おまけの話 ふたり+1でお茶会を
ウザ王子視点のリクエストを戴いたんですが
でてきたのはコレでした(白目
ふたりが婚約する前のお話。
「ホストは僕なのにお待たせして申し訳ない。ご存じだとは思うが、この国の第二王子オレファンです」
先に庭園の中にあるガゼボに用意された席へと案内されていマムタロト侯爵令嬢エーデルは、その声に立ち上がり美しいカーテシーを取った。そうして、家で何度も練習してきたのであろう口上を述べる。
「ご招待ありがとうございます。マムタロト侯爵家一女エーデルでございます。この度は、……このたびは……」
最初の部分こそ滑らかに話だしたエーデルだったが、顔を上げるにつれ目に入ってきた、にこやかなオレファンがその腕に抱えている存在に気が付いて以降、その続きを口にすることができなくなっていた。
「あまり緊張しないでいいよ。今日は、おいしいお茶とケーキを楽しんでいってくれると嬉しいな」
オレファンがにっこりと笑って着席を勧めると、傍で控えていた侍女が能面顔のまま手際よくお茶ケーキをサーブして下がっていく。
その間、絶対に誰とも目を合わせないという決意を表わすように、動きも表情も硬かった。
「王宮の新しく入ったパティシエールの作ってくれるタルトはおいしいだけじゃなくて見た目もとても綺麗だから、ミリィもだいすきなんだ」
目の前には、香りのいい紅茶と色とりどりの果物で彩られたタルトレット。
紅茶はダージリンのファーストフラッシュ。黄金色に輝く茶器からは、華やかな香りが立ち昇る。
舌の上でほどける様にホロホロと崩れていく甘いパートシュクレの中には、蕩けるように繊細なカスタードが二種、その上には、ほどよい酸味の旬の果物が完璧な配置で小さなタルトの上を飾り立てていた。
オレファンはふわりと目元を緩め、その腕の中に囲い込んでいる令嬢へと甘く笑いかけた。
「はい。ミリィには僕が分けてあげるね」
アーンと言われて口元へと差し出されても、素直に口を開ける令嬢はいない。
「……殿下。やはり私がここにいるのは、おかしいと思うのですが。あの、せめて降ろしてください」
お茶会の席へ連れてこられてからずっと固まっていた令嬢は、それでもようやく声を出せたのか抗議をしたが、羞恥から段々とその声がちいさくなっていく。
「そんな顔もカワイイね」と周囲の視線をまったく意に介さないオレファンは、その言葉に首を傾げた。
「なんで? 僕のいる場所はミリィの傍だよ」
ミリィと呼ばれた令嬢がいるのは、オレファンの膝の上だった。
膝に乗せられ、その長く艶やかな髪を撫でられるという完全寵愛状態の中、懸命に王子の胸の辺りを手で押しのけながら振る舞いについて反省を促していた。
「こ、婚約者でもない私を、愛称で呼ぶのはおやめください。といいますか、いい加減、離してください。周囲の方に誤解されたら困ります。こまるんです……だいたい、殿下はいま、婚約者候補のご令嬢をお招きしてのお茶会に参加されているのですよ? それもホストとしてです」
「僕はいますぐミリィが正式な婚約者になってもいいんだけどな。でもまぁ、僕がホストなのは、うん、そうだね」
オレファンには、ミリアの諫言が甘言にでも聞こえているのではなかろうかというほど、蕩けそうな瞳で撫でつけていた髪をひと房とって指に絡める。
それを嫌そうにミリアが取り返した。
「殿下がお招きしたご令嬢以外の者を同席させるのは、ご令嬢に失礼ですわっ」
髪を取り返そうと胸を押していたミリアの手が外れた瞬間、オレファンは抱き寄せる手に力を込め強く引き寄せた。
「僕が自分で招待したのはミリィだよ。ここにいるのは王宮で取り纏められたことだけど。でも僕はミリィから離れたくないんだもん。ミリィの傍にいられないなら、お茶会はこれで終わりにする」
ぐりぐりと頭に頬を寄せられ擦りつけられて、ミリアは悲鳴を上げそうになった。
しかし令嬢として受けてきた教育が、はしたなく大きな声を出すことを善しとしなかった。ただ、顔を引きつらせ、涙目になってあわあわとしているばかりである。
ガゼボの反対側、対面に座っていたエーデルは、あまりの展開についていけずに頭がまっしろになっていた。
しかし、『終わりにする』と言われた衝撃に、ハッと気が付くと慌てて席を立ち頭を下げた。
「……っ。し、失礼します。オレファン殿下に於かれましては、本日のお茶会は不本意でした御様子。家に帰ってその旨家族へと伝えおきますわ」
「おまちっ、おまちください、マムタロト侯爵令嬢! わたしは、私は別に、オレファン殿下との婚約は、おことわっ?! んぐっ」
口へ突っ込まれたタルトで口を塞がれて、それ以上言葉を紡げなくなったミリアを腕の中へ抱えなおしたオレファンが、爽やかな笑顔でエーデルに声を掛ける。
「そう? ケーキだけでも味わって帰ればいいのに。ね、ミリィも美味しそうにしてるでしょ」
どちらにしろ、第二王子には自分とは話をするつもりはないとその言葉の意味を正しく受け取ったエーデルは、「失礼します」と高位貴族の令嬢らしい笑みを顔に張り付けて席を下がった。
「ふっざけんじゃないわよ。マムタロト侯爵家のケーキだって最高なんですからね!」
エーデルは、城の廊下に出ると内心の怒りを押し込めながらも、つい見当外れなヤツ当たりを口にした。
自分はいったい何を見せられる為に、この場へと呼び出されたのだろうか。
確かに自分は第一王子の婚約者に選ばれず、次の手として第二王子の婚約者候補として手を上げた。歳は第二王子より5つも上だ。
…………。
こちらが不本意なのと同等に、あちらも次点扱いされたくないと思っていたのかもしれない。
初夏の風が気持ちの良い昼下がり。
窓から見上げた空は青く澄み渡り、咲き始めたばかりの薔薇が華やかな香りを辺り一面へと放ち、心を浮き立たせようとする。
「はぁ。おとうさまには国外も視野に入れて、輿入れ先を探して貰うことにしましょうか」
涙を押し隠して、エーデルは侯爵令嬢らしく姿勢を正し、顔を上げて王宮を後にした。