14.暴露
※神様と初代筆頭聖女の件が不安な方はタグをご覧ください。大丈夫です(?)
反射的に身を固くしたけれど、神様はあたしを抱き寄せるだけだった。
神様は私を横抱きにしてベッドに座り、ぎゅっと腕の中に閉じ込めた。
「……ああいう時、人に親切なシャーレーンが好きだ」
「そうか」
「だが俺以外の男に優しくしてるのを見るのは……いやだ」
「そっか。耐えててくれてありがとな」
2本の腕では足りないとばかりに、どこからともなく湧いてきた白蛇が、しゅる、と太腿に絡みついて顔を覗き込んでくる。もうこの嫉妬も慣れてきた。慣れていいものかわからないけど。
「ほら。昼間みたいに上書きするんだろ?」
神様は金色の瞳で黙っていた。手を差し出せば、あたしを見つめたまま指先に口付ける。唇が、薄く開く。指先に生暖かい感触を感じ、あたしはくすぐったさに手を引っ込めたくなるけれど我慢する。
「……ふは、くすぐったいな」
「……」
神様は堰を切ったようにあたしに触れ始めた。体に絡みつく大きな手も、蛇の感触も、神様の執着を感じさせられる。あたしは神様の好きにされながら思う。
(憎めないんだよな、甘えられるの。……まるで迷子の子供が縋り付くみたいな……なくしてた気に入りのぬいぐるみを見つけて、二度と離さないように抱きしめて泣いてるような……)
人間の男なら冗談じゃない触れ方も、神様ならなんだか、神様なりの執着なんだなと納得できる。舐められても甘噛みされても、それは動物が愛咬するのと同じだろう。
あたしの肌を伝ってするりと伸びてきた白い蛇が、かわいい顔をしてあたしの顔を舐める。
つい笑いかけると、あたしの手に夢中な神様も微笑んだ気配がした。
(……さて、甘やかすのは、この辺で十分か)
ぼーっとしてきた意識に喝を入れ、あたしは神様の顎を取って目を合わせた。
「シャーレーン……?」
「神様。もうごまかさないで教えて欲しい。あたしに言いにくいことってなんだ。国の加護はどうなってる」
蕩けていた金の瞳が、灯りが消えるように黒に戻る。
「神様の聖堂の霊泉が枯れた。初代筆頭聖女とあんたの契約で湧き出した、この国の霊泉の恵みの根源だ。……今はまだ各地域の霊泉は枯れていないようだが、無事で済む話じゃないだろ」
甘えるように群がっていた蛇が消えている。
真顔になった神様に、あたしは言葉を続けた。
「姿を見せなかった理由としてーー前に神様は言ったよな。聖堂に祀られたまま、人間の形にはなれなかったって。そしてこうも言った。『俺が神であり続けられたのは、あたしが苦しくても助けを呼ばなかったから』って。……ってことは逆に言えば、こうして人の形を取って、あたしのそばにいるのは……神であることを辞めているってので間違いないな?」
「……」
神様はあたしに嘘はつかない。沈黙は、肯定だった。
「だが土地神としての権能は残っている。つまりあんたは神であること自体はやめていないんだーーということは、あんたが『国の守護神』として祀られた神であることを捨てたんだ。違うか?」
「……」
「初代聖女と契約して、ずっと神様をしていたんじゃないか。……妻だったんだろ? 初代聖女は」
教義によると土地神カヤは初代聖女との契約によって、国を守る土地神となった。その契約は夫婦としての契約で、歴代の筆頭聖女を神の妻とするのは、初代聖女と土地神の関係をなぞったものと言われている。
「……最初の妻との約束を破ってまで、あたしを優先する理由を教えてくれ。言いにくいことなんだろうけど、当事者として聞かないわけにはいかないんだ」
この言葉を言いながら、あたしは胸の奥がつかえるように苦しいと思った。
神様はずっと黙っていた。
「……頼むよ、神様」
あたしは神様の手を取り、神様の気が済むまで待った。
喰まれて濡れた指先がすっかり乾いてしまった頃、ようやく神様は、絞り出すような声でこう言った。
「他にいるわけがない」
金色に輝く瞳が、あたしを射抜く。懇願するように両手で私の手を包み込み、神様は訴える。
「俺の妻はあなただけだ、シャーレーン。過去も今も、未来さえ。もし別の世界に生まれ変わったとしても、俺の居場所はあなたの傍だけだ」
「神様……?」
「教会があてがった筆頭聖女なんて、人間が勝手にやっていた儀礼だ。俺の妻はあなたしかいない。俺が土地神から国の神へ堕ちたのはシャーレーンの傍にいたかったから。国の神であることも捨てたのは、シャーレーンを守りたいから」
「どういう……ことだ……?」
神様は顔をおおう。
今までにないほど感情的な吐露をして、神様は深くため息をついた。
「シャーレーンは……これ以上何も背負わず、ただ、幸せになって欲しかった。だからシャーレーンが全てを忘れていて、寂しさよりも嬉しさが勝った。……シャーレーンをただの俺の妻にできるから」
「……神様……?」
「打ち明けてしまえば、シャーレーンはきっと……自分をまた犠牲にする。それが怖かった。……俺は…………ずっと、シャーレーンだけのために国を守り続けてきたから。シャーレーン以外は、何もいらないから。俺を神からただの男に堕た、あなた以外は」
あたしは固唾を呑んで耳を傾ける。
神様の、暴露を。
神様は顔を覆った指のあいだから、金の瞳を輝かせて言った。
「初代筆頭聖女はあなただ、シャーレーン」