プロローグ
がうがうアプリにて、コミカライズ開始しました!よろしくお願いします!
よく晴れた商業都市マケイドは今日も賑わっている。
そんな街の片隅のハーブティショップがあたし、シャーレーン・ヒラエスが開いている店。
今日は店休日。あたしは店のテーブル席に座り、教科書を開いて真面目に勉強していた。
後ろからふわりと抱き寄せてくる男。
「シャーレーン。もう二時間も休憩していない。休憩しよう」
「……後ろから抱きしめるの、やめろって……」
あたしはしかめ面で後ろを睨む。
神様が、あたしのふわふわの金髪に顔を埋めて幸せそうにしている。
黒髪に黒い瞳、泣き黒子が妙に色っぽい表情の乏しい男。あたしの夫。そして神様。このサイティシガ王国ーーいや、この大陸全土を司る土地神のカヤだ。
人間名としてはカインズと名乗っているけれど、この名前であたしが呼ぶことは稀だからあまり覚えなくったっていいよ。って、誰に向かって話しかけてんだ、あたしは。
「同じ体勢で集中しすぎたら人間の体にはよくないのだろう? シャーレーンの大切な体が痛くなっては可哀想だ」
「ちょっ、舐め、あああ、肩こり程度に神の権能使わなくったっていいからあああ!!」
神様はちう、とあたしの肩に吸い付く。側から見たら妻にやらしいちょっかいをかける夫の様子だ。しかし神様は一応神様なので、体液であたしの体を癒すことができる。
ーー数年前の事件の時は、全身ズタズタになったところを癒してもらって、九死に一生を得た。
その時にどんな風に治療されたのかはーー考えてもしょうがないので、考えない様にしてるんだけどさ。
いや、こうしていつもいるだけで、大体ナニをされたのかわかるんだけど、ええと、……。
「と、とにかく離れてくれって」
「シャーレーン可愛い。もう少し」
「ちょっ、神様、本当は治癒じゃねえだろ、治癒目的じゃねえだろ!?」
後ろからハグされてそのままちゅーちゅーとされるのにじたじたと暴れていると、不意に、店にトントンと上がってくる足音が聞こえてくる。
あたしはハッとして神様を強引に押し退けると、体に力を入れて、姿形を変えた。
手足の先からほんの少し熱くなり、全身がふわっと浮遊感に包まれてーーあたしの姿は9歳の女の子、シャルテの容姿になる。
飾りとして店に置いた鏡に映るのは、ふわふわの髪を長く伸ばして金糸雀色の目をした、いかにもおしゃまそうな女の子。最近は己に宿った権能の使い方も覚えて、服も縮めるのが得意になった。ちょうど9歳の姿にぴったりのドレスに変わっている。
リボンやフリルが18歳の姿用よりも多いのはーーまあ、ちょっとしたぶりっこのようなもので。
ルルミヤのこと笑えねえなあ、と思いつつ、あたしはスカートをパンパンと整えて扉に向かって立つ。
ちょうど見計らったようなタイミングで、店休日の看板もものともしない色男が店のドアを開けた。からんからんとベルがなる。
「やあ、きちゃったよシャルテちゃん」
「いらっしゃいませ〜! って、今日は店休日ですよぉ〜」
9歳のシャルテらしく頬を膨らませて腰に手を当てて「困ってますよ」ポーズを作る。
やってきた色男ーーロバートソン商会長は「ごめんごめん」と詫びの手の形を作った。
「店休日じゃないとシャルテちゃんとお話もなかなかできないからね。人気店だし、街の雑誌にも結構取り上げられてるだろ?『おしゃまでかしこい女の子がご紹介する美味しくて体にいいハーブティショップ』って」
「あはは……あまり目立ちたくはないんですけどねえ……」
あたしは苦笑いする。
そう、あたしはあまり目立ちたくない。
異世界に帰ったと言われる伝説の筆頭聖女シャーレーン・ヒラエス。彼女は異世界転移してきた聖女であり、国の騒乱が終わったのち、再び異世界に帰ったーーということになっているのだ。
そしてシャーレーンの御使として振る舞っていた、幼女聖女シャルテちゃんは御使としての力を失い、ただの新妻で幼女でハーブティショップの看板娘としてひっそりと暮らしているーーということになっている。
だから目立っちゃまずいのだ。
あたしは本当は異世界人でもなければ、シャルテでもない。
ーーこの世界の歓楽街で生まれ育った薬師と元娼婦の娘。
ーー教会に強引に攫われて異世界転移した聖女として祭り上げられた聖女。
ーー一度とある事件で惨殺されて、神様に助けられ幼女の姿になった女。
ーーそしていろんなすったもんだを乗り越えた末、本来の力を取り戻した神様と一緒に、こうしてひっそりと暮らしている。
ーーいろんな要因が絡み合い、今では姿を好きな年に変えられるし、神様の権能も割と自由にチートに扱える。
そんなことがバレたら、本当に本当にーー面倒だ。
というわけで、本当はひっそりと生きていきたいんだけど。
あたしは思いながら、ニッコニコでこちらを見る色男を見上げる。
このロバートソン商会長という男は、何かとシャルテちゃんことあたしに構い倒しにきた。
「何のようだ。俺の妻に」
神様があたしを背に隠した。俺の妻、の部分を強調しながら。
「あはは、相変わらず警戒されちゃってるね旦那さんに。大丈夫だよ、俺は薬師としてのシャルテちゃんを気に入ってるだけだから」
「シャルテは魅力的だ。俺のシャルテに色目を使うのならば許さない」
「俺が色目を使う男なら、すでに消し炭にでもしているでしょう、あんた?」
「それはそうだ」
「私の頭上で、不穏なお話やめてくださあい……」
あたしは苦笑いしながら言う。
神様はとにかく嫉妬深いので、ちょっとした人間関係の全てに嫉妬する。やめてほしいとちょっと思う。
ロバートソン商会長は、あたしのシャルテとしての暮らしの後ろ盾だ。戸籍も親も何もない(だってそりゃそうだ、あたしはシャーレーン・ヒラエスなのだから)あたしが郊外に店を出せているのも、平穏に社会に繋がって暮らせているのも、彼の口添えあってこそだ。
ーーだからこそ、このままじゃダメだとは思ってるのだけど。
「あれ? シャルテちゃん薬師資格を取りたいの?」
ロバートソン商会長がテーブルに置いた教科書に気づき、ひょいと持ち上げる。
あたしがさっきまで勉強していたものだ。あたしはシャルテちゃんの口調で答える。
「えへへ、ちょっと難しいけど、資格がないからお店で調合できないハーブがあるので……もっといろんなハーブティ作りたくて、頑張ってます」
「へえ? お店で調合できないハーブも知ってる感じだね?」
ロバートソンさんが笑顔のまま言う。ぎくりとする。
「お勉強して色々覚えたんです〜! えへへ」
「そうか、えらいねシャルテちゃんは」
それ以上の追及をしないまま、ロバートソンさんは教科書をぱらぱらとめくりながら続ける。
「学校に行けばいいのに」




