25.夜を駆ける光
あれから通しで、あたしたちは流星のように空を駆けていた。瞬きのたびに景色が違う。風のような速度なのに、風圧も、振り落とされるような不安定さも感じない。
最初はあまりの高度と速さにぎゅっと馬にしがみついていたあたしだけど、昼を過ぎた頃にはすっかり慣れて、地上の見晴らしを楽しめるくらいにはなっていた。
夏の大地に広がる新緑と耕作地と、清らかな川のせせらぎ。自然は広く長く景色が続き、人の里はどんな大都市でも、あっというまに流れ去っていく。
「……ここが、神様が司る土地なんだな」
「ああ」
「綺麗だ。……これを他の国の神様の思惑に、好きにはさせたかねえな」
あたしはぎゅっと拳を握る。
シャルテがやるべきこと。
一つ。霊泉を復活させて、国のあたりまえを取り戻すこと。
一つ。王都に潜入した他国の神(おそらく、ストレリティカ連合王国の神だ)を撃退し、然るべき人が然るべき対応をできるように、実行者を見つけ出すこと。
「おそらく実行者は第二王子だ。目的はわからないが……」
「実際に会ってみたらわかる。目の前にいるなら、俺ができる」
神様の袖口から、やあ!と言わんばかりに蛇がにゅるっと顔を出しては引っ込んでいく。第二王子さえ目の前にいれば、神様は土地神として第二王子をなんとかできる。
これまでは奥の手にしていたけれどーー混乱を片付けるためなら已むを得ない。
神様が気遣う顔であたしを見た。
「シャーレーン。あなたの体は幼い。疲れているだろうから、寝ていたほうがいい」
「この景色を見ながら寝るのって、なかなか……」
あたしは苦笑いする。普通ならとんでもない。
でも神様にもたれて目を閉じると、体は正直で素直にうとうとし始める。太陽光も心地よいし、ほのかな揺れもいい具合だ。
「神様は寝なくていいんだろうけど、疲れないのか?」
「俺は平気だ。神だから」
「いらない心配だったな」
あたしは微笑む。
「じゃあ遠慮なく、頼らせてもらうよ、神様……」
◇◇◇
その後あたしが起きたのは、すっかり日が暮れてからの事だった。
大地には家のあかりがポツポツと見え、空はその何百倍もの星々が輝いている。
精霊馬が淡く発光していて、走るたびに揺れる鬣から星屑の光が散る。
「綺麗だ……」
そう呟き、神様を見上げるとーー神様が手に淡く光る何かを掴んでいた。
「で、精霊鳩ッ!?」
伝書鳩のようにして使う精霊だ。精霊とはいえ鷲掴んでいるのを見ると心臓が縮む。
「やめてやれ、可哀想だろ」
「教会の匂いがした。だから手紙を見てから放ろうと思った」
「も……も〜!」
あたしが精霊鳩を両手で受け取り、宥める。精霊鳩は特に気にしない様子でぐるぐると鳴いている。神様は開いた手紙を黙ってあたしに見せた。
「まずいことが書いてある」
「まずいこと? なになに……ッは!?」
鳩に括り付けられていた手紙は辺境伯領行き。大神官マウリシオの封蝋がされていて、すでに神様によって破られている。手紙の盗み見なんて最悪だが、今は緊急事態だ。
「……ルルミヤが聖遺物を引っこ抜いて、暴走して……ぶっ倒れただと!?」
「あれを使うのは人間では不可能だ。あれは今、世界中でシャーレーンしか扱えない」
「なんつーことだ……あの馬鹿、何を考えて」
「おそらく入れ知恵が入ったのだろう。聖遺物に神の力が宿っていることは人間には推察できないはずだ」
「確かに。そんなこと教義でも教わらなかったしな……ただ触れることの禁忌しか。……ってことは、意図的にぶっ壊されたのか、ルルミヤは」
「……おそらく」
神様は苦々しい顔で頷く。
あたしは手紙へと目を落とす。
どうやらこれは何通目かの手紙らしい。手紙には震える字で、現在王都では様々な派閥が過激になり大混乱が起きていること、早く『例の聖女』を連れてくるようにと書かれていた。
あたしは臓物がひやりとするのを感じた。
「……シャルテを呼ぶように訴えてるんだ。あの大神官が」
王妃様がどんな手紙を書いていたのかは定かではないが、文面を見る限り、『聖女推薦期間外でも聖女を推薦していいのなら王妃と辺境伯の連名で推薦する』といった話を進めていたようだ。マウリシオは必死の文字で、とにかく手続きはいいからよこしてくれ、と訴えている。
よほどの事態のようだ。
「そりゃそうだよな。霊泉も枯れ果て、新筆頭聖女がかき回してメチャクチャで、その父親が現宰相で、霊泉も枯れて国王も寝込むってんじゃあ……世も末だって思うよな」
あたしは手紙をくるくると巻くと封蝋を『短期再生』で元に戻し、鳩に括り付けて空に放つ。ピカピカと光る鳩はあっというまに見えなくなったーーこちらが超スピードだからやむない。
「シャーレーン」
神様が真面目な声音で切り出す。
「聖遺物を抜かれたということは、国と俺の繋がりがいよいよ絶たれた。シャーレーンが戻して霊泉回復に力を貸してくれるまで、俺は他国の神を感知できない。土地に生まれた人間に対する神の権能も、全て効果を消失する」
「マジかよ。じゃあ真っ先に何がなんでも聖遺物なんとかしねえとな」
あたしの言葉に神様は頷く。
そしてふと気になったことがあるので尋ねた。
「……じゃあ、今の神様は人間なのか?」
「違う。俺は人間じゃない」
そして神様は、少し困ったようにーーけれどどこか、はにかむように眉を下げて答えた。
「あなただけの神だ」
あまりにも絶望的な状況なのに、その言葉の響きはまるで睦言のようで。
「……じゃあこの夜の間だけは、あたしが独り占めってわけか。ロマンティックだな」
あたしは笑って、壮烈な眩い夜明けに心を備えた。
きっとついてしまえば、こんな余裕なんてないだろうから。
◇◇◇
その頃。
城では既に、最悪の災厄が始まろうとしていた。
一枚の魔鏡の鏡面を介して、一枚の魔鏡が出てきて。
また増えた鏡から、一枚の魔鏡が出てきて。
それを繰り返し、繰り返しーー城のとある一角に、大量の魔鏡がひしめき合う。
魔鏡は人間を転移させる場合、一ヶ月に一人が限界だ。
しかし魔鏡というモノなら。魔物なら。
合わせ鏡のようになった大量の魔鏡、その数763枚。
その全てにーーギラリ、と黒く脂ぎった魔物の姿が映った。
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◇◇◇
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3/2にエンジェライト文庫様より「コナモノ聖女」1巻を配信していただけることになりました。とても元気で可愛い春らしい表紙に仕上げていただいております(m/g先生装画)何卒よろしくお願いいたします。詳しくは活動報告にて!




