表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/90

1巻発売記念SS/琥珀色の研究

応援いつもありがとうございます!!!ついに1巻発売です!

書籍ではシャーレーンと神様の前世の縁の書き下ろしや、特典もあります。

詳細は活動報告もしくはページ下部のリンクまでどうぞ!


また、もう一つお知らせがあります。

「コーヒー? ですか?」

「そう。見たことあるかい、シャルテちゃん?」


 ふるふると首を振るあたし、シャーレーンこと現在シャルテちゃん(8歳)。

 目の前にいるのはハーブティーショップ『ヒラエス』に訪れたロバートソン商会長だ。

 小さなあたしの前に屈んで、手のひらに粉っぽい灰色がかった緑の粒を乗せてくれる。

 豆という言葉の通り、真ん中に少し窪みのある、ころんとした形のものだ。


「豆……これが、コーヒー……」

「うん。エイゼリアの商人から買ってみたんだ。これを焙煎して砕いて濾過して飲むと滋養強壮の薬になるらしくてね。薬草に詳しいシャルテちゃんなら扱えるんじゃないかって持ってきてみたんだ」


 ロバートソン商会長が、連れてきた部下を顎で示す。部下のお兄さんは麻袋に入った豆をあたしに掲げて見せた。


「この袋一つ、丸ごとプレゼントするよ」

「ま、丸ごと!? エイゼリアの商人から買ったってことは高かったんじゃないんですか?」


 あたしの驚きに、商会長はいかにも商人らしい打算を滲ませた眼差しで笑った。


「だからじゃないか。シャルテちゃんなら、良い扱い方を見つけてくれると思ってね♡」

「あ……あはは……」


 つまり、だ。

 高級かつ貴重品の豆をやるから、商品として流通させられるくらい自分で淹れられるようになってくれ、という意味で。あたしは頬が引き攣るのを感じる。


「8歳児にはちょぉっと……荷が重いような……」

「シャルテちゃんならやれるよ。そこのすごい顔してこちらを睨んでる旦那様もいることだしね」


 商会長はそういうと、後方旦那面した(まあ、実際旦那(ダーリン)だけど)神様ににこやかに笑いかけると、発注を受けて用意していた薬草茶ブレンドの箱詰めを部下に持たせて颯爽と帰っていった。

 店に残されたのは、あたしと神様。


「……神様、これ……飲み方、わかるか?」


 神様は黙って麻袋から豆を掬い上げると、そのままぼりぼりと噛み砕いて咀嚼する。

 そして渋い顔をした。


「わからない。大陸に生えていない植物のものだから」

「そっかー」


 土地神様でもわからないものはわからない。

 あたしは置いて行かれた麻袋を見下ろし、ため息をついた。


「まー……諦めるわけにはいかねえしな。ちょっと資料、漁ってみるか」

「俺も手伝おう」


 しゅるしゅると蛇達も出てくる。あたしは頷き店に『準備中』の札をかけ、厳重に鍵をかけた。

 シャルテちゃんの姿じゃ作業もしにくい。18歳の姿ーーシャーレーンの姿に戻ると、神様が早速いそいそとあたしを抱きしめた。


「シャーレーン。可愛い」

「こらこらくっつくな、そのためじゃねえんだから」


 髪をポニーテールにざっとくくると、あたしは腕まくりした。


「やってやろうじゃねえか。美味しくいただいてやるぜ、コーヒーってやつをさ」


◇◇◇


ーーそして大難航の試行錯誤が始まった。

まずはうちの蔵書、商工会館内の図書館、それにロバートソン商会長の縁で顔つなぎしてもらった薬師、それに神官トリアス・ヒースサマヤの紹介で入った教会図書館での情報集め。

並行して実践、実践、とにかく実践!


「神様! 豆炒ったぞ!」

「承知した。砕くのは任せてくれ」

「どれくらいの砕き方がいいのかな」

「粉にすることも、ざっくりと砕くのもできる」

「待て待て待て蛇に噛んで砕かせるな」


 豆をフライパンで炒り、神様に砕いてもらい、あれこれと用意した布や紙で濾過して抽出。

 水で出す? 湯で出す? どの味が正解なのか? 何もわからない。

 泥水のようなコーヒー(?)に二人で顰めつらになったり、布の味が混ざって汚い味になったコーヒー(?)に頭を抱えたり。


 試行錯誤を始めて一週間目。

 夕方、あたしはキッチンの前で深くため息をついていた。疲れた。


「ダメだ……何が正解かわからない……」


 あたしを宥めるように、神様が肩を叩いてくれる。

 目の前では神様の分身の白蛇も泥水コーヒーのカップの隣であたしの顔を心配そうに見上げている。

 白蛇は見えるだけでも総勢十匹くらいいる。いすぎだ。

 ーーそれだけ神様が、心配してくれているという表れだろう。


 神様は言った。


「あの男のためにこれ以上シャーレーンが苦労するのは勿体無い。泥水を濾過して沸かして飲ませよう」

「……ダメだ」


 神様の意見に賛同したくなったけれど、あたしは首を横に振る。


「これは、薬師の娘としてのプライドを賭けた戦いだ。なんとしても飲めるコーヒーを作る」

「シャーレーン……」

「……だって、きっと父さんなら諦めないと思うからさ。コーヒーを飲めるようになれば、それで助かる誰かがいるのだと思うと……」


 あたしは豆を手にとって目を落とす。

 父さんのような立派な薬師にはなれないけれど、あたしも父さんのようにできることはやりたい。

 父の笑顔を思い出していると、神様が優しい声音で言ってくれた。


「シャーレーンは立派だ。きっと誰かが、シャーレーンの努力に救われる」

「……ありがと、神様」

「一番大喜びして利益を得そうなのは、あの男だろうが」

「それをいうなよ」


 ヘナヘナと肩の力が抜ける。

 神様は、あたしの手に手を重ね、前髪を避けて額に口付けた。


「ん」

「……頑張っているシャーレーンは愛おしい。あの男は恨むが、俺も努力するシャーレーンの力になりたい。一緒に頑張ろう」

「神様……ありがとな、頼もしいよ旦那様」


 頭を撫でられると年甲斐もなく嬉しくなる。

 くすぐったい気持ちのままに笑うと、神様はまたキスをした。次は頬に。


「夕食は俺が用意しよう。シャーレーンは集中するといい」

「わかった。ありがとな、神様!」


 そうして。

 あたし達は今日も夜まで研究に励み、他の雑務も片付けたのち、夜はぐっすり二人で眠った。神様の腕の中で微睡みながら、あたしは父さんの夢を見ていた。


ーーそうだ。父さんは何かをすりつぶしていたことがある……

ーーあれは……歓楽街で強壮剤として……確か……


 思い出した瞬間。

 ふわ、っと匂いが漂ってくる気がしたーー


「神様!」


 あたしが叫ぶと、(人のように眠らない)神様はすぐに目を開けてあたしをみた。


「どうした」

「父さんが……やってた! 父さんが淹れてたよ、コーヒー! そうだ……違う名前で出してたからわからなかったけど、……わかった! 淹れ方、多分わかるよ!」


 立ちあがろうとするあたしは、神様の腕に絡められてベッドに沈む。

 覆い被さられて、あたしは神様を見上げた。


「神様?」

「夜も遅い。シャーレーンは人の子なのだから、寝不足は良くない。朝でいいだろう」

「でも! 朝になったら忘れちまいそうだよ」

「大丈夫、俺が覚えている。……シャーレーンの記憶は、今確かに俺が読み取った」


 ちう。

 神様はあたしの額に口付けて、腕の中にぎゅうぎゅうに押し込めてくる。

 人の体温を模したあたたかさに包まれてしまうと、あたしはもう抵抗できない。


「シャーレーン。自分の体を大事にしてほしい」

「……わーったよ……寝ればいいんだろ、寝れば」

「寝付けないなら、寝かしつけてやろうか」

「なっ……ちょ、ちょっと待てよ、それは、ちょっと違うだろ」


 体を撫ぜる神様にあわてると、神様はほんの少し、イタズラっぽさを金の瞳に覗かせて笑った。


「シャーレーンが、期待したから」

「あっ……あったかいから! しゃあねえだろッ!! 心を読むな!!」


 神様は笑うと、今度こそあたしを腕に閉じ込めて頭を撫で、健全な寝かしつけの体制に入った。

 そして翌日。

 あたしはついに、コーヒーの淹れ方をある程度確立させることに成功したのだった。


◇◇◇


 後日。

 『ヒラエス』の店内に、芳しいコーヒーの芳香が広がる。

 ロバートソン商会長はあたしの淹れたコーヒーを口にして、目を見開いて大袈裟なくらいに喜んだ。


「すごいね! シャルテちゃん。本当にここまで飲めるようにできるなんて!」

「えへへ。頑張りました」

「今朝取引先が出してくれたものとほとんど同じだよ」

「……は?」


 あたしは目が点になる。


「待て……ください。え? 私、半月すごく調べて……したんですが……朝飲んだって……?」

「うん。昨日の夜からエイゼリアの商人がうちに泊まっていてね。今朝コーヒーを振舞ってくれたんだよ」

「…………」

「そうそう。彼に『賢くて可愛い女の子に淹れ方を探ってもらってるんだ』って言ったら、それならそうと言えって言われてね、用事が終わったら彼もここに来るはずさ」

「…………」

「シャルテちゃんと似た綺麗な金髪の男でね。彼も好奇心旺盛な面白い男だから、きっとシャルテちゃんと気が合うと思うよ」

「……………………」

「ん? シャルテちゃん?」


 ーー待てよ。

 あたしの。あたしの。ここ半月の……苦労は!?


(シャルテ。処すか?)


 内心キレ散らかすあたしの脳内に神様が問うてくる。

 あたしはうふふふとシャルテちゃんスマイルで「やったーお話したーい」と商会長(食えねえ男)に答えつつ、神様にも返事する。


(いーよ。すげー処して欲しいけどいーよ。この苦労のおかげで、父さんとの思い出を思い出せたんだしな、あはははは、いいってことよ。はははは)


 ーーその後。

 ロバートソン商会長の予告通り、『ヒラエス』には金髪のエイゼリアの商人が軽やかな足取りでやってきた。あたしと父さん以外にはあまりみたことのない、金糸雀色の目立つ金髪にオレンジの瞳の、それはえらい派手な顔の男だった。

 その商人は長い足を組んであたしの淹れたコーヒーを飲むと、ロバートソン商会長と顔を見合わせて破顔した。


「すげえな。本当にこの子が淹れたのか」

「な。驚くだろう? 俺の最近のお気に入りだよ」

「シャルテは俺の妻だ」


 ずいと割って入って訴える神様に、商会長はにっこりと笑う。


「わかってるって、旦那。俺が惚れ込んでいるのは彼女の才能だから安心してよ」

「ってか……マジで奥さんなのかよ、あの子が」

「当然だ」


 軽く引いているエイゼリアの商人に、神様はうっそりと蕩けるように目を細めて言う。


「俺はシャルテを愛している。愛しているから妻にする。そうだろう?」

「……冗談には聞こえないな……」

「あっはっはっはっは! な! 面白いだろう!」


 引き笑いする外国の商人。真面目な顔で「理解したか」と頷く愛しの神様(ダーリン)。そして一人だけ、とっても楽しげに笑うロバートソン商会長。


「えへへ、楽しそうでなによりです〜」


 シャルテちゃんの顔で微笑みながら、あたしは内心「勘弁してくれ!!!」と叫んでいた。


(愛してるのを愛してると言って、何が悪い。シャーレーン)

(心の叫びを読むな! そんで返すなッ! 神様!)


 神様は優しく、あたしを見て微笑むのだった。


(何度でも言う。愛してる、シャーレーン)


 そうして賑やかな『ヒラエス』の昼下がりは、過ぎていくのだったーー。


エイゼリアの琥珀色の瞳の商人といえばーーですが。

来る11月10日に、『空気な私(https://ncode.syosetu.com/n9153gx/)』の完結巻が発売となります。

WEB版では一切触れていなかった、ヒーローのルーカス・ストックの過去に迫る物語です。

ご予約受付中です。

『ハリボテ聖女』ともども、『空気な私』もよろしくお願いいたします。


詳細は下記予約用画像をご覧ください!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ