魔女への憎しみは、優しさから始まりました
魔女旅シリーズ二作目です。
魔女は旅をします。
人々を助けるために。
しかし、魔女は拒絶されます。
魔女は狩られます。
魔女は、魔法によって救われた人々からの返礼で生き永らえます。
魔法は、神が人々に与えた慈悲の力でした。
万人に与えられたそれは、次第に専門に扱う者たちだけの力になりました。
その者たちは、次第に女性だけになりました。
そして、次第にその者たちのことを、人々は『魔法で人々を救う女性』として、魔女と呼ぶようになりました。
ですが、魔女はいつからか虐げられます。
魔女は、人々から生命力を吸いとっていると嘯く者が現れたのです。
『悪魔と契約した悪女』として、魔女と呼ばれるようになってきたのです。
そして、人々は魔女への返礼を拒絶し始めました。
魔女を拒絶する者たちが、魔女に返礼すると寿命が縮まると、声高に叫び始めたのです。
魔女と、魔女を知る者たちは、そんなことはないと言いましたが、魔女を拒絶する者たちは、武力でもって、魔女を知る者たちを弾圧し、そして、魔女たちを捕らえ、処分しました。
そう。
魔女狩りの始まりです。
魔女は、魔法によって救った人々からの感謝の気持ちを返礼としていただき、生き永らえているだけだというのに。
そして、それがないと魔女は、その存在を維持できないというのに。
なぜ、魔女は拒絶されたのか。
なぜ、魔女狩りは始まったのか。
本日は、その始まりを、少しだけご紹介しましょう。
「王よっ!
王妃様がまたっ!」
王の執務室に、王妃付きの侍女が駆け込んできました。
「くっ!またかっ……!」
壮年の王は苦悶の表情を浮かべ、王妃の寝室に急ぎます。
「がああぁぁぁーー!
離せぇーーーっ!!」
「王妃様っ!
落ち着いてください!」
王が寝室に着くと、暴れ回る王妃を数人の侍女たちが必死で抑えつけていました。
王妃はその美貌をたたえた顔を、原型が分からないほどに歪め、手足を振り回し、奇声を上げ、目に映るもの全てを破壊しようとします。
「……くそ。
メルティア……」
王は王妃の名を呼び、その場にうなだれました。
『狂気病』
百万人に一人とも、一千万人に一人とも言われるその奇病は、ある時、突然にその人の脳を侵食していきます。
この病気の厄介なところは、その発生に予兆がないところです。
1日のどこで発生するか分からず、王妃も、優雅にお茶を嗜んでいたと思ったら、突然お茶を侍女に投げつけ、お菓子を踏みつけ、野に咲く花々を引きちぎりだすのです。
さらに厄介なことに、この病気には治療法がなく、魔女の魔法による奇跡でも治すことが出来なかったのです。
当然、公的な場に出ることは叶わなくなり、王妃の希望もあって、王妃は基本的に、寝室に縄でくくりつけられて生活するようになりました。
その頃にはもう、王妃は自分でいられる時間が、1日の半分を切っていました。
そして、入浴や排泄のために、拘束を解いた際に発症することもあり、侍女や王は次第に疲弊していきました。
そんな折り、1人の心優しい魔女が城を訪れました。
その魔女は数々の善行を重ね、とても強い力を持っていました。
王はわずかな希望にかけて、その優しき魔女に、王妃の治療を頼みました。
しかし、強き優しき魔女の力をもってしても、王妃の病を治すことは出来ませんでした。
そして、その夜。
優しき魔女が王妃の寝室を訪ねます。
窓からこっそり侵入する彼女に気付く者はいません。
「来てくれたのね、優しい魔女さん」
正気の王妃は静かに微笑みます。
その笑みに、以前のような華やかさはありません。
頬はこけ、目の下には隈が出来ています。
奇行時の、限界を超えた力による暴動。
過度のストレス。
肉体が疲弊しないはずがありません。
そして、それが余計に狂気病の進行を早めるのです。
「……」
優しき魔女は一言も発しません。
ただ1度だけ優しく微笑むと、魔法の準備をします。
優しき魔女は懐から手鏡を取り出しました。
それは、花の彫り込みが美しい木のフレームに囲われた鏡でした。
その鏡は普通に覗くと、見たものを反射して映し出す普通の鏡ですが、所有者の魔女が覗いた時だけ、その鏡の先にあるものを映す鏡となるのです。
そして、優しき魔女は覗いた鏡の先に、王妃の姿を映します。
【ひなげしの葉
鏡花の蔓
深緑の針子
糸張りの夢
悲しき狂気に永遠の安らぎを】
優しき魔女の、魔法の言葉に合わせるように、王妃の身体がぼろぼろと崩れていきます。
それと同時に、優しき魔女の身体も、同じようにぼろぼろと崩れていきました。
いかなる理由があろうとも、魔法で他者を害してはならないのです。
ましてや、殺すことなどあってはならないのです。
それを破った魔女は、自らもその魔法を、その身に受けるのです。
人を呪わば穴2つ。
それは、たとえこうすることでしか、王妃に安らぎを与えてやれないのだとしても、到底、許されることではなかったのです。
「……ありがとう。
優しい優しい魔女さん」
王妃は朽ち行く身体で、最後にその言葉を残して逝きました。
「……ごめんね、エレナ。
愛しき娘。
せめて、これが貴女を守りますように」
魔女は最後の力を振り絞り、持っていた手鏡に魔法を込めました。
すると、手鏡はふわっと宙に浮いて、窓から飛び出し、遠い空へと消えていきました。
そして、そこには塵芥だけが残ったのでした。
翌日、それを見た王は悲しみに暮れ、同時に、激怒しました。
それはもはや、憎しみと言っても過言ではなかったでしょう。
王妃だったもの。
行方知れずの魔女。
王は、そのすべての憎しみと悲しみを、魔女にぶつけました。
そして、王の勅命による、王妃殺しの魔女の捜索が始まったのです。
その優しき魔女は、とっくにいないというのに……。
これが、魔女狩りの始まりでした。
王は魔女狩りをやめません。
王は、もういない魔女を探し、今日も魔女を狩るのです。
この世界から魔女を狩り尽くす、その日まで……。
魔女エレナ