばかりに大きな宝石の髪飾りで飾り立てている。顔はあの当時より何歳も若返ってハリのある肌になり、真紅のドレスがますますよく似合うようになっていた。もはや王妃というより女王、女帝といった貫禄だ。
「久しいですねシャーレーン、それにカインズよ。元気そうで何よりです。仕事もよく励んでいるようですね?」
「王妃様のおかげです、ありがとうございます」
あたしが深々と頭を下げると、王妃様はほんの少し、母性を滲ませた微笑むを浮かべる。そして使用人たちへと目を向けた。
「お前たちは下がりなさい」
人払いをしたのち、しばらくあたしたちはティーセットを囲んで他愛のない話をした。
最高級の茶葉を手に入れるのが大変だった話。あたしの店の評判が城にも届いているという話。王太子から王子になったルイス王子の最近の活躍について。聖女たちの暮らしについて。王妃様の最近の趣味ーードレスデザインのプロデュースについて。
下がらせた使用人に変わってあたしが紅茶のおかわりを入れたところで、王妃様の眼差しの色が変わる。
ーー話が、本題に入りそうだ。
「ところでシャルテ。あなたはシャーレーンを名乗ったりはしていないでしょうね?」
おおっとぉおおおおお!! そうきたかあ〜!!
思いっきりティーポットを取り落としそうになって、踏ん張ったあたしを誰か褒めてほしい。
(俺が褒める。シャーレーンはすごい)
(い、今ここで心を読むな! 心に話しかけるな! 動揺を押し殺してんだから、こっちは!)
心の声に言葉をかけてきた神様に心の中で言い返しつつ、あたしはシャルテちゃんの笑顔でえへへと誤魔化す。
「名乗ってないですよ〜。だって私、シャルテですもの。シャーレーン様の御使のお仕事も終わりましたし……シャーレーン様の声は、今の私には聞こえませんし」
「そうよね。あなたを疑っているわけではないのですが念のための確認です」
「誓ってシャーレーンを騙ったりしていません、王妃様」
あたしが背筋を伸ばして告げると、王妃様はうんうんと頷く。
あっぶないなー。
「そうですね。わたくしの信頼するシャルテも、夫カインズも必要以上にシャーレーンの名を騙るような者ではないと信じています。もう一つ聞きますが、シャルテ。王国で新興宗教などを興したりはしていないでしょうね?」
「しっしんこうしゅうきょう、ですかっ……!?」