二年も時が過ぎれば、人は変わる。これからも、いくらでも。
「ミリア、僕は君を愛するつもりはない!」
結婚式。真紅のバージンロードを歩いていった先で、新婦が、新郎の手を取ろうとしたその瞬間、つっと、その手が小さく引き戻された。
そうして新郎から告げられた言葉は、かなりショッキングな言葉だった。
かなり大きな声で叫ばれたので、バージンロードの両端に居並ぶ参加者の顔面は蒼白だ。そしてここまで新婦を連れてきた、新婦父であるファネス公爵の顔色は怒りにどす黒くなった。
怒りのまま、声を荒げてその真意を確かめようとした父を、新婦が片手で抑える。
そうして、目の前に立つ、これから自分の手を取り神へと永遠の愛を誓う筈の夫の愛称を呼んだ。
「ファレ様?」
いい加減、ミリアも慣れた。
早く周囲の誤解を解いて欲しいと、言葉の続きを促す。
「今だってこんなに胸が張り裂けそうなほど君を愛しているのに! これ以上になんて無理だ! せっかく君をお嫁さんにできる長年の夢が叶った日なのに! これ以上君を愛したら、僕はきっとそのまま死んでしまう!」
大見得を切って自分の胸に手を当て、辛そうに、でも滔々とその言葉が吐かれていく内に、周囲が強引に口の中に砂糖の塊でも押し込まれたかのような微妙なムズ痒そうな顔をしだした。
そうして、溜めに溜めた後、ゆっくりと大輪の薔薇がほころぶように、笑顔となったオレファンが、愛しい妻に向けて、その言葉を告げた。
「幸せ過ぎて。死んじゃいそう。だいすき、ミリア。ずっと好き。これからも好き。一生すき。死んでもずっとミリィが好きだよ」
きゅっ。
宙を彷徨っていた、指先が、温かな手に捕らわれた。
蕩けるような琥珀色の瞳に宿る熱に、ミリア自身が溶かされそうだ。
握られた指先から、ミリアの体温が上がっていった。
厳しい王子妃教育で、あれほど躾けられた形作られた完璧な笑みから、唇が歪んでいくのが抑えられない。
正直、何故これほどの熱意を籠めて愛を語られるのか、ミリアにはいまだよくわかっていない。
初顔合わせの時からずっとなので、幼い頃は距離の近すぎる王子が怖くて仕方が無かった。
しかし、母に泣きつき「ごめんなさいね」と泣かれ、父に打ち明けて「すまない」と謝られ、王妃に相談して「許して」と言われて、絶望した。
そんな時、祖母から呼び出され、『殿方は操縦してなんぼ』だと諭されたのだ。
そうして、理想の男性像を盾に、勉強や訓練に時間を取るように仕向けることで、適正というには遠いものであったが、それでも息のつける範囲での付き合いができるようになった。
その内、勉強の成果が出てきて理想の王子と呼ばれるようになっても、発作のようにミリアを求めて彷徨うオレファンに呆れることも暫しある。
それでも。これだけ愛を囁かれ続けて、絆されない女性がいるだろうか。
人と人が関わりあえば、時と共にその関係性は変わって行く。
思いも変わる。
それでも、どれだけ形が変わろうとも根底に在るものさえ変わらなければ、それは永遠といっていいものなのかもしれない。
──きっと、この人の私に向ける想いは、永遠のもの。
「……存じております。ファレ様は、ずっと私の横で、幸せになられていればいいのです」
そうして二人は、砂を吐く参列者と教会の神父に見守られながら、神へと永遠の愛を誓った。
お付き合いありがとうございました!